第五章 『踊り場の思案者』
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浅間は、急ぎ手配をした。

「奏上……!」
今、武蔵野が大きく震えた。艦が完全にコントロールを取り戻したため、逆に補正が必要になったのだ。
流体光が艦体全体から周囲に散り、三河争乱が終わった。
これまではそれら怪異に捕らわれ、出力なども不備なところがあった。それが急速に正常化した場合、負荷を掛けて強引に動かしていたところは過剰運転となる。
ゆえにそういったものを武蔵野艦橋側と共に急いで補正。幾箇所かストレスが耐えられない場所は、負荷を動力転嫁して循環系に回し、水圧として外部に放出する。
武蔵野の周囲が、霧に満ちた。おお、と声を上げた者達が、ようやくになって艦が正常化したことに気付く。同時に艦内放送が来た。

『――御目出度う御座います。武蔵野、艦体のコントロールを取り戻しました。三河の記録は正常化のようです。皆様の御協力、有り難う御座います。引き続き、他艦の方、宜しく御願いいたします。――以上』
わ、という声が艦の各所から響き、本陣でも正純が大きく伸びをする。そして世話子が肩の力を抜き、

「お疲れ様でした。……これを後、十一回ですか」

「まだまだありますね……!」
言いつつ、自分は併行して進めていた手配を終えた。
豊が、疲弊激しく、艦体の解放からそのまま救護送りとなったからだ。奥多摩の浅間神社はまだ使えないが、東照宮のある武蔵野は解放された。ゆえに東照宮と連動する青雷亭本舗、その風呂に神社経由で回復術式を流した湯を入れることにしていると、

「浅間様、豊様はどんな塩梅でしょうか」

「ええ、今、移送中らしくて、ネイメアさんが付き添ってますね」
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「いや、いやもう最高――! ネイメア聞いて下さいよ! もう、父さんから最後に声掛けられちゃって死にかけるって言うか、いやもう、あははははは! テンション凄ー! しかもこれから父さんや母さん達の住む本舗の御風呂ですよ! クンクンしませんかネイメア!」

「負傷者扱いなのにいつもより元気なのは何故ですの――!?」
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「流石は豊様ですねえ」
向こうで世話子が頭を抱えているが、気にしないこととする。

「ええと、ともあれ今のでいろいろ解りましたね」

「ちょっとダッシュで戻ってきましたけど、つまりこういうことですの?」
・記録の表出は、リピートする。
・リピート箇所では何かが損失しているので、それを埋める必要がある。
・リピート箇所は、事件のターニングポイントとして大きなものである。
・記録内部に取り込まれた際、位置はランダム?
まあ大体そんなところだろうと思う。では、

「ターニングポイント、というのが難しいですね。どうしてそう思ったんです?」

「三河争乱のターニングポイントというと、幾つかありますけど、表向きには私達が教導院前の階段を下りたのが印象的ですわよね?
でも今回は、その直前。それを止められるかどうか、という最後の勝負となった二代と喜美の相対がリピート箇所になっていましたの」

「――私達としての、分岐点の決定箇所か」
だとすると、いろいろと思案が変わると思う。

「過去に取り込まれるのは、恐らくそのターニングポイントに近しい者か、関係者。だから、私が提示した数班単位の調査は、内部への突入確率を上げますけど、ターニングポイントが解ればピンポイントで人員指定出来ますし、また、過去の側が不意に誰かを飲み込んだ場合、ターニングポイントが逆算出来ると思いますの」

「次は”アルマダ海戦”の表出が生じている奥多摩ですよね? そっちに行ったのは――」

「福島、清正、それとウルキアガと伊達家副長だ」
並んだ名前に、自分はやや考えてから納得の頷きを作る。
福島は二代の娘で、清正はメアリと点蔵の娘だ。福島の戦闘力は二代に匹敵するし、清正はメアリの持つ王賜剣の後継である王賜剣三型を持っている。
過去の再現を要求された場合、戦闘においては福島が担当できるし、清正もかなり出来る。それに清正の王賜剣三型は、刃から放つ対艦クラスの砲撃において、王賜剣一型を超える威力を持っているとされるのだ。

「それに、半竜のウルキアガ君と、飛翔可能な機動殻を使う成実さんがいれば、アルマダ海戦の艦隊戦でもかなり戦えますね」
と言った時だ。ふと表示枠が自分の近くに展開した。
緊急通神。自分が通神インフラなどを管理しているので、これはとりあえず正純と共有。
その内容を確認したとき、同時に正純から声が上がった。

