第四章 『見上げ場所の花』


 脇坂は、音を聞いた。

 鉄の響きだ。

 今、自分がいるのは教導院の屋上。ちょっと遠回りに機殻箒で飛翔して、後ろから降り立った場所だ。途中、武蔵の防空識別証を求められたが、現実側の方から浅間神社に割り当てられた予備役ナンバーを教えて貰って通過が出来た。


「浅間神社の権限強え――」


 ここからならば、眼下で戦う豊が見える。

 こっちに来たのは自分だけだ。嘉明は品川のマスト上にいて、周囲の監視を続けている。

 そして下からは、鉄の音が鳴っている。

 豊が、この三河争乱を経て副長となる存在と、真っ向からやり合っているのだ。


 見える。

 豊が使っているのは二刀。否、刀ではなく、


「直剣?」


『あ、多分直刀ですね。二重桜だと、刃の先端が丸くなっていると思います』


 流石にそこまでは見えない。いや、達人レベルだと見えるのかも。しかし、


『アサマホ、副長とやりあってる?』


 そうだ。

 豊が副長と、対等に戦っているように見える。

 それは副長の持つ蜻蛉切と刃をぶつけ合い、火花を散らし、刃の補強用であろうか、流体光を激しく飛ばしている。


「……!」


「……!」


 お互いが攻め、守り、刃をかわす。豊が二刀、副長が槍という、手数の差はあろう。だがそれだけで渡り合えるものでもない。


「アサマホが、元、剱神社の代表だったから?」


『それもありますけど、二重桜のパワーアームは防御主体の設定にすると相手の武器を追尾してくれるんです。何て便利なんでしょう。今だと片腕側を購入して三十分以内であれば逆腕側が無料でついてきますね!』


 解説が売り込んできたよ?

 だが、解説はそこからが深い。


『――でもこの時期、浅間神社の二重桜は、その攻撃や迎撃のシステムがまだちょっと甘めです。基本として神道に由来する武闘系神社の基礎的技術を組み込んでいますが、その神髄を得るのは、それこそこの三河争乱以後、三河にあった熱田神宮などを臨時で保護してからなんですね』


『だとすると、豊がまともに勝負出来ているのは――』


『ええ。まあそう言った補強もありますが、基本としては、豊が剱神社において、剣術を確かに修めていた証左ですね』


 解説というかアサマホカーチャンにドヤされたが、まあ悪い気分はしない。

 見ていれば解るのだ。

 勝負出来ていると、そう思うのは、豊の位置が変わることだ。

 追い詰められているのではなく、追い詰められてもいない。ニュアンス難しいね。でもそんな感じだ。お互いが攻撃に必要な位置を取ろうとして、それを避けてまた動いている。


 姿勢と位置取りで御座るな、と点蔵は思った。


 ……独特で御座るが、見事な捌きで御座ろう。


 あの、喜美の代行として出て来た御仁。どことなく浅間に似て、また、やはり代行と言うからには血筋か何かであろうか、喜美や、トーリにも似ているようにも思う。

 不思議な御仁だ。

 何しろ、剣の腕が立つ。

 本多・二代は極東の戦士団代表。先の三河消失で行方不明となった本多・忠勝の娘で、名槍”蜻蛉切”を振るう存在だ。

 自分のような総長連合の役職者ならば、知っていて然るべき人物である。

 それと正面から渡り合える御仁というのは、さて、武蔵にいただろうか?

