第六章
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……んン……!?
何か、変なことを言われた。
思わず横、先輩を見ると、彼女は巨乳の前で手指を絡め、こちらを見ている。
判断待ちと、そういう雰囲気だ。だから僕は、

「ちょっと、おい、何か今、変な事言ったよね?」
と、バランサーをデコピンで回す。勢いよく弾かれたバランサーは、

《オウ!? って、また酷いことを! ――でも、いやまあ、仰りたいことはなかなか解りますので、どうぞ! さあ!》

「あのさあ」
とりあえず、まず疑問に思ったことを言う。

「僕以外が皆して神って、何?」

《それはもう、そういうことです。貴方は人。他は神。そのものです》

「神って、……つまり神話の?」

《はい。地球に存在していた各神話の神々が、全て存在しております》

「待った」
訳が解らん。
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世界中ってか、地球上の神々が存在している? ここに? 集まってるとか?
というか何故? どうしてそんなことを?
それで何で僕が、人間として一人だけここに?
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「あの」
と僕はとりあえず、先輩に向かって問うた。

「先輩も、神様な訳ですか?」

「え? あ、はい」
アッサリ認められた。マジかよ。いや、ちょっと、おかしくないですか……? だけど、先輩は肩を小さくしながら、

「だからまあ、その、レベル低くてアウト組というか……」

「ええと、でも、神様だと、何か出来たりします?」
問う。すると先輩が表情をちょっと明るくした。

「出来ますよ! 見てて下さいね?」

「あ、ハイ」
頷いていると、先輩が岩屋の壁に手を当てた。そして、

「それ」
と言ってる間に、岩屋の壁が、どう見えても固い火山岩の平滑なのに、変形した。
コネるとか、造形するとか、そういう感じだ。エプロンつけてるとすごく良い感じだと思う。語彙は死ぬ。だが見ている間、あっという間に壁の一部が盛り上がって、やや大きめのハートマークが出来た。

……え?
どうぞ、と手で示された壁の三十センチ大のハートマークを触る。すると、

「硬い……」
もはや壁と同じだ。ベースは溶岩。だから変形させるには高熱などが必要なはずで、そもそもこの壁からハートマークを浮き上がらせるには、壁が”減少”してないと駄目だ。だが、どう見ても壁が素材として使われた気配はない。だとすると、

「おかしくない……?」

《それをつまり、奇跡と言います》

「いやいやいやいやいや」
ちょっと納得できない。だからドヤってるバランサーに向かって、

「こういうのだったら、特撮とか、トリックでも出来るよね? この壁を砕いて砂にして、速乾材を混ぜて、とか」
バランサーが、顎でこちらの横を示した。
先輩が、ハッキリと肩を落としている。

「ああああああああ! 違います! 先輩は神です! 女神と言っていい! 当たり前か! 先輩のしたことに疑いはないんですがこの馬鹿がドヤるのでつい!」

《ば、馬鹿とか言われた……!》
やかましい。だが、

「いいかインチキAI! 先輩は神だとしよう。だが他の連中については信じないぞ!」

《こ、これだから頭の悪い人類は……》

「やかましい。というか何で神なんだよ? 何で人間が僕だけなんだよ? ってか、ここが現実? じゃあ、ここに来る前にいた、あの夏休みは何? 返して! 僕の夏休み! 返して!」

《やかましい。あちらは神界です。地球上の神々を収めるために、とりあえず不公平をなくすため、ある特定の時代をモデルに再現した世界となっております。御利用有り難う御座います》

「特定の時代って……」
ああハイ、とバランサーが言った。

《今、西暦だと、3203年ですね。しかし神界の設定は、ちょっと訳あって1990年代にしてあります》
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えーい、と、デコピンでバランサーを回した。
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「あのな!? お前な! エキセントリックなこと言えば通るとか、そんなこと考えてない?」

《いやいやいやいや、ホントなんですって!》

「じゃあ、何、ここ」

《いや、既に答えを見ていた筈です。というか、その中にいたでしょう》
バランサーが言った。

《かつて地球に住まう人々は、訳あって、御近所宇宙の、居住可能な星系に引っ越しを始めたと、そういう訳です》

……おーい。
何だろう。すっごく、面倒な話というか、これ、ここで
「うっそでえーす!」
ってプラカード持った誰かが飛び出して来るアレだよね? さあ来い! 来いよ――!
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来ない。
ボーっと岩屋の入り口を眺めていたので、先輩が心配して覗き込んできた。
巨乳に心配させちゃ駄目だ。だから僕は、