「リピート阻止に失敗したあ!?」
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いきなりだな! と思いつつ、正純は通神文の内容を確認する。
書いたのは伊達家副長である伊達・成実で、

『リピート阻止に失敗したから誰か代わり寄越して』

『まあそんな感じだ』

「何か意外に軽いな!」

「ナルミン表向きかなりドライだからねえ」
何となく解る。そして遅れて紹介文が出た。


■キヨナリ・ウルキアガ
■呼名:ウッキー
■役職など:武蔵総長連合第二特務
・半竜。姉好きで知られているが、両親が三征西班牙の出身な事もあり、旧派で審問官希望。戦闘力に優れ、伊達家のトラブルを解決する際に助力している。その結果、嫁として伊達・成実を武蔵に迎え入れている。


「ウルキアガの分は今ここでようやくか」
だけど、

「あのメンバーで、英国及びアルマダ海戦の記録に対し、何の効果も与えられないという……、そんなことがあるのですか?」

「王賜剣三型を持つ清正殿がいてダメだった、というのは進じがたいで御座るな……」

『――急ぎの情報ですが、奥多摩方面で生じている記録の表出は、リピートまでに大体一時間二十七分掛かることが計測で解っております。――以上』
意外に掛かると言うべきか、それとも早いと言うべきか。

……まあ、この手の怪異としては早いんだろうな。

「同じ人員で連続アタックしたらどうなの?」

「成実様がこうして通神文を送って来ている、ということは、記録の表出からはじき出されて、再突入出来ていないということではないでしょうか」
確かにそうだ。

「少なくとも、連続突入は無理と、そういうことですかね?」

「ローテーションだったら行ける? それとも、何回か間を空けたら行けるかな? ちょっとそのあたり、試験していった方がいい気がする。――明日以降の突入場所で、手の空いてる戦士団に試して貰った方がいいね」

「だとすれば、とりあえず今は代わりの人員がいるということか」
誰にすべきか。そう思った時、自分はふと一つの視線に気付いた。
世話子だ。
ルイス・フロイスとして、彼女は聖連への連絡係でもある訳だが、

「……?」
何が起きたのかと、こちらを半目で見ている。
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世話子は疑念した。今、何やら本陣の中枢の方がハネたように騒がしくなったが、

「……どうしたのですか?」
視線を向けると、浅間神社代表が慌てた勢いで振り返った。

「あ! 大丈夫です! 何でもない! 何でもないですから!」
超怪しい。なので問いかける。。

「……あの、何か問題でも生じたのですか?」

「いやいやいや、何も御座いませんよ? 怪しいことなど何も! 攻略失敗とか、全く御座いませんな。おっと、御茶でも飲みますか?」
怪しさが増した。
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「正純様! 世話子様が人を疑う性格になりました!」

「今の流れで何も疑わなかったら天使か何かだと思うぞ?」

「何かコレ、ミスった報告が聖連に流れたらどうなります?」


■御広敷・銀二
■呼名:ピロシキ
■役職など:全方位経営士
・若い生命を礼賛するロリコ……、まあやめておこう。武蔵内で食料品などを扱う御広敷グループの御曹司で、本人も調理スキル高め。主にスイーツ系の屋台などを経営している。意外に常識人で、また、データなどを重要視して議論をする。


「あ、小生の分も出るんですね?」

「おーい、ハッサンにペルソナ君、ネンジとイトケンも来いよ!」
皆がぞろぞろやってくる。


■伊藤・健児
■呼名:イトケン
■役職など:無し
・快活なインキュバス。友人思いで、各所にてフォローなど働く他、ガス系精霊の身を活かして潜入活動なども行える。子供達に人気がある。



■ネンジ
■呼名:無し
■役職など:無し
・硬派なスライム。それとなくムードメーカーで、挫けない。要所で体質? を活かして皆を救う。



■ペルソナ君
■呼名:ペーやん
■役職など:近接武術士
・全く喋らないマッチョ系。顔をバケツヘルムで常に隠している。だが心優しい。戦うのはいざというとき。インドア系でゲームの腕前ではどのジャンルでも全一クラス。六護式仏蘭西出身。



■ハッサン・フルブシ
■呼名:無し
■役職など:全方位調理師
・カレーの使い手。カレーは神の食べ物なので、除霊なども出来るため、霊体戦士団を扱う前田・利家などから恐れられている。カレーによって、敵艦群破壊や、人狼女王に降伏を認めさせたりと、武蔵では鈴と同様の隠れた高戦績ホルダー。