 隠れていたか。それとも文字通り、逸材というものか。

 長泰と名乗ったが、襲名者だとすれば、平野・長泰。

 しかしこの名前では、P.A.Oda所属であろう。武蔵にいる訳もない。

 不思議な……、と思っていると、声がした。


「つーか、どうやってあれ、やりあってんだ? セージュンの言う通りなら、あの本多・二代っての、かなりスゲエんだろ? 武器も有名なアレで」


「Jud.、だからつまり、姿勢と位置取りで御座るよ」


 己は、教導院前の橋上、そこから見える刃の軌跡を見据えつつ、言う。


「あの長泰殿、姿勢を低くしているのが解るで御座ろう?」


「ああ、でもそれが何よ?」


「相手の本多・二代殿は槍で御座る。橋上は側壁があるので、側壁より下に対しては長物となる槍は振るいにくいので御座るな」


 ゆえに長泰が姿勢を低くする。

 自分の背後や近くに側壁を置くことで、本多・二代の槍に制限を与えるのだ。

 それだけではない。


「槍を横に振り回せなくなったら、出来る有効打は”突き”と”上段からの叩きつけ”で御座る。これなら側壁があったとしても、距離さえ把握していれば止めることも出来、速射も可能。しかしこれに対し、長泰殿はまた別の手を打って御座る」


「――これは面倒な手を打って御座るな」


 現実側で、表示枠経由で送られてくる音から、二代はそれを理解した。

 横の正純も、向こうにいる誾もこちらに振り向く。だが言葉を放ったのは宗茂だった。


「柄を打っていますね?」


「柄? 蜻蛉切の、か?」


 Jud.、と己は頷いた。


「槍の柄というのはかなり曲がるものに御座る。そして穂先側も含めて、この”しなり”は強い打撃力になるので御座るよ」


「この時期の副長は約三メートル強で蜻蛉切を使っていましたが、そのくらいの長さでも、上段の振り下ろしで叩きつけられた場合、まともに受けると防御ごと身体が沈みますね」


「先端重量の脅威ってヤツだね!」


「女子こそが長刀や槍を使えと、そう言われる訳ですね」


「しかしそれを、どうやって平野が面倒な”手”にしているんだ?」


「Jud.、橋上の側壁ゆえ、拙者が主に使える手は二つ。”突き”と、先ほど宗茂殿が言った”上段からの振り下ろし”で御座る」


 大体の動きはこうだろう。 


「まず上段で、噛みつくようにして相手に穂先を振り下ろし、相手が後ろへ避けたならばそのまま突きに移行。相手が横に避けたならば、柄を振るのではなく、全身と一緒に横にスライドし、穂先で引っかける。そのような動きに御座る」


 しかし、


「これだけ動作が限定されると、腕があれば見憶えることは可能。――狙いは蜻蛉切の柄、それも穂先の根元を打つことによって――」


「先端が思わぬ方向に揺らされると、次の挙動が遅れます。浅間神社代表は、一刀を前に突き出して槍のリーチや速度を把握し、二刀目で柄を打っているのだと思います」


 誾殿、解説のいいところを持っていくで御座るよ?


 点蔵は橋をトーリと見上げつつ、一つ頷いた。

 あの長泰という御仁、見事な捌きであると思う。だが、火花と流体光を散らしているその戦い方を見るに、


「一つ、不安があるで御座るよ」


「何よオメエ、自分の出番無くなって嫉妬してんの?」


「そうじゃないで御座るよー?」


 長泰と二代の戦いにおいて、長泰側が圧倒的に不利な部分があるのだ。


「……その不利が、表に出なければ良いので御座るが」


 豊は機動した。


「……!」


 剣術は、羽柴勢にいた頃、織田家の主社である剱神社にて修めている。

 位置は正面をとらず、しかし大きく離れない。相手の構えに対し、一歩ほどズラして立つのが正解だ。

 槍は突くにしろ、振るにしろ、使い手の重心が大事な武器だ。しなる先端を制御し、真っ直ぐ突くこと自体が難しく、それを為すには全身の動きが統一されていなければいけない。

 身体で狙って、全身で打ち込む。全ての挙動は訓練で培われる。

 ゆえに槍は、”狙って当てる”ことが出来ても、”狙って”のが難しい武器だ。

 だからこちらは位置をズラす。敵が全身で打ち込むのに適した方向から、一歩を逸らして立つことで、槍持ちの力は大きく削がれるのだ。

 これに対処する槍側の攻撃は横薙ぎだが、身を低くして側壁を用いれば防ぐ事が出来る。

 更には、


 ……装備!


