僕はこれから、あまり世間に類例がないと思われる僕と双子の関係について、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を言おうと思う。
隣に住む双子の姉妹と出会ったのは、小学一年生の時だ。
親が家を買ったから引越しをした。
そうしたら、たまたま隣の家に同い年の双子の姉妹が住んでいた。
言ってしまえば、ただそれだけのこと。確率論とか運命論とか、そういうものを持ち出して語ったとしても、そこに大して意味はない。観測された事実が横たわるのみだ。
なんて格好つけて言ってみても、当時の僕は喜んだなんてもんじゃなかった。ちょっとクールぶって、悪くないなんて自分を誤魔化していた。
可愛い双子の姉妹が隣の家に住んでいるなんて、どれだけ恵まれているんだって話。
その双子──琉実と那織は、近所でも可愛いと評判の姉妹だった。幼い頃の二人は、とにかく可愛かった。よく周りから「将来はアイドルか女優さんかな」なんて言われていた。
そんな二人が僕に懐いてくれる。こんなに嬉しいことは無かった。誇らしさすらあった。
女子と仲良くしていると、小学校低学年のうちはまだ良いけれど、次第に揶揄いの対象となってくる。だから、男子から女子に話し掛けることに抵抗が芽生え始める。
それでも二人がいつも話し掛けてくれるから、僕は自然に会話することが出来た。
今でこそ、琉実はショートカットですらっとしていて、那織は髪を二つに結って女性らしい体形……まぁ、深くは言わないけど、ともかく今の二人は、明らかに違う見た目をしているけれど、当時は本当に瓜二つだった。
二人が明確に違いを見せ始めたのは、小学校高学年くらいだったと思う。
琉実がいきなりショートカットにしてきて、驚いたのを覚えている。幼かった僕は「失恋でもしたのか?」なんて的外れなことを考えていた。女の子が髪を切るのは失恋したからだ、なんて言葉を鵜吞みにするくらいには子供だった。どうして琉実が髪を切ったのか、深い理由を訊いた覚えがない。
何故なら、当時の僕は那織のことで頭が一杯だった。
恐らく、その頃から那織のことが好きだったんだと思う。
神宮寺那織は、僕が出会った女の子の中で、群を抜いて頭の回転が速かった。昔から本が好きだった僕は、勉強もそこそこ出来たし、色んなことを知っているという自負があった。
だが、那織はそのすべてにおいて、僕を軽く上回っていた。
それを思い知ったのは、出会ってから暫く経った頃だった。
その日も僕は、本で得た知識を得意気に語っていた。進化とかそういう話だった。
琉実と一緒に「よく知ってるね」と言っていた那織が、別れ際にそっと僕の耳元で──
「恐竜は鳥に進化したから生き残れたという言い方は、ちょっと違うと思うよ。恐竜と呼ばれる生き物の中に、すでにのちの鳥類になる種類が居たんだよ。その種類が生き残って、枝分かれして、今は鳥類と呼ばれているだけなんだ。方向性選択だよ。んーと、言い換えると、絶滅したのが恐竜で、生き残ったのが鳥類って言えばいいかな? だから、鳥類に進化したから生き残ったっていう言い方は、ちょっと違うかなって思ったの。進化って言うのは、ある日突然姿形が変わるんじゃなくて、世代を超えて伝わる群体の変化のことだよ。同一個体の形が変わるのは変態って言うの。あと、ティラノサウルスには羽毛が生えていて、実はふさふさしてたって言ったけど、それもどうかな。身体が大きな動物って、ふさふさしてなくない? 象とかサイはふさふさしてないよね。身体が大きくなると、体温を下げるの大変なんだよ。爬虫類は汗をかけないから、余計に大変だと思うんだよね」と矢継ぎ早に言い放ったのだ。
こいつはいったいなんだ、と思った。琉実の前でそういうことを言わずに居てくれたことはありがたいと思ったけど、心の底からこの生意気な女にムカついた。
那織はテストの点数だって僕より上だった。取り零しなんてなかった。いつも満点だった。
本の知識も、蘊蓄も、勉強も、すべて那織に負けていた。
僕は那織に負けてたまるかと思って、沢山本を読んだ。勉強も頑張った。那織は僕のことを見下したりはしなかったけど、僕は勝手に対抗心を燃やしていた。
あの恐竜の話以来、僕の中で那織は倒すべき存在になっていた。
那織に勝ちたかったのももちろんある。だけど、この時の僕は、那織に自分のことを認めさせたかった。僕はこんなに凄いんだぞってアピールしたかった。
那織はそんなこと露ほども気にしていなかったと思うけど。あいつはそういうヤツだ。
そんなある日、どういう人がタイプなのか那織から聞いたことがある。いや、正確には僕が訊いたわけじゃなくて、放課後の教室に何人かで集まっていた時に、そんな話になっただけ。
曰く、「私より優秀な人」。
それを聞いて、那織を見返すにはそれだ、と思った。那織を悔しがらせるには勝ち続ければいいんだ。そうすれば僕の存在を意識させられる。
理想のタイプになるためと言うより、僕の中では嫌がらせに近い感覚だった。
当時は勉強の甲斐あって、那織といい勝負を繰り広げていた。だが、那織の方が一枚上手だった。そういう意味では、僕がたまに勝つ、と言った方が正しい。
もし自分のことを那織に理想のタイプだと認識させることが出来たら、どんなに気持ちいいだろう。当の僕にはその気がないんだ。こんなに痛快なことはあるだろうか。
那織を完全に倒せばいい。そういうことだ。よし、まだ可能性はある。
今なら分かる。これは僕の初恋だ。
当時の僕は、それを素直に認められるほど大人じゃなかった。
僕は別に那織のことが好きなわけじゃない。あいつに勝ちたいだけ。悔しがらせたいだけ。
そうやって虚勢を張れば張るほど、興味の無い振りをすればするほど、僕は那織のことがどんどん気になっていった。那織のクラスの前を通る時、さりげなく中を覗いてしまう。学年集会で那織のことをふと探してしまう。それなのに、何故だか神宮寺家に上がりづらい。
そんなある日、男友達から「白崎は気になる女子っているのか?」と訊かれた。