プロローグ2|《白崎純の独白》 ②

 気になる? それはどういう意味だ? 気になるをづらどおりに受け取るなら、おりのことだよな。でも、この場合の気になるっていうのは、好意を示している。じゃあちがうよな。

 その質問に僕は「いない」と答えた。

 本当か? おりのことはそういう意味じゃない……よな。そうだよな。

 ん? だったら僕は、どういう意味でおりのことが気になっているのか?

 もしかして、僕はおりのことがそういう意味で……のか?

 小学六年生の夏のことである。

 かくして僕は、はつこいと呼ばれる現象をようやく観測した。

 しかし、観測されたはつこいは、それを認められない僕の幼さと、物事をしやに構えて語るおりの前では、存在感をすることが出来ずに、気付かないくらいゆっくりと、そして静かにかがやきを失っていくことしか出来なかった。

 ただ、おりへのたいこうしきから身につけた学力は、私大付属の名の知れたちゆうこういつかんこうの受験で如何いかんなくりよくを発揮した。僕はトップで合格を果たし、高等部一年の今に至るまでずっと、学年一位の座をキープし続けている。

 これはただの意地だ。おりよりすぐれていたいという意地でしかない。自分から告白することの出来なかった僕は、そうやっておりに存在をアピールするしかすべがなかった。我ながらなんと情けないと思うが、この成績のおかげで、学年ではおり以外の人間から高く評価されるようになった。友人と呼べる人間も増えた。

 当のおりは僕を打ち負かすことなく、いつも五位以内を彷徨さまよっていた。一位を争ったことはなかった。最高で三位。彼女ほどの頭脳だったら、僕の成績を上回ることも不可能ではないだろう(それはそれで困るけど)と思って、中等部二年の最後の定期考査の前に、「おりは学年一位を目指さないのか」といたことがある。

 この質問に対するおりの回答こそが、彼女の性質をたんてきに表していると僕は思う。


「んー、目指してないことはないけど、今は自分にルールを課してるの。あのね、私は絶対に見直しをしないの。入試の時からずっとそう。それで、だれよりも早くペンを置いて、試験が終わるまでていたい。それで一位取れたら格好良くない? それで最高三位なら、まぁ、いかって感じ。ちょっとはくやしいけどね。でも、テストをちゆうあきらめちゃうような子よりも、私の方が終わるの早いんだよ? すごくない? 早押しなら私がトップだよ」


 おりは僕の質問に対し、事も無げにそう言った。これが僕のはつこいの相手、じんぐうおりだ。

 ──マジかよ。

 僕は思わずそう口にした。そんなこと、考えたことも無かった。だれよりも早く解くことにしか興味ない? それであの点数? あの順位? 僕にそんな芸当は出来ない。


「もうちょっと時間かけて……と言うか見直しすれば一位は取れると思ってる。あとは問題文をちゃんと読むとか、ね。でもさぁ、結果の分かり切った勝負はつまらないじゃん。別に宣戦布告するつもりはない──おっと布告すべき公衆がいないから、宣戦布告は適当な表現じゃないね──って言いたいのはそこじゃなくて、うん、つまるところ学年主席だとしても油断は禁物だよってこと。あ、もしかして私に勝ったと思ってた?」


 ……なんだよそれ。僕はずっと手の平の上でおどらされてたってことなのか?

 そんなやり方で、学年五位以内をキープし続けることが出来るのは、ちがいなくおりくらいだろう。おりがタイムアタックをやめたら、やすさんされるのは、火を見るより明らかだ。


「ま、この学年には私よりゆうしゆうな人間はいないってことかな。って、ちょっとごうまんすぎ?」


 信じていたものがくずった。これは敗北だ。

 そつちよくに言って、その日、僕は自信を無くした。

 自分の方が上だと思っていたのに、ようやくおりを感服させるだけの実力を手に入れられたと思っていたのに、あいつはひとりで勝手に別の戦いあそびを始めていた。

 それが意味するのは、僕は「」にはなれなかったということ。

 告白なんて出来なかった。気持ちを伝えることなんて、とても出来なかった。

 負けを認めるのは、おりに気持ちを伝える資格を失うことと同義だったから。

 こうして僕のはつこいは、小さな火種となってしんていくすぶる事しか出来なくなった。

 ほのおを見ることなんてない。けむりが立っているから、火があることに気付くだけ。


 それなのにこのゴールデンウィークから僕は、おりと付き合っている。

 一ヶ月前まではと付き合っていたにもかかわらず。


 この事実だけを述べると、僕はとんでもなく不誠実きわまりない男だと思われるだろう。それはある意味正しいので、かんながらも認めざるを得ないのだが、どうしてそうなったのか、という説明をする権利くらいは行使したい。

 中学三年に上がる前の春休み、から「付き合ってみない?」と言われた。

 それはおりにテストの話を聞いた少し後。おりには勝てないと思い知ったころ

 僕なりに敗北感を味わい、おりに勝とうなんて考えが甘かったと痛感した時。

 つまり、はつこいを告げることなく、そこから目をそむけようとしていた時だった。

 女子から告白されたのは初めてじゃなかった。手元をめ、もじもじする姿に見覚えがあった。だから、いつもの公園のベンチでだまんだを見て、もしかして、という考えはあった。ただ、中学生になってからなんとなくきよを感じていたし、まさかな、というおもいもあった。かつなことを言って、うぬれてるとからかわれるのもしやくだったから、言葉を待った。

 から「わたしと付き合ってみない?」と言われた時、やっぱりそういう話だったかというおもいと、えっと、これってから告白されたってことだよな……というおどろきがぜになってしばらくめずにいた僕は、「いきなりどうしたんだよ」とまずは真意をさぐることにした。それこそ真面目に答えて「何? 本気にしたの?」なんて言われたら目も当てられない。しばらくそのネタを引っ張られるだろう。正直なところ、そんなふんじゃなかったけど、様子を見てからじゃないと、取り返しのつかないことになる可能性だってある。

 そうしたら、が「おためしみたいな感じでどう?」とか「じゆんだってわたしなら丁度いいでしょ?」なんて言うもんだから、告白が本気なのか余計に分からなくなった。

 真意をさぐろうとしてのぞんだの目は、とてもしんけんだった。部活の試合前と同じ目をしていた。ただ、試合前とちょっとちがったのは、どこかおびえた目をしていたことだ。

 は本気なんだと、僕はようやく理解した。


は本当に僕と付き合いたいの?」

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