一章 彼女と彼女の恋愛事情 ⑥

「俺は見てない。知らないけど?」


 最初から最後まで、むこともなければ声が上擦ることもなく。ここにきて最高の役者を演じてしまったかもしれない。りんの顔は見えないが、幸い怪しまれている雰囲気はなく。


「そうだったの」

「あ、ああ。じゃあほんとに、俺はこれで……」

「待って。最後に、本当に、もう一つだけ。聞かせてもらえる?」

「な、なんだよ? さすがにしつこい……」

「どうしてうそつくの?」

「え?」


 瞬間、てんの体に電流走る。その衝撃は落雷のように脳天から足のつま先まで突き抜け、言葉を失わせた。それほどにきようがくしていた。

 理由は、ゆっくり顔を上げたりんが、笑っていたから。

 生まれてから今日まで一度も笑ったことがないと言われても信じてしまいそうなほど冷淡に思える彼女が、口角をきゅっと上げ、逆に目尻は緩やかに下がっている。

 飲み込む唾が痛いほど喉はカラカラに渇き、胸がざわつく。

 ──何が起きている。いや、起きようとしているんだ?


「どうして、うそ、つくの?」


 同じ問いかけ。赤ん坊をあやすかのように一音一音を区切り。


「う……うそって、なんで」

「中にね、ルーズリーフが一枚、挟んであったんだけど」

「だから俺はそんなの知らな」

「ページが違うのよ。挟んであった場所が変わってるの。私の手元に戻ってくる前と後でね。その前後でこれに触った人間って一人しかいないでしょ」

「…………」


 カタカタカタ、と。てんの震える顎が奥歯を打ち合わせての大合唱。取り返しのつかないミスを犯してしまったと今さら気付いたのだから、しょうがない。


「さーて、ここで問題です。慌てて紙を元に戻したつもりになっていたその男が、知らぬ存ぜぬを突き通そうとしたのは、どうしてなのか?」


 依然として、笑顔。怒ってないから正直に話しなさいと

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