「ちょっと待て」

《少し、飲み込めて来たようですね?》

「いやいやいやいやいや、全然だよ馬鹿」
何となく、しかし、順序は出来ているのだろう。

「フィクションだと思って、言うことにする」

《どうぞどうぞ!》
あのなあ。と思いつつ、右の手を、右から左に流す。それをジェスチャーとして、

「……地球から、人類が出た。
そして、居住可能な星系に来た」

《ハイ》

「――そしたら、居住可能なんだけど、チョイと駄目なところや、駄目な星もある。
だから――」
こういうことだ。

「テラフォームだ」
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《そうですね》
バランサーが言うのを、彼女は聞いた。

……これは本当に、難しい問題です。
彼が言うところまでは、解りやすい順序だ。だが、

「どうしてそれが、ええと、神様が出てきて、人類僕だけで、それで神界? 1990年のあの世界まであるとか、そんなサービス精神の塊になる?」

「えっと」
と、つい言ってしまうと、二人分の視線が来た。バランサーが啓示盤で頷き、彼もこちらに気づき、

「お、御願いします先輩! この馬鹿で嘘つくAIに変わって本当のことを!」

《い、いや、こちらこそ御願いします! この馬鹿で猜疑心強い猿の進化形に本当の事を!》

「えっとお……」
何かすごく、応じていいものかどうか迷う。だが、

「あのね、住良木君」

「あ、ファイ! 何でしょう! 何でも聞きます! 言って! 何でも! 言って!!」

「落ち着いて住良木君、跳ねなくていいから座って」
すごく勢いよく座られた。だが左右に小刻みに揺れていて駄目かもしれない。ただまあ、さっきからこちらの横、啓示盤の中で神格上昇のための”信仰”目盛りが上がっているから、良いことなのだとも思う。
だから、言う。

「テラフォームを、人類が始めなかったと思う?」

「いえ? 思わないです。だって、地球出て移住なんて、マジで大事業ってか、……今、外の現実? そっちでは長期視点でやってるじゃないですか。先輩のそのセクシー制服とか作って新開事業でカンカンカン! みたいな!」

「セク、……シー?」
彼が自分の頬を自分でひっぱたいた。そして、

「すみません! 素直な生き方してるもんで!」

「いやまあ」
と、言葉を続けることにする。

「それでですね? 人類だって、当然、テラフォームの用意をしていたんです。人類はコールドスリープとか、事象凍結とか、そういうのを使って安全に寝ていて、AIに任せる形でしたけど、AIはこの星系に接近している段階から問題に気付き、だけどまず、用意された規定の方法でテラフォームを行おうとしたんです」

「規定の方法?」

《移住艦群の中で改良設計し、現場に併せたテラフォーミング用の機械群を使う方法です。生物的なものも含めて、確実なものを用意しました》

「それで終わったんじゃないの?」
いえ、と己は首を横に振った。

「その機械群、生物的なものなども、全部、通じませんでした」

「どうして?」
あ、と彼が声を上げた。

「その星系に、先住してる何かがいて、抵抗とか、戦争が起きた?」

「ちょっと近いですね。抵抗する力は確かにあります。環境そのものもそうですが、精霊? 知能は無いんですけど、かなり強力な存在で、テラフォーム用の機材は戦闘系も含めて全く歯が立ちませんでした」

「人類、駄目じゃん……。ってかAIのお前も、何やってたんだよ?」

《いや、想定外です。だって、地球および、近くの星々では余裕で上手く行っていたのが、チョイと遠く離れたここでは全く通じなかったのですから》

「えェ――? そうなの? お前が馬鹿だったからじゃなくてえ――? キャハハ!」

《こ、この男……!》
まあまあ、ととりあえず宥めに入る。
するとバランサーが吐息した。

《まあ、実際、失敗ばかりだったことと、私達も何が何だか解っていなかったことは確かです。だって、明らかに想定外だったのです。解ったことと言えば、私達の機材が、弱体化をしていたと、そういうことでした》
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「弱体化?」