「おい、葵? お前、楽しようとしてないか? そうだな?」

「してねえよ! 隙あらば紹介するぜ! ――でもどうなの? さっきの失敗報告が教皇のオッサンとこ行くと叱られたりすんの?」

「まあ、政治的にチョイと突っ込まれることにはなるというか、うちが完璧ではないって事でチクチク言われたりするだろうなあ……」

「あー、じゃあ、こっちは世話子さんを誤魔化すので、そっちは次のターンで解決出来る人員を出して下さい……!」
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さて、と浅間は世話子の方に身を向ける。
今、両腕が世話子の接待で、菓子を出したり果物を剥いたり茶を淹れたりと頑張っている。巫女も一種の接待職業なので、ここは頑張らねばいけない。そういうわけで、

「ええと、じゃあこっちはこっちで、アルマダ海戦の際の記録について、ちょっと話を進めましょうか」
こういう場合、話を逸らすためにも使えるテクニックがある。
逆質問だ。今、向こうがこっちに対して疑念を抱いているならば、

「武蔵が参加したアルマダ海戦、あれは一体、どういう経緯で起きたんでしょうか」

「? あれは……」
と、何となくノセられている自覚はあるのだろう。吐息つきで世話子が応じた。

「三河を脱した武蔵は、聖連各国、つまり欧州全土にとって”お尋ね者”でした。基本として、武蔵を見つけた場合、対処を行わなければ聖連の咎めを受ける。そういう流れがあったのですが、――武蔵はステルス航行しながら、九州方面を回りましたよね?」
言われる通りだ。かなりバレてることを覚悟の上で、武蔵が目指したのは英国。

「一応、武蔵は”国境のみを航路と出来る”決まりだ。だから、違法な航路進行はしていないと示すために、要所でのマーカー認証をしなければならなかったからなあ……」

「あのマーカー打ちは何時頃無くなりましたの?」

「三国会議の後、三国方面と関東の東側では国境を無視した移動を行ってる。後にネルトリンゲンに急行するあたりで不要となり、以後、”原則”扱いだな。――つまり武蔵に対しては、有事では航路制限しない方が得だと、各国が暗黙としたことになる」

「成程……! ちょっと行きすぎた話ですけど、そういうのもあって、三征西班牙は武蔵の航路を判別し、英国に入る前に突っ掛けてきた訳ですね」

「前提として、三河で本多・二代に敗れた宗茂様が重傷で入院。襲名解除が検討されたため、私が宗茂様の代理も含めて前線に出る事になりました」

「誾殿、無茶苦茶強いから困りもので御座る……」
過去形になってない辺り、いい関係なのだろう。

「ともあれ私達との洋上戦闘を武蔵は重力加速航行で離脱。しかし英国に向かったものの、英国からは上陸を拒否されました。そして武蔵は三征西班牙の有するステルス艦サン・マルティンの攻撃を受けて被弾。また、総長以下数百名が戦闘時に乗っていた輸送艦ごと、英国に不時着してしまいます」
Jud.、と誾が頷いた。

「ここからは、私共の知らない流れですね」
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ミトツダイラは当時を思い出す。王と共に輸送艦に乗っていた自分は、英国に不時着した艦上にて、二週間ほどサバイバルじみた生活をしたのだ。

「英国が、武蔵をどうするか。聖連に対する建前などいろいろ内部で話し合っていた間、こっちは放置で、……髪が荒れましたわねえ」
正純とマルゴットも同様だ。だが、

「こっちは英国に拒否られた際、軽い戦闘になってね。英国の主力メンバーに昔なじみがいて、シェイクスピアの襲名者やってたよ。それも大罪武装”拒絶の強欲”持ちだ」

「私も私で、その英国戦であまり役に立たなくて、チョイとヘコんだわね」
まあ、世界のレベルを知る、という意味ではいいことだったのだろうと、そう思う。

「そして私達が輸送艦から上陸できず、軟禁状態になっている間、周辺を調査していた第一特務は、身分を隠していた英国王女、メアリと出会いますのね。
――そうですわよね? メアリ」
と呼びかけるが、当のメアリがいない。
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「……って、第一特務? メアリも? 何処いますの?」

「あー、奥多摩だ。英国の記録の表出に対して、当人達行かせるか、ってことで、さっき出て行った」

「え? じゃあ好き放題に脚色していいの!?」

『通神で聞こえるのに、何言ってるで御座るか!?』
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点蔵は、メアリと一緒に奥多摩に急ぐ。
今、武蔵野艦首甲板で始まっている”暴露大会・英国編”についてはいろいろ言いたいことが有るが、とりあえず街中ではダメだ。人目がある。だから艦間の太縄通路に入ってから、

