第八章
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じゃあテラフォームを再開しようか、と僕はバランサーと先輩に言う。
先輩に対しては、

「では先輩! 御願いします!」

「ええ、頑張りましょう……!」
バランサーに対しては、

「おい、フォローちゃんとしとけよ?」

《こ、この猿めが……!》
だが、バランサーが問うてきた。

《一応、確認しておきます。テラフォームのこれからの方針、解っていますか?》

「え? 熱い惑星は冷やすんじゃないの?」

《何故、冷やす必要があるんです?》

「水が欲しいから」

《何故、水が欲しいんです?》

「喉が渇くから」

《…………》

「この野郎”この馬鹿”って顔しやがった。赦さねえ! 赦さねえからな……! 憶えておけよ……!」

《ぶっちゃけ馬鹿だと思いますが、貴方の喉の渇きのためにテラフォームする訳じゃありませんので》
言われて考える。確か、図書室で借りた本には、どう書いてあったっけ……。
あ、いかん、先輩が期待の目で見ている。見ている……! アー! 巨乳の美人に期待の目を向けられるとか、今までこんな経験は人生では無かった!

……かなり追い詰められる感覚あるな!
というかこういう馬鹿をさらす現場では、どっちかって言うと見ていないで欲しい。アー! 御願い先輩! こっち、こっち見ないでへえええ! ひぎぃ。でも僕、バランサーにカラダ許してる訳じゃないしな……。
でもまあ、つまり、何だ。

「何となく思ったというか、さっき軽く答えてみたけど、惑星を冷やすと水が得られるってのも、ちょっと理屈的に変?」

《熱されて上空にある水が、冷えて雨となる、という点では、惑星を冷やすのは正解です。無論、その星の構成要素に水がある場合ですが》

「ここはどうなの?」

《ここはそのとおりです。だから地表を溶岩地帯から強制的に大地化し、熱の表出を押さえるのは利に適っています》

「じゃあ、そうなると……」

「何故、水が欲しいのか、というさっきのバランサーの問いかけになりますね。これは、何で雨が欲しいのか、ということにもなります。考えてみて下さいね?」
先輩の言葉に、僕は思案した。
こういう場合、どうするか。

「先輩、とりあえず、手当たり次第に、いろいろ言ってみますんで、聞いて下さい」
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僕は先輩を正面に見る。

……あ、背が高い……。
靴を履いている分もあるけど、素で背が高い。そういやゲーム部の紫布先輩も巨乳で無茶苦茶背が高かったなあ。神様ってそういう傾向なんだろうか。あ、いや、あの桑尻は背が低かったし胸も薄かったから、

「まさか神とは、胸の大きさと背丈が比例する存在なのか……! そうなんですね先輩! 僕は先輩くらいが丁度良いです!」

「え?」
僕は自分の頬を自分で叩いた。向こうでバランサーがキツイ横目を向けてくるが気にしないこととする。そして、

「何で水が欲しいのか。もしくは、雨が欲しいのか」
とりあえず思考を落ち着かせて、思うがままに言ってみる。

「透けジャンルが発生します」

「え?」
僕は自分の頬を自分で叩いた。さっきと逆だ。同じ方ばかりでは腫れが目立つからな!
ともあれ今のは違う。否、合っているけど違う。そう、雨が降って先輩の制服が透けて、二人で雨宿りをしている内にああああああ! ああああ!

《大丈夫ですか馬鹿》

「今、ちょっと大事なところだったんだから邪魔すんなよ……! 馬鹿! 馬鹿ぁ!」

《何かウザいだけの生き物になってるんですが、話進めて下さい》

「そうだなあ」
考える。

「――アレだ。雨が降ると、更に溶岩地帯とかが冷えて、惑星の大地化? が進む」
先輩が笑みで拍手をしてくれた。
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……凄いな僕!
コレはあれだ。ゲームのチュートリアルで、ボタン一個押しただけで世界を変えたかのような褒められ方をするアレだ。ああそうだ。単純だ。だけどちょっと何か言っただけで先輩みたいな人というか神に褒められて増長しない僕がいるか!? いないよな!
じゃあ、と僕は次に言葉を作る。

「雨が降って、冷えたところに溜まります」

「それは、どういうことになりますか?」

「ええと、水溜まりが出来る?」

《貴方の近所の話じゃないんですから、もうちょっと自然現象として》

「じゃあ、池が出来る?」

「ええ、そうですね。でも、ここはもう少し大きめで考えてみて下さい。あと、水が溜まって流れると何になります?」
ええと、と、僕は先輩に誘導される後輩そのものとして応じた。

「溜まった水が流れて、川が出来て……」

「そう、それで、どうなります?」
僕は考えた。
川が出来て、流れていくと何が出来るか。

「……海が出来る?」
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先輩が拍手してくれるのに両手を挙げてポーズとって答えていると、喋る画面が咳払いを一つした。

《正確にいえば、大概の場合、テラフォームの初期段階では一般で考えられるような”川”は存在していません。水が低地へと流れたり、溜まって海が生じていく、そういうことですね》

