第六章 『花群の合格者』


 あれ? と思ったのは、ナイトだった。

 自分がいるのは、夜の町だった。

 地上側だ。だが、空がちょっと違和感有る。

 本土の空であれば、こんなに雲が近くはない。そして星の位置を見るからに、これはアレだ。


「英国だね……!」


 だとすればここは倫敦。夜だとすれば、大体何が起きるかは解るというか、


『マルゴット、南の空!』


 通信の声に振り返れば、それが見えた。

 武蔵だ。

 南の空を、しかし西に向かって加速している巨影が見える。

 あー、と自分は思った。多分、当時のリアル自分は、あの武蔵に乗っているのだ。だとすればここは、このタイミングは、


「アルマダ海戦直前、武蔵が現場に向かうところで、――倫敦ではテンゾーがメーやん救出に向かった処だね!」


 自分らは、あれから結構忙しかった。

 アルマダ海戦において、自分達魔女組は麾下も含めて防空任務の展開で忙しかったのだ。そして自分は単騎突撃で敵の空母を撃沈に向かったが途中で撃墜され、


「ガっちゃんに救われて、使用している機殻箒を一型から二型に乗り換えたんだっけ」


『ヒーローには必須の乗機交替ね。二型はホント、かなり無茶な出力設定だったけど、今でも使用するくらいに好きだわ』


 だねえ、と頷き、自分は口を開いてみた。

 今まで、ビミョーに避けていた話題がある。だが、そろそろ触れておかないとダメだろう。だからまあ、気が進まないまでも、言ってみる。


「テンゾーがメーやんにコクるの、どうなったかな?」


『良い質問だわマルゴット』

 

 答えが来た。


『そろそろ始まるわ。――つまりあの告白が、リピート条件であり、ターニングポイントということね』


「…………」


「……アルマダ海戦の何かがリピート条件かと思えば、まさかそんな……」


「あっ、あっ、世話子さん! ま、まあ記録とかそういうものの不備ですから、こういう変な……、じゃない! 異質な条件になるときもありますよ!」

 

「…………」


「ホライゾン! カーッペッはまだ早いですのよ!?」


「タイミングが大事だな!」




■ノリキ

■呼名:ノリリン

■役職など:近接格闘士


・術式を用い、どんな相手でも三発で倒す(対人の場合です)。元北条の襲名候補者で北条・氏直の婚約者予定だったが、どちらも性別を違えたために放逐。父は自害と、重い過去を持っていた。が、小田原征伐で氏直を妻としたところ、反動でハジけた。今は、一般人になった氏直のいる家に戻る勤労学生である。



「おおう、まだまだ出るねえ」


「人数分あるのか……? って、――まあ実際、メアリが武蔵に亡命することを決めた時点で、英国の方針が丸変わりしたし、彼女がいなければ武蔵もアルマダ海戦で勝利出来てないよな……」