『ちょっと正確な情報が大事で御座るよ……!』
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『英国では、メアリ殿を処刑する歴史再現が裏で進んで御座った。その猶予を与えられたメアリ殿は、身分を隠して”傷有り”と名乗り、英国の貧しい各所を訪れて整備したり、人々と交流していたので御座るな。それでまあ、輸送艦が落下したとき、ちょっとした行き違いから自分、メアリ殿に一発ビンタ食らって御座ってな』

『……後々、点蔵様のいろいろな気遣いに気付いて、私、かなり前の方で”この方ならば”と思っていたというのがありますね……』
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『あの、こっち、品川ですけど、今、ホ母様の奇声が聞こえて来ましたの!』

『おっと今のアツアツ状況を表現したテンションが届いてしまいましたか』

「ホント凄い肺活量ですよねえ……」
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「フフ、でも懐かしいわね。あの頃はまだホライゾンが泣き虫で、悲嘆の怠惰を得たことで得られた”哀しい”という感情しか無かったじゃない? だから、他の感情を集めるのが苦であるなら、大罪武装を集めなくてもいいんじゃないか、って話もあって」

「今のホライゾンからは想像も出来ませんねえ」

「オメエ、自覚あんの? そうなの?」
でもまあ、と喜美は言う。

「会計コンビが土下座で英国上陸を取りつけてくれてね。それで愚弟とホライゾンは倫敦でデート。そこでいろいろ見て、こう結論したのよね。――哀しいってことは、大事なことなんだって。だって、哀しくないってことは、それだけで幸いなことなんだから、って」
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「まあその裏で、英国の代表者達と私達は主導権の取り合いで戦闘しててね。私は良いとこまるで無し。本気でヘコんだわねえ……」
面倒が生じたのは自分だけではない。あのとき、点蔵とメアリも倫敦デートと洒落込んでいたそうなのだが、

『……私に対して、妹……、つまり英国の女王であるエリザベスが迎えに来て、点蔵様は私の正体と、処刑の歴史再現を知ってしまうのですね』

「何かあの時、格好付けようとして返り討ちにあって、地味に死にかけてた忍者いたよなあ?」

『じ、自分で御座るよ……! 悪かったで御座るな!』

「だがまあ、そういうのがあった御陰で、こっちもエリザベスとの謁見が叶った訳だ」
ただまあ、と正純が言った。彼女は世話子の方を見て、

「三征西班牙の方は、どういう流れだったんだ? まあ、大体は解るが、ちょっと記録の正確性のため、聞いておきたい」
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そうですね、と世話子は頷いた。

「三征西班牙は歴史再現によって、現総長フェリペ・セグンドの時代に没落を始めます。それは新大陸の経営失敗と、国内の新規刷新に伴うだけの国家的体力が無かったこともですが、――アルマダ海戦の失敗がとどめを刺すとされていました。
確かに、新大陸事業や国家改造など、予算がどれだけあっても足りません。それを必死に支えていたのが副会長のフアナ様で、総長は役立たずの中年男性と、そんな感じでしたね。
実質、当時の三征西班牙は経営的にはフアナ様の指揮で動いており、フアナ様はアルマダ海戦で勝利するつもりでした」

「……すげえ、三征西班牙のことになると早口だぜ……」
半目を向けると、皆が馬鹿を押さえ込んだので良しとする。

「さて、そんな不吉なアルマダ海戦ですが、トリガーとなるのは、王女メアリの処刑です。彼女は熱心な旧派でしたが、英国は改派となっており、処刑もやむなし、という判断でした。そしてメアリの処刑に対する復讐を口実に、三征西班牙は英国を奪取しようとしていたのです。
――無論、当時の私達としてはそんなことより国家の経営が大事で、しかし他国は、だからこそ三征西班牙の力を削ごうと、せめぎ合っていたのですね」
あの頃、自分は三河から戻り、武蔵の姫であるホライゾンについての事情聴取を聖連から受けていた。アルマダ海戦には前線の指揮及び情報処理や交渉役として出る用意があったが、武蔵が出場すると解った段階で聖連側からチェックが入っている。
つまり、武蔵と通じているのではないかと、そういうことだ。
ゆえに自分は海戦への参加を辞退している。だが、