「お前、ホントに嫌味好きだよな……。でも、”川”が存在してないって、どういうことだよ?」

「冷えたばかりの大地は、水が氷になったようなもので、山というか、起伏もほとんど生じていないんですよ。当然、川の機能として重要な保水性を保つ土などもありません」

「それは――」

《植生もありませんから、”川”を保つための保水機能を、大地がほとんど有していないということになります。なので大地を冷やし、雨を降らせている段階では、水の循環は直接的で、まだ熱されている地域とも衝突し、環境変化がダイナミックになりますね》

「たとえば?」

「さっき話にあった水蒸気爆発。雨や水流と溶岩や地熱がぶつかると、ああいうものが多くの地域でドっと生じて、それが大気をブワーっと揺らして、やがてそれはギュっと集まって巨大な気流となります。地表には山岳などないですから、気流は大地をグワっと走るスーパー熱気流ですよね」

「それって危険じゃない?」

《まあ、そういう期間を経て、しかし地表は冷えていくのです。でも地下では冷えておらず、溶岩は星の自転やら何やらの影響で動いていく。その上にある、冷えた大地は、それからどうなるか解りますか?》
僕は考える。つまりコレはアレだ。アイスの上に乗ったチョコが、アイス側を食うことでどうなるかということで、

「割れる?」
先輩が笑みで拍手してくれた。合ってる。僕スゴーイ! バランサーはその目つきをやめるんだ。いいな? だけど、

「割れる、というのは、大地の動きとしてはどうなりますか?」
問われて考える。アイスサイズの出来事が大地サイズになるとどうなるか。
地割れ、という言葉がすぐに浮かんだが、そうじゃない。

「……山とかの起伏が出来る訳か」

《乱暴な省略含みで言うと、大体そういうことです。起伏が出来れば低地が生じるので、海となる場所も出来る。そういうことですね》
しかし、とバランサーが言った。

《水が生じ、雨が降ると何が起きるか、海が出来る、というところまで含めて、さっきの続きと行きましょう。――思い付くことを言って見て下さい》
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海が出来ると、何が起きるか。
僕は自信を持って応じた。

「水着ネタが出来るだろう……。おい画面、何だその目は」

「え?」
僕は自分の顔を正面から叩いた。さっきまでで左右は結構やったからな、これがバランスってもんだ。
でまあ、ちょっと考える。海が出来るとどうなるか。

……海は生命とか、そういうのは、ちょっと早い気がするな。

「海が出来ると生命が満ちる、とか言い出すとスピリチュアルかな?」

「それも有りですけど、次の段階だと思いますね」

《スピリチュアル以前に、貴方がそういうこと言い出すとキモいです》

「お前、やる気か……!? お前……!」
まあザコは気にしないようにしよう。僕は大物だからな。大物だからこそ道に転がる小さな石に蹴躓いてはならない。クッソ、あの画面の野郎……!
ともあれ何だ。海とかが出来ると何が出来るか。僕は考え、ふと気付いた。

……今、先輩みたいな神様とのテラフォームをしてるんだよな……。
だとすると、さっきの解説に話が戻る。
地脈。流体。そして”型”。それらがある世界ならば、

「――”相”が増えるんだ」
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僕は気付いた。これは多分、正解だ。だから言う。

「溶岩だけの大地、荒れた熱だけの大気、そこに冷却がなされ、岩石だけでも大地が出来て、その上で雨が降って海が生じるならば、大きな変化が一つ出来る」

《それは何です?》

「”相”だよ。これまでは荒れた大地なので、溶岩地帯とか荒れた大気とか、そのくらいしか”相”が無かった。そしてこれは動的で、この世界全域に広がっているから、”相”としては大きいけれども”全体”過ぎる。だけど――」
だけど、

「冷却で岩石の大地と海が出来れば、”相”が増えたことになる」
”相”が増えるとどうなるか。

「”相”は”型”だ。だとすれば”相”が増えることによって、それを扱いやすくなると、……そういうことなのか?」

《そこまで行くと飛躍も入りますね。まだ説明してない領域に関わりますから》

「ですけど、大枠はそういうことです。合ってますよ住良木君」

「イエー! 先輩に褒められた! どうだバランサー、羨ましいか!」

《あーうらやましいー。あ、すみません、棒読みで》

「そうかー! 羨ましいか! うほほーい! うほほーい!」

《き、聞いてませんね? この馬鹿……!》
ですが、とバランサーが言った。

《ともあれ初期の流れは見えているようです。”相”の追加についても、意味は解っているようですね。では、――貴方達の不利を知って貰いましょう》

「不利? 僕と先輩がいれば、不利なんて何もないんじゃないの?」
いやまあ、と先輩が困ったように笑った。これは何かある。美人の苦笑は必ず訳ありだ。美人の知り合いなんざ今までの人生の中でいなかったけど、これはそういうものだと思う。
だが先輩は歩き出した。岩盤の大地の端。そこに立って、

「ちょっと、見ていて下さいね?」
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僕の視界の中、先輩が両の手を溶岩の海に翳した。
先ほどと同じだ。三十メートル四方が、岩の大地に書き換わる。だから、