「そういう意味では、”武蔵にとっての記録”な部分が強いのかと判断出来ます。――以上」


 ナルゼは、相方の位置を見つけていた。

 マルゴットの方から、空に向けて青白い曳光弾が放たれたのだ。

 思ったより近い。こっちは倫敦の外周、市壁の上だったが、マルゴットは市街だ。かつて自分が点蔵の突入を助けた広場の近くだろう。

 じゃあ急がないと、と思いつつ、ふと、疑問を得た。

 今、これは点蔵とメアリの告白シーンの再現なのだとしたら、


『……告白シーンを再現すればリピート解除よね? それが何故、失敗したの?』


『いや、二人はちゃんとやったわよ?』


『二人って?』


『拙者とキヨ殿に御座ります』


 ああ、この二人、付き合ってんのよね、と理解。女性同士でも子供が生せる技術のある時代だ。自分とマルゴットがイチャついてるのと同じでフツーにあることで、


『それが告白シーン再現して、何でダメだったの?』


『そこが謎なのだが、いきなり天上の高い位置から、♪チャ~ラ~ラ~ララ~♪ という判定MEの後、失敗ブザー音と水が落ちてきてな』


 二人がズブ濡れだったのはそれか。


「…………」


「……ブザー音に水?」


「……さっき三河攻略したとき、そんなの無かったわよ?」


「というか、記録側の方で、何か、例えば武蔵の艦内サービスとかの影響受けて、変な事になってる?」


『失敬、こちら皆様の武蔵野艦橋です。当艦は真面目な中央前艦ですので、おそらく記録攻略時にそのような変なサービスが無かったものと判断出来ます。――以上』


『ちょ、ちょっと待って下さい! こちら奥多摩ですが、奥多摩も真面目な中央後艦です! 記録の攻略時に変なことになってるのは、別の要因かと判断します! ――以上!』


「フフ、そうねえ。奥多摩、トンチキ巫女のいる浅間神社あるものねえ。その影響で記録もおかしくなっちゃうわねえ」


「浅間様、時にアクセル全開になりますからねえ」


「い、いや、ソレ言うなら教導院があるからですよ! 教導院! 連帯責任です!」


 何が何だか解らないが、成功判定が為されるのは解りやすくていいで御座るな、と、点蔵は前向きに考えることにした。

 ともあれ自分は通路を進む。先にある石造りの階段に見覚えが無いが、ここが何処かは何となく解る。コレはアレで御座る。


「倫敦塔……!」


 階段を駆け上ると、そこには夜空が広がっていた。

 城壁の上。風があり、英国の旗が無数に翻る場所にいる。

 南の空には遠く武蔵の巨影が見え、アルマダ艦隊の莫大な影も確認出来る。

 鉄火場の先端だ。そして正面、そこにいるのはやはり当然のように、


「――点蔵様!」

 

 メアリだ。


 メアリは階段を上がり、自分のいる場所を認識した。

 ここは告白の場。ここで自分は英国を捨て、武蔵に行くことを決めたのだ。

 それをここで再現しろと、記録の損失が望んでいる。

 だが、一つ、気になることがあった。


「あの、点蔵様?」


「Ju、Jud.、……これ、つまり、その」


 見れば解る。


「私と点蔵様の位置が、逆なのですが……」


 入れ替わっている。


 点蔵は、思案した。否、幾つも考えるべき事があるように思った。

 まずこの場合だが、


「やはりコレ、……自分がメアリ殿の役を?」


『大丈夫大丈夫! オメエがやってもキモいだけだから! 俺の真似とは違うから!』


『というか我が王のメアリ真似、声質以外は似ていて変な違和感ありますのよねえ』


 アレはホントにキモいからやめて頂きたい。だがまあ、


『さっき豊がクリアしたときのことを考えると、皆が”配置”された段階ではあまり意味が生じてないと思います。現場の、”それ”が発生した位置についたとき、その人に役割が与えられるのでは、と』


『じゃあウッカリ城壁に上がらなきゃ良かった?』


『わあい、コンティニューするときはよく考えないとね!』


『ゲーム攻略じゃないで御座るよ……!』


 まあでも大切な情報か。しかし、そうなると他に気になるのは、


「福島殿と清正殿も、自分らの告白云々については知って御座ろう」


『Jud.、! キヨ殿からよく聞いて御座ります!』


『福島様……!』


 コイツはちょっと意外な御得感。メアリが軽く赤面して”まあ!”とか言っているのも非常に和むで御座る。しかし、


『その再現をしっかりやって、……何故? 攻略にならぬので御座る?』 


 ホライゾンは、首を傾げた。リピート攻略に対する疑問ではない。何を当然の事を言っているのだろうかと、そんなつもりで、


「――刺激が足りないのでは?」


『フフ、そうよね! 刺激! やっぱり刺激は人生にとって大事なスパイス! 悶絶するくらい突っ込んでからハイスタートって感じよね!』


『言っておくけど俺だって昔より刺激に強くなったぜ!』


 馬鹿と姉がハイタッチするのを正純は見た。そして考える。確かに三河にて、浅間の娘の攻略は”勝つ”という部分だけが同じだった。つまりは、


『寧ろ”同じ手は使えない”と考えた方がいいのか?』


『そうだね! 記録が損失している場合、元々あったもので繋げようとしても途切れて当然だ。だって、それゆえに途切れたんだから。だから再接続時はしっかりとしたもので繋げて後で整形、そういうことだね!』