 二重桜の追尾性能がかなり頑張っている。蜻蛉切の柄と穂先の動態追尾設定が通ったのだ。

 常に追いかけるような感覚はあるが、放たれた場合、位置を予測して誘導してくれる。

 あとは自分の体捌きだ。

 腰部のバインダースカートとテールバラストがよく動く。母の設定が入っているのだろうか、ちょっと上半身が重め……、母が自分より偉大だということだ。尊くて死にたくなる。だが死ねないので、





 声が出た。


 点蔵は、橋の上を見上げて思った。


 ……あ、これ、喜美殿の代行というだけはあるで御座るな……。


 声を出したら楽になった。息を入れ、豊は動いた。


「行きますよ……!」


 突き込まれる槍に対して軽く斜め前に出て、穂先を弾き、火花と流体光を散らす。そこから穂先の根元を打つ。そうやって槍の先端を揺らし、遠ざけてから前に出る。

 すでに動きは先行予約が入っている。

 尻尾のようなテールバラストが、こっちの動作を予測し、前に立ち上がって来ているのだ。

 腰からバラストに押される感覚。しかし振り上がった重量が上から吊すように支えてくれるので、倒れることなく前傾し、


「……!」


 橋上の側壁よりも低い、床すれすれの高さで自分は疾駆した。

 巫女服の靴は、射撃時の身体固定用にピックが打ち込めるものだ。それを”半出し”にして、アイゼン代わりに橋の上を”駆け上る”。

 行った。一瞬。嘘です。四歩で敵の斜め前に御到着。

 自分は構えた二刀を前に振った。槍の柄を上下から挟むようにして、だ。

 こっちの身体は蜻蛉切の柄に左肩を横から当てるような姿勢をとる。そして前へ。踏み込みつつも槍と密着しているような状態なので、これで敵はこちらに向かって柄を振ることが出来なくなる。

 更には刃で上下を制限しているため、敵はもはや、こっちに対して左、外側へと槍を逃すしかない。

 そこに己は刃を叩き込む。しかし、


「いない……!?」


 目の前に敵がいない。

 消えたのだ。


○ 

 橋上という制限下の多い戦闘において、二代は自分に制限をおかないこととした。

 この巫女の実力は相当。恐らくは名を隠した襲名者であろうが、


「相手にとって充分……!」


 ゆえに己は手を尽くすこととした。

 相手が迫った瞬間。振られる刃の手首が返り、加速するタイミングを見て、


「チョイとすまんで御座る……!」


 蜻蛉切を真っ直ぐ前に押し込み、その上に跳んだのだ。


 橋下の点蔵からは、それがよく見えていた。

 二代が、不意に、無効化された自分の突きを”追い突き”したのだ。


「何事に御座る?」


 意味が解らなかった。当たらない攻撃を更に深くして、何をするのだと。 

 だが、続く瞬間でそれが生じた。

 二代が柄から手を離し、前に跳んだのだ。

 前宙一回転。

 長泰の刃を空中前転で跳び越え、空中で一回転。しゃがんだような姿勢になった彼女は、爪先であるものを踏んだ。

 前に突き込み、投げた蜻蛉切の柄だ。


 ……重量のある槍は、勢いを入れることで、そちらへの推力を強く持つ……。


 空中に足場を作ったのだ。

 かくして本多・二代は柄の上を走り、穂先側を下にキックした。

 空中で歪むような軋みを放った柄が、勢いよく一回転する。

 その先、更にショートジャンプした二代の手に、柄の半ばが落ちてくる。

 落ちた。


 橋上にて二代は勝機を見た。

 今、敵は橋の左側壁の間際にいる。刃を振り抜き、背を向けた状態だ。

 自分は彼女を見据え、しかし同じように左側壁の間際にいる。だが、


「翔翼……!」


 加速術式は累積型。即座の足しには弱いが、それでも己は跳んだ。

 移動先は右側壁の間際。腰は充分に落としている。


 ……いい位置に御座る!