「凄いです先輩! ナイス岩盤でーす!」

「いや、それほどでも……」

《ええと、今ので解りませんか?》

「え? 先輩の神技は美しいとか、両手を振ったときに後ろから見ているとスカートの後ろ側がクっと持ち上がって、”ああ、尻もいいなあ”と思わされるとかそういうの?」

「え?」
僕はバランサーを指さした。

「コイツが悪いんです! 僕を誘導するから!」

《自分殴るの飽きたからこっちに振りましたね!? そうですね!?》
だいたいはその通りだ。あまり自傷行為はよくないからね。でも、バランサーの言うことがそれなりには気になる。

「解ったか、って、どういうことだよ」

《ええ、そちら、先輩様の技によって、どれだけの大地が獲得できました?」》

「約三〇メートル四方?」
言って、何となく気付いた事がある。

……これは、そういうことかな。
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何となく解った。
このテラフォームは、かなり厳しい。それも、”先輩が厳しい”んだ。
いろいろと、いきなりキツい事になる気がする。と、そう思ったときだ。
バランサーがこう言った。

《この星ですが、地球に非常に近く、総面積は510,060,000km2あります》

「あのな」
言っておく。

「僕は先輩とやっていく。これは決まりだ。だからあまりナメるなよバランサー。何言われても怖じ気づかないから、もったいぶらずに言ってくれ」

《成程、それは解りやすいです。では敢えて言いましょう》
言われた。

《貴方の相方の神は、大地の生成として、一回で30m四方しか出来ません。
30m四方の力で、どうやったら510,065,600km2の面積をテラフォーム出来ますか?》
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待て、と僕は自分に思った。
逸って駄目な反抗心を作るな、と。だから考えろ。
今、僕は挑発された。パートナーである先輩の力が、テラフォームには足りないといわれたんだ。
そして僕は、先輩がそのことを気に病んでいるのも知っている。
だって、僕が近くにいることで神格が上がったとき、喜んで、礼まで言われた。
先輩にとっては、神格が上がるというのはとても大事な事なんだ。

……先輩は、神としては弱いかもしれない。
だけど、先輩は、強くなろうとしているし、僕と一緒にやっていこうと言ってくれる。
だったら決まりだ。

「30m四方だろうと何だろうと関係ないね。僕は先輩とやっていく。先輩も僕とやっていく。それが決まりだ。だからバランサー、こんな僕達がテラフォームを完遂するためには、どんな手があるんだ。それを教えてくれ」
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バランサーは内心で吐息した。
やれやれ、とそう思う。

《人類とは、無意味にも格好つけたがるものですね》
理屈や現実的発想など、効率よく進めていくことの意味は解っているだろうに。だがことごとく、人類は感情的であり、メンツやプライドで道を誤る。
だが、今回はどうだろうか。己は思案し、

……そうですね。
今回のミッションの大目的は、彼がテラフォームを完遂することだ。そして彼はパートナーとして彼女を選んだ。
ならば彼がその通りにテラフォームを行おうとすることに問題は無い。そしてバランサーたる自分は、問題が無い上で、人類から要求があれば、応えるのが役目だ。
応える。

《方法は三つあります》
一つ。

《第一に、彼女とテラフォームを続け、貴方もまた、彼女を神奏することで、彼女の神格を上げるのです。そうすれば力は強くなり、やがて大規模なテラフォームを自在に行えるようになるでしょう》
二つ。

《第二に、創意工夫です。一つの力で出来ることは限られているようで、しかし、工夫によって効率や成果は大きく変わる可能があります。
まずは考えましょう。それで駄目ならば――》
三つ。

《第三の方法は、簡単です。――別の神の力を借りるのです》
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僕は、眉を上げた。

「待て。僕のパートナーは先輩だぞ。先輩が僕の下品でいやらしく、時には変態性の激しい本性に気付いてパートナーを返上するかもしれないけど、それでも僕は先輩のパートナーだ。おっと、ここいい話だから取っておけよ?」

《あ、すみません。後ろの方、ちょっと前の句が酷かったので麻痺して聞いていませんでした。何かありましたか?》

「こ、この野郎……」
だが話は進めるべきだ。今の疑問は一つ。

「他の神の力を借りるってのは、どういうことだ?」

《簡単な事です。この星を貴方達がテラフォームすることに同意した陣営の神々は、貴方に協力をすることが出来ます。つまり、同盟した神々の能力を、貴方は臨時で借りることが出来るのです》
と、バランサーが言ったときだった。背後から声がした。それは聞き覚えのあるもので、

「まあ、そういうこった」
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振り返ると、ゲーム部の面々がいた。
やはり、と思うまでも無い。

「皆、やっぱり神なのか?」

「まあ、何ていうか。末席の私でも、確かにその通りね。アンタよりも”上”の存在よ」
まあまあ、と紫布先輩が言って、一歩前に出た。

「じゃあ住良木ちゃん、そこの先輩ちゃんも、とりあえず私達の紹介の後、実際のテラフォームにおける”拝借”と、まだまだ全然、テラフォームが進んでないっていう、そういう話を聞いてくれるかナー?」