『何かこの前、草稿書いて締め切りに間に合うと威張ってた馬鹿が、結局校正が間に合わずに本出せないとか、あったわねえ……』


『僕のことか!? あれは違う! 校正している間にもっといいアイデアが浮かんだんだ!』


『どっちにしろ本が出てなくないかな?』


 成程なあ、と点蔵は思う。つまり前と違う告白が必要だ、と。だけど、


『……一体どんな告白が?』


『――合体ですわね』


『告白シーンでいきなりそんなことしたらHANZAIですけど、御母様と御父様はやらかしましたわよね……』


『では点蔵様、そんな自然な流れで』


『自然じゃないで御座るよ……!』


 しかしどうしたものか、と点蔵は思った。参考にならない連中が周囲には多いので御座るよ、と、そう思っていると、正面から声が来た。


「だ、大丈夫です点蔵様! 私が点蔵様の役でも行けます!」


「――大丈夫なので御座るか? メアリ殿」


 Jud.、とメアリが頷いた。


「私達の告白シーンにおける点蔵様の挙動については、呼吸、間合い、型も全て熟知しています!」


「型!?」


 嫁のことがちょっと心配になったが、好感度は上昇した。


「こう言っては何ですけど、私、点蔵様十段くらいの業前はあります!」


「十段……!」


 思わず台詞を食ってしまう勢いで反応してしまった。するとメアリは、一瞬正気に戻ったのか、あ、と声を上げて、


「――え、ええと、すみません、知ったようなことを言ってしまって。実際には点蔵様準初段くらいで」


「いやいやいやいや! メアリ殿はもっと高いで御座るよ!」


 えっ、とメアリが赤面した。

 え? ここ赤面するところなので御座る? と思ったが、ぶっちゃけ女性の心は未だによく解らん。何かツボったのならば結果としてそれで良し! そのくらいで構えることにする。

 すると、


「じゃ、じゃあ、――点蔵様は、私に対して何段くらいの業前ですか?」


 キッツイの来たで御座るよ……!?


「コレ、アレだよな! 調子乗って一億段とかいうと、メアリが喜んだとしても、何かメアリのこと馬鹿にしてしまったんじゃねえか、って後で考えるタイプのアレ!」


「ですねえ。おっと、ホライゾンはトーリ様に対して三百恒河沙段くらいの業前ですよ?」


「く、くそ、解りにくい微妙な単位を持って来やがったな……!」


「フフ、まあデカ単位でテンションアゲるのもいいけど、表現にはいろいろあるし、まず自分の中ではどうなのってのを考えなさいよ? 点蔵、アンタにとって、メアリは欠点とかあるの? どうなの?」


 点蔵は、思案の上で答えた。


「自分、この告白の場において、メアリ殿の段位については知らなかったので、自分の方はこれから取得していく覚悟に御座る。いろいろ、改めて教えて下され」


 そうだ。ここは告白の場。だから知らないことがあっても当然! ゆえにここで話題を切り替えつつ、しかしメアリには残念を感じさせたくはない。

 ゆえに自分の中での表現として、己は言った。


「段位では未熟ゆえ語れぬで御座るが、自分にとって、メアリ殿は百点満点中の一億満点で御座る」


 言う、と、メアリが苦笑した。

 あ、しくじったで御座るかな? と思った瞬間。


「私が百万人必要ですよ、点蔵様」


「スゲエよキヨママ、自分がキヨパパに対して百点満点だって自負あるんだ……」


「まあ、そう思ってくれる人の処でなければ、嫁ぎませんわねえ」


『何か大御母様、今日は乙女脳がギュンギュン回ってる気がしますの……』


 メアリは思った。いつも点蔵様は、こういう話をちょっとはぐらかします、と。


『サイテーね……』


 何か以心伝心した気がしますが、まあ、それはそれで贅沢なことで。だけど、


「点蔵様、今回はいつもより深く踏み込んだ話をしていいでしょうか」


「ファ!? あ、ハイ! 大丈夫で御座るよ?」


 じゃあ、と自分は思案した。色々相談したい事柄のストックは内心で山のようにあるもので、それを順次二人で解いていくのが英国を出た自分達の功徳。ならばそれはゆっくりと楽しむべきであろうとは思いつつ、


「点蔵様、――この記録の再現を攻略したら、御夕飯はどうなさいますか?」


 メアリの言葉に、点蔵は即答した。


「英国風の外食の出来る多摩が、まだ解放されて御座らぬよ?」


「そういうとき、どういたしましょう?」


「Jud.、まあ不本意なれど、青雷亭本舗に行くか、または鈴殿の湯屋で今夜集まるのは必定なので、また湯屋前の広場で何か買い食いとかもよう御座ろう」


 そろそろで御座るな、と点蔵は思った。今、通神の中で、


『世間話?』


 みたいな意見がちらほら見えるが、それは”解っていない”。

 メアリの場合、こういう話からいきなり”飛ぶ”のだ。聞いてる限りではいきなり話題が吹っ飛んだ気がするのだが、実は前振りがある。今回で言うと丁寧なことに”踏み込んだ話をしていいか”というのがあった。