 真理がある。

 側壁に挟まれた難所において、槍使いが、全力の横薙ぎを放てるタイミングがあるのだ。

 側壁の端。そこに低い位置で構え、逆側に対して斜め打ちに振り上げる時だ。

 大振りではないが、全身には加速術式が入っている。

 柄を巻き込み、抱き上げるようにして、左下から右上へと振り抜くつもりで行く。

 行った。


 蜻蛉切を全身で斜め打ちに巻き打つ。

 その動作と速度の中で、二代は敵の巫女が動くのを見た。

 背を向けたままの彼女が、ふと腰を上げる。

 回避ではない。

 前へ。

 こちらから遠ざかるだけの動き。しかしそれは、


 ……逃げるので御座るか……!


 背を向け、振り向きもしない逃走。

 否。逃げては勝負にならない。だから数歩だけのものであろう。しかし、


 ……見事!


 危険を感じた際、下手な技に頼ることなく最善の動きを取った。

 距離が空いた。

 もはや蜻蛉切の穂先は当たらない。ならば、


「――!」


 自分も立ち上がり、前に跳んだ。全力で斜め打ちにした槍を手で頭上に回し、相手を見据えたまま、橋の右側壁にステップ。そのまま、


「参る……!」


 視界の中、相手が振り向く。敵はこちらを見つけて構え直し、


「……!」


 笑った。明らかにこちらをリスペクトする顔。何か意味が解らんが、そういう相手なのだ。だがそれはこちらも同様。この敵は策士のように手を尽くしてくるが、


「良う御座る……!」


 止めよう、と己は思った。自分が敵わなかった”世界”に対し、挑もうとする者達。それを無謀だと言うならば、まず己が壁にならねばならぬものとして、


「……止めるで御座る!」


 流体光が火花に散った。

 豊は、手捌きよりも位置取りの足捌きとバラスト類の制御に集中し、対する二代もやはり位置を取る動作に終始した。

 二代の方が大きく動くようになっていた。槍のリーチに頼らず、側壁の上を走り、時には蜻蛉切を振るった際に発生する慣性重量を利用し、側壁の外を走りもした。

 お互いの攻撃はしかし二刀が弾き、二代の身の跳ばしによってかわされる。

 あと少しで追いつく、という動作の中、お互いは肩をぶつけるほどに近くなっては離れ、


「……!」


「――!」


 火花と、散る流体光が加速した。


 気付いたのは誾だった。現場からの中継の表示枠は音を届けるだけだが、こちらにいる二代の手前再現みたいな変な挙動から、段々と読めている。その中で、現場の二人がある動作に飛び込んだのだ。それは、


「先ほどと同じ流れ……!」


 誾は気付いた。

 本多・二代の突きに対し、浅間神社代表がぎりぎりでズラして前に飛び込んだのを、だ。

 先ほどと同じ流れ。

 しかし違うことがあった。

 さっきは、本多・二代が浅間神社代表の二刀に対し、追い突きした柄の上に跳ぶという曲芸を見せた。だが、


 ……今は、加速術式が累積しているのです……!


 この場合、本多・二代は違う。自分と相対したときもそうだったが、フィールドを広く利用しながら、止まらぬ動作を繋げるのだ。


 橋上。巫女の攻撃に対し、二代は一つの動作を取った。

 先ほどと同じく追い突きをした上で、


「失敬……!」


 なるべく手から手を離さぬように、前進。巫女に当たる直前で身を翻すターンを行い、


「……!?」


 巫女の背。二刀を振る柄の側とは逆を、背中合わせにスピンして擦れ違ったのだ。

 手はぎりぎりまで柄から離さない。そしてスピンした先で伸ばした手は、


「……取ったで御座る!」


 柄を掴んだ。

 既に巫女は擦れ違い、こちらに背を向けた状態だ。対し自分は、右前に伸ばした手で蜻蛉切の柄を掴んでいる。

 右手の先には穂先がある。ならば背中を柄に押しつけるように、左手は逆手で柄を掴み、


 ……全身を回して、蜻蛉切を振り上げるで御座る!