《はい。環境の問題かと思い、精査をしましたが、重力、大気構造など全て問題は無く、想定範囲内でした》
しかし、

《そんな中で、私達は一つの結果に気付きました》
バランサーは言う。

《幾つもの機材を投入し、圧倒的に砕かれ、敗北を重ねながら、幾つかの機材の結果に、差が出ていることに気付きました。それで――》

「信じがたい結果が出た?」

《はい》
信じがたいと、己は告げる。その内容は、こういうものだった。
《――日本式で、出場前に、デジタル的とは言え、安全祈願と勝利祈願の祈祷を行った群だけが、長時間、拮抗したのです》
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は? と僕は首を傾げた。

「……無いでしょ? 祈祷したら強かったとか」

《ですよね――! AIとして、これはおかしいと、猜疑しましたとも!》
しかし、

《幾度となく精査をしても、差は、そこだけでした。投入場所が結果を左右したのでは、という懸念から、群内で祈祷の有無を分けて実験しましたが、答えは同じでした》
つまり、

《神頼みを行った機材のみが、何故か抵抗出来るのです》
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バランサーにとっては、理解の外というか、想定の外にあることだった。これは記録に残っている。

《しかし、逆算的な事実があります。神頼みを行えば成果は少しとは言え、得られる。では、この成果を与えている神頼みの正体は何なのか、と》

「調べたの?」

《はい。実際、2000年代の始め、地球では、まあ、逸史の範囲ですが、しかし私達でも許容を超える事象、他相世界との融合の痕跡が観測されています。そこで恐らく、地球の、地脈や、流体と呼ばれる概念が確定したのだろう、と》

「……ゴメン、専門用語多くて、後でにしていい?」
愚かな……、と横目を向けるが無視された。だからこちらも気にせず、言う。

《差を、範囲を広げて考えました。そこで出た結論は、こういうものです。
・地球では神道が存在した。
・神道は、何らかのパワーを地球(地脈、流体)から付与していた。
・祈祷とは、神道のパワーを、対象に移植する方法である。
・移住艦群は神道のパワーを微弱ながらに有している。
・移住艦群で祈祷を行うと、地球よりも低い力でパワーを移植できる。
・それがある機材は、通用度が高い。
・それが無い機材は、通用度が低い。
実験として、艦外に、宇宙空間上の資源から無人工場を作り、機材を生産。その工場内で祈祷を行ったところ、誤差範囲しか効果がありませんでした。
これは祈祷のパワーが移住艦群から離れて薄れたものだと理解しています》
はーい、と住良木が猜疑心ありまくりの顔で手を上げた。

「あのさあ、移住艦群の神道パワーって、何処由来なんだよ?」

《移住艦群の中で休眠している人類、主に日本の出身者に由来すると推測されます》
以後、と己は告げた。

《神道の実験をモデルケースに、各神話、宗教に由来する方法で機材に”神頼み”を行いましたが、結果として、”神頼み”を行ったものが優勢となりました》
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「おーい、待って待って待って」
僕は、額に手を当てて言う。ちょっと待て。これは飛躍が酷いだろう、と。
だから、あのさあ、とまた前置きして、

「それがどう、神様に繋がるの?」

《簡単な事です。まず、機材の投入では、結果として加護のパワーが足りず、効率が悪く、また、材料、資材も消費が激しいと判断しました》
だから、

《地脈のパワーがもたらすもの、それを人間が自分達なりに表現したものが、神や宗教における神話です。つまり神や神話とは、パワーの”型”です。
だとすれば――》
解る。あまり解りたくない話だが、こういうことだ。

「……”地球にいた神”を作り、神も何も無い、単なるパワーの暴走している星々に送り込み、神話的にテラフォームさせればいい。神はパワーの”型”持ちだから付与どころじゃない強力なユニットだし、更には――」
”型”ということは、こういうことだ。

「その星々の地脈? そこに、地球由来の神や神話の”型”を与え、星々の暴れる地脈を鎮圧する。
――つまり”神格的テラフォーム”をするんだ」
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先輩が、頷いた。

「そうね。そういうことです」
そして彼女が、こう言った。

「神々のいない星で、――私達は神々と神話を再現し、人類が降り立つために鎮守するんです」
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《簡単なルールは後でまた教えましょう。そこの猿の進化形とそちらは、正式にこのテラフォーム案件に登録します》

「あー、ゲームのアカウントとった感じ」

《プロジェクト名は”神有星”です。憶えておいて下さい》

「えーと……」
トンチキだ……。心底そう思いつつ、僕はしかし、こう思った。

……否定しても、外堀埋まってるんだろうなー。
アレだ。詐欺商売のアレ。外の誰も彼もが
「辻褄のあっている”本当では無いこと”」
を信じていると、利害が分かれない限り、それで問題なくなるというアレ。
ただ、聞いておきたいことがある。