 ならばこの夕飯話から、いきなり”飛ぶ”。何が来るかと思えば、


「点蔵様」


 メアリが問うてきた。


「子供が生まれるとしたら、何人くらいがいいですか?」


 ナルゼは、マルゴットと倫敦の屋根上で携帯食を齧っていた。暇なもので、点蔵が何かやらかさないかしら、と思っていたら、メアリの”それ”がいきなり来て、


「ふグッ! ――ちょ、ごめ、気管に入った……!」


「うわあ大丈夫? ってか、合体案件より凄いの来たよ……!」


 ……流石はメアリ殿……!!


 点蔵は嫁の切れ味に感心した。夕飯を何処にしようかという話からいきなり御子孫の人数伺いに吹っ飛ぶとは、流石としか言いようがない。御見事! 好感度が上がって今日だけで七回くらい結婚できると思う。

 しかしメアリはメアリで真剣なのだ。一応前振りをして、ちょっと日常話から移行と、手順は間違っていないと言える。ギャップが凄いだけだ。大体、こんなギャップを超えろと超デカハードルの上から笑顔で手を振ってくるのも、これはメアリと自分の付き合いならでは。他人に対してはこんなこと無いので、つまり自分特権。素晴らしい。


「たまにメアリ様、青雷亭にやってきて何を注文するかと思ったら”美味しいものを”と、尋常じゃないハードルをフルスイングしてくるのですが、それを思い出しましたね……」


「二重三重に言いたいこと有りますけど、ま、まあ平常運転です?」


 友人周りでやらかしているらしいが、それもまたチャームポイントで御座ろう。そのくらいには理解がある。

 だが、今の問いかけには、ちゃんと答えるべきであろう。


「そうで御座るな。メアリ殿の子なら、聡明で可愛らしく、何人いても素敵で御座ろう。たとえば、――サッカーが出来るくらい、とか、調子乗りすぎで御座ろうか」


 まあ、とメアリが笑みで言った。


「――両チーム二十二人に審判とベンチも入ると、三十人は必要ですね」


 アバウトに厳密な嫁であった。


『馬鹿な回答したことへの皮肉じゃないから凄いよね……』


『メアリ様の大物振りに、このホライゾン、己の卑小を感じる次第であります』


『じゃあ同人誌のタイトルに”ボランチ編”とか書いて三十冊出せばいいの? 総集編がどんだけ分厚くなるのかしら……』


『へ、変な回答して悪かったで御座るな……!』


 ただ、点蔵は言葉を作った。

 ギャップだ。今、メアリと話したこととは別で、ギャップを自分も作らねばならない。それがメアリに対し、通じると思った上で、己は言う。


「無論、子供は、一人でも充分に御座る」


「? それは――」


「Jud.、多ければ賑やかで御座ろう。しかし一人であっても、大事で御座ろう。

 ――末世も解決した現在、大事に、ただ大事に、共に過ごせる時間が得られるので御座るから、それを”充分”と、そう思いもするので御座る」


 福島は知っている。今、声にて聞いている清正の父と母の言葉。


 ……難しいで御座りますね。


 かつて自分達は、父や母達の多くを失ったことがある。末世の原因に敗北し、武蔵勢が失敗した、そんな未来から、この”今”にやってきたのが、羽柴勢の主力である己達だったのだ。

 未来において清正の父は失われて、しかし彼女の母はそんな父を待ち続けた。

 父はもういないと、清正はそう理解していて、彼を待ち、哀しみもする母を不憫だと思った。そしてそれゆえに、清正は見たこともない父を嫌うようになり、合流と和解をした今でも塩対応な自分を変えられないのだが、