 そうした。

 構え直しは後で良い。今は槍を振るうことを優先とする。ゆえに背中側で構えた槍を、腰を跳ね上げる動きでかち上げ、右上に回す。

 回った。

 その途中から身を入れ替え、正しく上段に構えを修正。そして前を見れば、巫女がまた距離を取ろうとしている。

 ゆえに己は叫んだ。


「伸縮機構……!」


 柄を振り下ろしながら六メートルの最大長まで伸張。

 最大の一撃を巫女に叩き込む。


 点蔵は、懸念の実現を悟った。


「やはり保たないで御座るか……!」


 巫女が、宙を割り、先端速度が音を超えた蜻蛉切に気付いたのは僥倖。ふり返りながら二刀を防御として叩き付けたのは正解だろう。

 しかし何もかも足りなかった。

 迎撃の刃二つは容易く砕かれ、流体光が散った。刃が爆砕したのは、強化術式の制御が失われた事による暴走だろうか。

 これだ。


 ……槍と刀の差で御座るよ。


 打撃力が違うため、合わせて行けば先に刀の方が疲弊する。それが重なれば、武器破損だ。浅間神社代表の刃も、浅間神社由来で強化されていたとは思うが、蜻蛉切には敵わなかったと、そういうことだろう。

 こちらにはもう、武器がない。

 一つ”良い”と言えるのは、巫女が倒れた理由が槍の直撃ではなかったことだ。迎撃時の反力で押され、突き飛ばされるように彼女は橋上に転がった。

 だがこれが結果だ。


「……こちらの敗北で御座るか」


 思わず呟いた声に、ふと、否定が来た。それは、


「いや、そうじゃねえんじゃねえの?

 ――だってあの巫女の姐ちゃんよう、うちの姉ちゃんの代行を自分で名乗ったんだぜ? だったら――」


 だったら、


「勝たねえと、嘘だろう」


 馬鹿が言った瞬間だった。橋上で動きが瞬発した。





 Yポーズで巫女が立ち上がっているのだ。


 橋上にて、二代は敵の元気溌剌を見た。

 うん、無傷とは言わぬで御座るが、意気軒昂なのはよう御座るよ? しかし、


「貴殿の負けに御座ろう」


 翔翼を消さぬため、左右に軽くステップして言う己に対し、巫女が口を開いた。


「どうでしょうね? 周り、見て貰えます?」


 その言葉に、自分は、相手から視線を逸らさず、視界の範囲で周りを見た。すると、


「……流体光?」


 先ほどから彼女の武装が散らしていたものだ。それはしかし舞いながら、消えていない。まるで桜吹雪のように宙を波打って波紋する全ての光は、大きく左右で二重となり、


「――その刃 形無く 風に流れ しかし空にて分かれて左右に二重。

 ――ゆえに二重桜」


 告げられる言葉に、己は気付いた。


「……まさか、貴殿の武器とは――」


「二重桜の”刀身”は、この流体光の刃ですよ? 私が両手に持っていたものは、その発生器です。対怪異戦闘の際、あの発生器を打ち鳴らし、――鐘みたいな音がするんですけどね? これを発生させつつ怪異を呼び起こすと、丁度怪異が起きた辺りでこうなっている、という寸法なんです」


 巫女が両のパワーアームを振ると、それに応じて桜吹雪の刃が大きく回った。

 全ては二刀。今こそ強大な、しかし散り続けて大範囲に広がる流体光の威力が成形され、


「――この刃なら、橋を打っても気にしないで済みますよね」


 十数メートルの刃。その波吹雪が叩き付けられてきた。


 迫る流体光の二撃を見据え、しかし遠くの巫女を視界の中央に置き、二代は調息した。

 ここから先の判断は、容赦とか、そういうレベルのものではない。

「蜻蛉切……!」

 蜻蛉切の割断能力の使用。それは、術式なども含めて割断する神格武装の一撃であり、必殺という意味をもった一撃だ。

 自分は父とは違い、蜻蛉切を使いこなせていない。だから事象を切る上位発動は出来ない。だが、名前から割断能力を発する通常発動は可能だ。

 使えば、相手は死ぬ。その可能性が高いと言うことを理解していなければならない。

 相手は極東の民であり、教導院側の人間。自分達の相対すべき敵は他にいる。


 ……だが、その敵は、蜻蛉切を使用した父に相対した……!