「武蔵は、英国との会議で友好関係を確保。しかしそれによって、英国は、傭兵勢力として接近しつつあったP.A.Odaを除外することとなりました。――ゆえに武蔵は、その代わりとして傭兵となり、アルマダ海戦に参加することとなったのですね」
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「世話子様、……先ほどは”そこからよく解んねえ”みたいな事言っておいて、ハキハキと喋りますねえ……」

「ま、まあ、今は時間稼ぎの時間帯ですから、向こうがノって来てるのはそれだけでアタリですのよ?」
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「まあそんな感じで、傭兵として英国に対する点数稼ぐか、って意味もあって、私達は武蔵でアルマダ海戦に出場した訳だ。だが、その際、ホライゾンがメアリを救出に行くことを決めたんだ。――メアリがいなくなると哀しくなると、そういう理由で、な」
単純なことだ。誰だって、誰かがいなくなると哀しい。だけどそれで動こうというホライゾンについて、否定する気は起きなかった。
哀しくなることを止めよう。
この考えは、後の武蔵の方針を大きく決めていくこととなる。そして、

「――私達はメアリの救出班と、アルマダに向かう武蔵とで分かれ、行動した」
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後の流れは、メアリにとってよく憶えているものだ。

『私は倫敦に突入してきた点蔵様に救われるのですね』

『え? それだけ? もっとあるでしょう? もっと! たとえば私が、コレまでの戦績の悪さでヘコんで、ナイトに自分押しつけたのを、喜美がまあトルネードビンタで正常化したとか、そこから私が倫敦で点蔵援護したとか!』

『何故に解説口調で御座るかな?』
皆にもいろいろあったと、そういうことだ。
ただ、自分の場合、特殊なのだ。正直、拗ねた子供のようだったと思うが、

『私、点蔵様にフラれたと、そう勘違いしてまして、……だから点蔵様に、ハッキリと告白して欲しかったのですね。それがもう、思わぬ処まで深く踏み込んでこられて……、参ってしまいました』

『ああ、今、通神帯が偉いことに』

『何を暴露して御座るかな――?』
あの頃は、こんな遣り取りが日常になるなど、思ってもいなかった。ただ、

『その際、私が英国の女王としての資格があるとして、点蔵様が王賜剣一型を私と共に引き抜いて下さったのです。二型を使える妹に対し、これで同等。――ゆえに私の処刑は無くなり、しかし立場の問題から、多くを保留するため、私は武蔵に亡命となったのですね』
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世話子は内心で頭を抱えていた。

……また面倒なことを聞いてしまった気が……。
よく考えたら三征西班牙の代表が英国の裏話とか聞いて良いのだろうか。いや、自分は今、ルイス・フロイスだから”有り”で、ここは得をしていると、そう思うべきなのだろうか。

「……ともあれ、アルマダ海戦は進んでいくのでしたね」
あれは、複雑な戦いだった。

「無能とされていたセグンド総長は、実はかつてレパントの海戦で敗れた仲間達を総動員して、旧型艦による”自分のアルマダ艦隊”を出撃させていました。
新型のアルマダ艦隊は、後の三征西班牙を支えるために使う。このアルマダ海戦は、自分がこの旧型艦隊で行い、全ての責任を取る。そういうことでした」

「あの時、自分が武蔵の指揮をとっていたんですけど、まあ見事にやられましたね……。あの後、山崎の合戦に至るまで、あそこまで武蔵が損壊したってのは無かったです」

「ぶっちゃけ武蔵が苦戦した相手の筆頭は、戦闘面でも政治面でも三征西班牙なんだよなあ……」
その評価はちょっと有り難い。持ち帰る記録には付けておこうと思う。
しかし、

「かつてレパント海戦でセグンド総長に命を救われていたフアナ様は、総長を見捨てませんでしたね。二人はこれまでの行き違いを解消し、武蔵と決戦。武蔵は総長達の乗るサンマルティンを退け、アルマダ海戦を勝利で終えたのです」
決着はそういうことだった。だが、新型アルマダ艦隊はほぼ残存し、後の三征西班牙の経営に有用されている。
敗北はしたが、悪いことばかりではない。それが自分達にとっての結論だった。
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じゃあ、と浅間は前置きした。点蔵とメアリが奥多摩についたことを通神で確認しながら、

