一章 彼女と彼女の恋愛事情 ③
「……ったく、誰が忘れていったんだ、これ」
ため息まじりの独り言は休み時間の
待っていれば向こうから取りにくるような気はするが、なんとなく、この本をあまり長いこと保有しておきたくない。外見上は君主論だからひとまずは安心だが。
パッと読んだ雰囲気、親友同士が禁断の道へ踏み入ってしまう物語。本来のタイトルは何というのか。それだけがほんの少し気になり、確認しようとしたら。
「何してるの、
「ひぃいっ!」
耳元で名前を呼ばれたものだから、ぶっ飛んだ。
「えっと、どうしたの、その格好?」
「何か隠してる?」
「いいやぁ? なーんも」
ブレザーの内側にしっかり文庫本を押し込んでから立ち上がる。明らかにダウトな状況だったが、「ならいいけど」追及はされない。そもそも忘れ物だと素直に説明すれば済むことだったが、このときは思いつきもしなかった。
「ふぅ……そういや、
「そうだねー。席の移動だけで教室は変わらないから楽だよ」
「ちなみになんだけど。ここ、俺の席っていつも誰が使ってる?」
「
くいっと顎を動かして示す
「……
「だったと思うよ。あ、なんなら本人に直接聞いて……」
「いい、いい、いい! やめとけって! 大したことじゃないからー!」
まだ入学したばかりのころ。抜き身の業物みたいな性格が知れ渡る以前は、その見た目に釣られて
しかし例外なく
想像をした。そんなキレた女に、特に面識も持たない男が、「これってお前の本?」などと
『こんなもん私が読むわけないでしょ馬鹿にしてんのアンタ!?』
胸倉をつかまれた
クールでエレガント、それこそ帝王学でも読み込んでいそうなあの女が、よりにもよってこんなサブカル臭の強い趣味を持つはずがない。
「でも、だったらどこのどいつが……」
「なにさ。やけに考え込んでるけど、大丈夫?」
「あ、いや平気。サンキューな」
どのみちこれ以上起こせるアクションはなく、ご本人様登場の時を待つしかない。
──誰かは知らんけどさっさと取りにこいよな。あーあー面倒くせ。
そんな風に悪態をつく程度だった
その考えが、クリスマスケーキの上で自己主張するサンタの砂糖菓子並みに
△
同日、放課後。
帰宅部の
ガシャガシャガシャーッ! としか表現できない騒々しい音。
「ハァ……ハァ、ハァ……ヒフゥ~~~~……っ」
そこにあったのは、過呼吸寸前みたいな息遣いで
ノートや参考書の上に散らばるのは、イヤホンが巻き付いた音楽プレイヤー、折り畳みのミラーに
しかし、それ以上に目を引いたのは。
「ど、どこ……?」
絶望にかすれた声で
あまりに鬼気迫る様子だったせいもあり、声をかける者も現れない中。
「
静寂を破ったのは彼女の親友。心配そうに近寄ってきた
「れ、
「何かなくなってしまいましたか? お財布……は、あるみたいですね。良かったら一緒に探しますけど」
「い、いいえ、いいえ、いいえ! な、なに言ってるの? 私はなーんにもなくしていないし落としていないし、いたって正常で元気だから気にしないで放っておいて!」
「そう……でしょうか?」
このときばかりは
あちゃー……と。がっくり
つまりこのとき、
それは同時に、新たな問題を生じさせるやっかいな展開を迎えていた。
──どうすんだよ、これ。
放っておく分には無害なはずだった時限爆弾のスイッチが、ひとりでに作動してしまった気分。
意気消沈して見やれば、お目当てのブツを見つけられなかった
さっさと気付け。お前はその本を最後どこに持って行った。
心の叫びをテレパシーで送り、
『ねえ、倫理の授業のあと机に何か入ってなかった?』
とか聞いてこい。そうすればこっちも、
『え? あーほんとだなんか入ってる。これもしかして
とか素知らぬ顔で対応してやるから。早くしろ、早く。
念じること、数秒。ハッと何かを
拾った誰かが職員室にでも届けているのではないかと、確認しにいったのかもしれない。それで見つかったとしても困るのは彼女の方なのでは。
「どうしたんでしょうか?」
憂いの表情を浮かべる
その優しさに、やっぱり
△
「なぜ俺がこんなことまで……」
誰に向けたわけでもない言葉は静まり返った空気に吸い込まれる。時刻は午後六時を回ったところで、窓の向こうに見える空もすでに赤みがかった紫色。
「……誰もいない、よな?」
小声で確認するまでもなく、かすかな人の気配さえ辺りには感じられず。そうわかると急に気が楽になり、ほとんどスキップみたいに目当ての机へ歩み寄る。
「ったく、手間かけさせやがって……」
手にした文庫本はその名に違わず小さな