 三河消失が為されたということは、父は負けてはいない。しかし、相対した敵は生きている。

 この蜻蛉切では、敵を倒せなかったのだ。


 ……何故で御座るか!?


 東国最強と言う父の強さは、どれだけのものだったのか。名槍と謳われた蜻蛉切の力とはどれだけのものだったのか。


 ……何故──。


 疑問は、叫びとなった。


「外に戦いに出ると言うならば、少なくともこの蜻蛉切を越えていけ……!!」


 刃に巫女を映し、己は蜻蛉切に呼びかける。


「結べ、蜻蛉切……!」


 流体光の刃が割れ、爆散した。

 橋下から見る点蔵にして、初見となる蜻蛉切の”割断”であった。

 だが己は見た。割れぬものは何も無いとする蜻蛉切の発動によって、流体光の巨大な刃が散った向こう。


「――――」


 長泰を名乗った巫女が、無傷で立っているのだ。


 何故、と散る流体光と擦れ違いながら、二代は思った。

 父の名槍、蜻蛉切が、この相手に通じない。それは、


「ああ、良かったですね……」


 巫女が、心底安堵したように、こう告げた。


「私の長泰は、もう、私にとってはファッションのようなものなんですね」


 言って彼女が触れた巫女のインナースーツ。腹の部分が切れ、大きくめくれて落ちていく。しかしその下にある素肌は、汗に濡れているだけで無傷だ。

 これは、と思った時には、もう彼女が眼前にいた。

 逃げられないと、そう感じた瞬間だった。巫女の両手が勢いよくこちらの蜻蛉切の穂先を挟み、打っていた。

 快音が響く。直後に手で挟まれたまま、蜻蛉切が撥ねた。伸縮を最短の二メートルに変え、その表面にある蜻蛉型のマークが光を失う。

 そして不意に重さが来た。これまでも重量はあったが、今は手応えそのままに、しかしバランスが失われているという、そんな重さだ。


 ……これは――。


「OSの介入術式を叩き込みました。勿論、蜻蛉切は高性能なので、自閉モードに入って防御しましたけどね? でも、――この蜻蛉切は、今、使えません」

 

 言われている意味は解る。

 己の刃が封じられたのだ。その一方で、周囲にはまだ流体光の桜吹雪が少ないながらも舞っている。

 ああ、と自分は思った。この巫女は、ここまで用意して、ここに来たのだと。

 どれほど止められようと、どれほど難敵がいようとも、どれほど追い詰められようと、最後に勝つ。そのつもりでこの場に来たのならば、


「何故で御座る? 貴殿は――」


 ふと放った問いかけに、相手が微笑した。両手で挟んだ蜻蛉切の穂先。その刃は相手の胸に向かって、しかし届いていない。

 彼女はそれを見据え、一つ頷いた後で、こちらに視線を向けて言葉を寄越した。


「私って、ズルい女ですよね? ――そう思いません?」


 ミトツダイラは、それを見た。

 今、西側広間から瞬発加速で走ってきた自分は、武蔵の陸港についたところだ。だが、


「世界が……!」


 跳ね上がる。何もかも流体光に変わり、洗い流されるように上へと飛ぶ。思わず全身が引き上げられるような錯覚を得るが、その中で己は声を聞いた。それは自分の王の、


「――ありがてえ」


 そうだ。既に自分達は、あの校舎前の階段を降りて行っているのだろう。ならば、


「……リピートの境界を、越えたんですのね?」


 王が決め、行く。

 何もかもが、迷い、そこから行動に移った瞬間だ。

 三河の記録にとって、最も大事なターニングポイントが、そこだったのだろうか。

 だが、今、記録の世界が消えていく。ならば、全てがつながったのだ。

 そして何もかもが散っていく。正しき流れを得て正常に。出来れば王達の出陣を見送りたかったが叶うまい。それに自分は既にその中にいたのだ。だから、


「――三河争乱! 正常化しましたわ!!」

 

 一つの過去が、決着したのだ。

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