「じゃあ、アルマダ海戦の流れを、箇条書きにして通神帯に流しますね」
◆アルマダ海戦---------------------
・武蔵は英国に向かう途中で、三征西班牙との戦闘になる。
・三征西班牙は歴史再現によって没落を強制されている時期だった。
:英国王女メアリの処刑を機に行われるアルマダ海戦が、その契機。
・三征西班牙を退けた武蔵は、英国から上陸拒否をされる。
・点蔵、英国王女メアリとの交流を深める。
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「ホライゾン! 記録に入ってしまうから我慢! 我慢です!」
世話子の半目がイタイが、続ける事とする。

「え、ええと。続きはまあ、こんな感じかなー、と」
・武蔵の英国上陸が認められる。
:ホライゾンが、哀しくないことは幸いだと知る=感情を良いものと認める。
:英国主力と武蔵勢の戦闘があり、メアリが処刑の準備に入る。
・英国との謁見で、武蔵は英国との友好関係を結ぶ。
:英国に接近していたP.A.Odaの代わりに武蔵がアルマダに出場する。
・アルマダ海戦スタート。
:メアリ救出に伴い、英国の代表と武蔵勢が戦闘。
:シェイクスピアの持つ大罪武装”拒絶の強欲”を回収。
:点蔵がメアリに告白し、王賜剣を引き抜き、彼女を救出する。
:酷い告白でした……。
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「智? 何か私的な感想が入ってますのよ?」

「いやまあ、メアリの胸揉んで”合格”とか何考えてるんですかね……」

『そ、そこ! 個人間の遣り取りをああだこうだと言わない!』

『…………』
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・アルマダ海戦終結。
:メアリ、武蔵に亡命。
という表記を見て、誾は手を挙げた。

「アルマダ海戦の中、私は本多・二代に敗れました。しかし、後に宗茂様が武蔵に乗り込んで来て、路頭に迷いかけていた私と共に武蔵での生活を提案して下さって、今、私と宗茂様はこのように武蔵在住となっているのです」
ちょっと説明が長いか。多分、我知らずの照れ隠しなのだろう。

「今、私達は三征西班牙側からの関与の無い身となっており、立花・誾と立花・宗茂の再襲名を目指していると、そうなります」

「そうですね。では、こうしておきましょう。
・アルマダ海戦終結。
:メアリ、武蔵に亡命。
:立花・宗茂、誾、武蔵での生活を開始。
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「これでアルマダ海戦の概要は終了ですね。誾さん、どうですか?」
宗茂が先に表記されていて、気遣いを感じる。が、それは正しい。
己は頷き、世話子も首を下に振った。つまりアルマダ海戦の歴史は、個人の部分を除外すると大枠これで認められると言うことだ。ならば後は、

「奥多摩の方、……どうなっているのでしょうか?」
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点蔵は、その人影を見つけた。
場所は奥多摩に入ってすぐ。艦首甲板でもある円形の展望台だ。よく臨時の輸送艦発着場となるここは、見知った場所であるが、

「ウッキー殿! 成実殿も! そして――」
二代の子である福島も、自分とメアリの子である清正もいる。
あ、と気付いたのは福島だ。だが清正がおかしい。武蔵と羽柴の合流後、武蔵勢の内ではあまりおかしくない我が子であり、馴染んでいるか心配だったが、

……何か、変な極東語で御座るな……。
まあそういうものだと思うことにする。しかし清正が福島の後ろに隠れてしまっている。隠れても王賜剣三型がモロ目立つので我が子はそのあたり可愛らしい。父に対して常に塩対応でなければ、だが。
しかし、気付いたことがある。福島も清正も、

「なぜ、ズブ濡れなので御座る?」
アルマダ海戦は洋上の空で行われた。落水したのだろうか。
だが、何らかの空気を悟ってか、メアリが前に出た。

「――どうしたのですジェイミー」

「あ、御母様! どうも何も、ええと、ここを攻略出来るの、御母様しかいないように思います……!」
どういうことなのか。視線を向けると、ウルキアガが一つ頷いた。

「点蔵。貴様、ちょっと覚悟を決めろ」

「そうね。これは、それが手っ取り早いわ」
何がで御座るか? と思った時だった。
背後に援護が来た。

「面白そうだから来てみたわ」

「大分率直で御座るな……!」

「まあ、いざとなったら逃げる手も必要っしょ」
メアリが苦笑で頭を下げるあたり、ナイトの言うことは本音だろう。ただ、

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「な、何で御座るかなその沈黙……!」
いやまあ、と成実が手を前後に振る。

「行けば解るわ。じゃあね」
え? と思うなり、それがいきなり来た。
流体光が自分の視界の周囲で光ったかと思えば、

「ンンン?」
自分は、薄暗い石造りの通路にいた。