「…………」


「キヨ殿?」


「え!? あ、いや、何でもありません……!」


 ありありで御座ります。ともあれ、キヨ殿のこの強情は父に似たのか母に似たのか。両方で御座りますかなあ、と、何となく思いつつ、己は通神からの声を聞く。


『……Jud.』


 清正の母が応じた。


『――幸いは”充分”ではなくとも得られます。ですが、だからこそ”充分”であれば、その上に必ず幸いは大きく花咲きましょう』


 メアリは前に歩を詰めて、口を開いた。

 今、自分の大事な相手も、同じように歩を進めてくる。


「点蔵様、共に行きましょう、幸いの場所へ」


 言う。だが点蔵が、首を横に振った。


「どうで御座ろうか」


「何がですか?」


 点蔵が、こちらを見据えて言う。顔は見えないが、日々鍛えているので視線は解るのだ。

 そして彼の声が聞こえた。


「末世の方が勝った未来では、自分、失敗して御座った。――しかし自分、末世に勝った現在、そしてこれからの未来でも、同じように失敗するのでは御座らぬか、と。そう思うならば、共に行くことは出来ぬで御座るよ」


 メアリは、点蔵を見た。

 彼の顔は、落ち着いている。ここは告白の再現の場。それを理解した上での物言いだ。

 何故なら、あのとき、自分は武蔵へと行くのを渋ったのだから。

 それと同じだ。彼は今、こちらの役を彼の立場で演じている。

 そして今のは、恐らく、点蔵としての本音もあろう。自分とて、未来は見えず、不安を考えるときもあるのだ。だが、


「大丈夫です」


 己は応じた。


「末世に負けた未来でも、点蔵様は失敗していませんよ。何故なら、聞いた話ですが、私は点蔵様を待ち続けたそうですから」


「それは――」


「ええ、人によっては、私の心が、負けを認められないほどに弱かったと、そう言うかもしれませんね」


 でも、


「点蔵様が”待っていて下され”と、多分、そう仰ったのだと思いますけど、――だったら私は、待っているだけで幸いなのです」


「――もし、自分が死んでいて、戻らぬ事が確実だったとしても?」


「Jud.」


 即答した。理由は簡単だ。


「そのときには、恐らく、私の元に点蔵様との子供がいるでしょう。

 家族です。

 だとすれば点蔵様がいないとしても、私とその子の間に、充分の幸いが咲きます。何故なら私とその子の間には、点蔵様が必ず”戻られる”からです」


 いいですか。


「点蔵様と共になったとき、もう、全ては幸いしかないと、そう決まっているのです」


 福島は、自分の後ろに清正が回ったことに気付いた。


「キヨ殿?」


 シッ、と横の伊達家副長と第二特務が鋭くトバすあたり、拙者チョイとダメで御座りますよ? 

 ただ、背後から清正の声が聞こえた。


「……御母様には敵いません」


 点蔵は、本日の脳内結婚回数が史上最高を超過したのを感覚した。しかしこれは記録の表層。しばらくすると判定MEが鳴る世界だ。だからだろうか、メアリが、頬を少し上気させながらも、真剣な顔で言う。


「前向きばかりが救いだなどと綺麗事をいうほど、前ばかりを見ているわけでは御座らぬません!!」


 こっちの語尾が変に混じったで御座るよ?


 あっ、という顔をメアリがした瞬間だった。眼下、城の中庭から声がした。振り向けばそこにいるのは妖精女王エリザベスだ。メアリの実の妹であり、英国の代表者、彼女はこちらに対して一つ頷きを見せ、


「面白いから続けろ!!」


 キャラが変わって御座らぬか?


『奥多摩が原因ですね……。――以上』


『い、いや、違います! 理由不明ですけどちーがーいーまーすー! ――以上』


 点蔵の視界の中、ほ、と息を入れ直して、メアリが言った。


「私、メアリ・スチュアートは、極東の世界征服を手伝い、そして武蔵第一特務、点蔵・クロスユナイトと共に歩むことを誓います」


 来た、と点蔵は思った。

 告白の再現。それも入れ替わりとして、だ。これから先に、メガトン級の破壊力が来ることを予期し、抵抗は無駄で御座ろうな、と思う。

 だが自分は言う。メアリの言葉に対し、


「……共に歩むと、そういうことで御座るか?」


 どうだろう。僅かな本音も持って、己は言った。


「自分、ちゃんと出来るかどうか──」


「構いません」


 即答であった。そして、


「――いずれ私達は家族となって、皆に羨ましがられるようになるのです。いろいろな人達に迷惑を掛けて、でもそれを幸いと感じるのです。そうなるまであと少し。あとはただ共に行くだけですよ」


 正面。そこに立ったメアリが告げた。


「貴方に対して誰が何を言おうと、誰が遠ざかろうと、そのために貴方が苦しむことがあったとしても、不幸を得る義務はありません。──選んで下さい」


「な、何をで御座るか?」


「貴方がどのように自分を思っていても、貴方にしか幸せに出来ない女がいると、そういう事実です」


 何故、と点蔵は、口端を歪ませた。


 ……メアリ殿、超攻めるで御座るよ……!