「あの、神々って、……作ったっていうけどさあ」

《簡単に言えば流体の情報に力を与えて情報体を作り、高密度、顕現化しました。存在としては、貴方のような人類よりも遙かに高密度かつ高度情報体で、高位の存在ですよ》
もはや訳が解らん。嘘だとすると、どんだけ手が込んでるんだ。
ただまあ、

「だとすると僕は、寝てた人類の、一人呼び起こし? 何で?」

《えーと、そこらはまあ、追々説明をしていきますが……》

「あの、これ」
と言ってきたのは先輩だ。何かと思えば啓示盤が示されている。
見れば、何かデジタルのメーターの末尾が勢いよく動いている。それは小さな数だが、

「何です? コレ?」

「住良木君のこと。……住良木君がいると、これ、神格の上昇度なんだけど、上がるんです」

「は?」
と首を傾げて、何となくだが、しかしハッキリと理解した。

「”人間”の僕が”神”を信仰することで、神の格が上がる……?」

「そう」
先輩が首を下に振った。

「今まで神様だけだったから、テラフォーム進めないとレベルも何も上がらなかったんだけど、……人がいると、”信仰”で神の格が上がるから。でも――」
先輩が言った。顔を赤くして、

「住良木君が私の何を信仰してるのか、名前も明かしてないのにコレが回るのは、ちょっと不審ですけど。でも、うん……」
言われた。笑顔で、

「有り難う。私と一緒にやっていこうって、言ってくれて」
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……うーわー……。
このメーター、今のところオッパイメーターか……。
水道料や電気代並に常時上がり続けることは間違いない。
責任重大だ。巨乳信仰をやめてはならない。だが、

……あー。
僕みたいなのがパートナーで、ホント、先輩には済まないと思う。それに、

……この人、人じゃ無いんだけど、いい人だよなあ。
この人には嘘とか、不義理は働かないようにしよう。でも、

「あの、先輩? 僕はまだ、かなり信じてないんですけどね?」

「うーん、でもこれ以上はちょっと、実地で見て貰うしか無い気が……」
ですよねー、とは言っておく。だけど、

「あの、僕は正直、先輩には欺されてもいいと思ってます。だから先輩、あの、僕に対して、何でもいいから、自分が神様だって言う確証出るような、嘘でもいいから、ありません?」

「たとえば?」

「あ、ハイ! たとえばオッパイ揉ませてくれて”アー! 実存――!”とか! そういうのでも全然オッケーです!」

「え?」
僕は自分の顔を自分で叩いた。というか両の手が構えていて危険だった。向こうでバランサーがドット絵の半目を向けてくるが気にしないこととする。
そして先輩が、少し考えた。

「あのですね? ちょっと、これ、信じて貰うにはどうでしょう、って感じなんですけど」

「何です?」
うん、と先輩が頷き、こう言った。

「住良木君、人間だから、神様の前に立ったとき、基本、自分を偽ったり、隠し事したりが出来ない筈なんですよね。――思い当たる節、ありますか?」
思い当たる節しか無いので、そのまま床に頽れることにする。
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「始まったか」
と、徹が言うのを、紫布は聞いた。ちょっと離脱しようかと、そんなことを話していたところだったが、相方の見立てには同意だ。

「神々の降臨と神話の再現。――でも、政治的なところが出てきちゃうんだよネー」

「当たり前です。この星系、星は無限じゃありません。それに、テラフォームに向く神話形態とそうじゃない神話形態の神々では、星系内の最終的支配範囲に差が出る場合があります」

「それだけじゃないぞ」
徹が嘆息する。

「どの星でも、根源の部分はまだ解決されてないんだ。俺達だって、最強存在じゃない。だけど俺達以上の方法は無い。人類はホントに神々に手間掛けさせる」
だけど、

「バランサーをまた出し抜いて、神々が神話の制限を超えられるかもしれない。――あの住良木がいれば、という話にはなるが、神道の神話再現やうちの再現、共同でガッツリ行くと、そうした方がいいだろうな」
全くと、小さく笑う徹に、自分も笑った。

「あのサア」

「何だよ、咲」
うン、と己は頷いた。

「こんな、神々のいない星で、――でも、前より活き活きしてるの、不思議だネー」