 嫁の必殺技には、ギャップもだが、この吶喊力があるのも忘れていた。浅間なども持っているラッセル型の貫通攻撃だが、メアリの場合はこっちの許可や人目無く突っ込んで来るから凄まじい。

 ともあれここで押し切られたら、再現としては甘い気がする。ゆえに自分は、


「何故、そんなことを言うので御座る!?」


 解っている。メアリは、いい人なのだ。彼女を不幸にしてはならない。そう思う。

 そしてその人が、此方に対してハッキリと言う。


「貴方に幸せにして欲しいのです」


 怖い言葉だと、そう思う。それが軽く了承できる自分であれば良かったと。

 ああ、と己は思った。あの時、自分は逆として絶対に押し切る気でいたが、メアリの方は、今のこちらのように、幸せになることへの恐れに揺れていたのだろう、と。

 メアリは立派だと、今更ながらに改めて思った。このような”怖い”遣り取りの中から、己の行き場所を定めて踏み込めたのだから。

 ならば、と己は思った。自分の中にある”怖さ”を、メアリに見せて行こう、と。

 することはただ、自己紹介だ。それはつまり、


「自分、卯建の上がらぬ男で御座るよ?」


「構いません」


「ファッションセンス死んでるとか、そう言われる男で御座るよ?」


「構いません」


 あ、ちょっとウケた。だが何か気楽にはなった。ゆえに、


「自分、金髪巨乳好きとか公言している男で御座るよ?」


「構いません。だって私がそうですから」


 大物過ぎる……。そう内心で感想するこちらの正面で、メアリが言った。


「点蔵様が私を第一印象で気に入って下さって幸いです」


「いや、まあ、その節は。でも」


「くどいですよ? 私と一緒になれば、ベストだと、そういうことですよね?」


 彼女が小さく笑った。一回、こちらの胸を手指で叩く。そして、


「点蔵様が御自分をどう言っても、私は貴方を見る目を過ちません」


 言われた。


「傷も婚姻も英国が敵に回ることも、貴方が傍にいてくれれば関係ありません。失われさえしなければ、例え身を無くし、魂だけとなっても、最後の居所として、私と共にいてくれればそれでいいのです」


 己は気付いた。今、メアリから聞いた言葉は、かつて自分が彼女に言ったものだ。だが、


「どうでしたか?」


 問いは、それこそが答えだ。


「末世が勝ったとされる未来に対し、私と点蔵様はその通りであり、――勝ったのですよ」


 メアリは、点蔵が一息を入れたのを見た。そして彼が、頷きを寄越す。

 こちらの意が伝わったと、そういうことだろう。ゆえに、


「点蔵様、しかし、点蔵様の不安を解らない私ではありません。ここは一つ、テストをしましょう」


「テスト!?」


「Jud.、簡単なことです。ではまず、点蔵様、大きく息を吸って──」


 Jud.、と、急ぎ、点蔵が腕を左右に開き、大きく息を吸った。

 直後、自分は動いた。彼の開いた脇に両の腕を差し込み、背で抱きしめて、身を押しつけ、


「ごぉ──ぅかぁ──く……、です!!」


 ミトツダイラは、鐘の音を聞いた。

 奥多摩の教導院の鐘が、午後五時を示すのだ。そして振り返った自分に対し、まず聞こえるのは判定MEの残響であり、見えるのは奥多摩の全域から空に昇る流体光だ。

 リピート解除に、成功したのだ。つまり、ターニングポイントを超えたのだが、


「……えっ? 今ので良かったんです、か?」


「と、当人同士がよければ、ま、まあいいんじゃありませんの?」


「…………」


「ホライゾン? カーッペッ、ってやってもいいですのよ?」


「……いや、やめておきましょう。修羅にも情けがあるのです……」


 何が何やら、という感じだ。だが一番大変だったのは、


「……私達、何しに行ったのかしらね……。あ、ネームが三十冊切れたのは良かったわね」


「まあ、通神帯は凄く盛り上がってるからいいんじゃないかな?」


「何をして御座るかな――!?」


 ともあれ結論は一つだ。向こうで世話子が頭を抱えているのが気になるが、


「アルマダ海戦というか英国、――記録の表層クリア、かな?」


 何で疑問形ですの?

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