第八章 『森の王達』
○
トーリは、薄暗い森の中を歩いていた。
灯りはまだ必要じゃない。だけどすぐに、木々の向こうに散って見える赤紫の光は消える。
そうなるとマズい。

「小等部四年生の冒険にしちゃあ、人狼の森ってのは刺激強えよなあ」
IZUMOにいる曾祖母の見舞いの帰りだ。備前IZUMOに武蔵が長期停泊となったので、遠出とはなるが「行った方がいい」という判断で、姉と二人、勝手に出て来た訳だ。
当然、IZUMOでは祖母にチョイと叱られたが、曾祖母は喜んでくれた。帰りの便なども手配し、武蔵にいる両親に怒らないよう手配もしてくれた。流石だぜ曾婆ちゃん。

「粋だよな!」
だが帰りの途中、六護式仏蘭西とM.H.R.R.旧派? それが軽く戦争おっ始めて、使える道が使えなくなった。だから馬車を降りて、姉ちゃんと地図確認。
使えなくなったルートは、ある森を遠く迂回していたので、その森をショートカットすればいいんじゃね、って話。
森は”人狼の森”。
今はもう、人狼などレアだといわれるけど、うちのクラスに一人いる。俺と同じで、ホライゾンがいなくなってからヘコみ気味の、本当ならビシっとしてるヤツだ。騎士だってな。
だからあまり恐怖心はなかったけど、案の定、道に迷った。というか、マジ迷った。道だと思ってたら獣道だっていう、武蔵でよくそういう本土の話聞いて「そーなのかー」ってアレだ。いやー、そーなんですよー、って遭難と掛けてねえからな、ギャグには厳しくねえと。
だけど困ったことがある。

「おーい、姉ちゃんー?」
姉ちゃんがいねえ。
○
何処行ったんだろうなあ、とは思う。
ああ、でも、姉ちゃん今朝に出立するとき、IZUMO下の町で六護式仏蘭西由来の果物ジュースをガブ飲みして、

「何この味、一字違いでマンゴー!? そうなの!? 濁音表記はこの時代無かったから厳密に歴史再現!? でもジュースって書いてあるのは何故ホワイ!?」
などとやってたから、チョイと花摘みな可能性もある。
しょうがねえなあ。と、辺りを見回していると、

「あら、愚弟、ここにいたのね」
姉ちゃんの声がした。だから振り向くと、

「――愚弟? どうしたの?」
姉ちゃんなんだけど、デカい姉ちゃんがいた。
○
喜美は、小等部四年時代の弟を見た。一見で、確実に解ることがある。

……コレは馬鹿だわ……。
いや、身なりなどちゃんとしているし、表情も確かなんだけど、何か馬鹿の風格がある。これはホント、賢い姉が引っ張ってやらんとな、と、そんな気が、かなりする。
だがまあ、今は戸惑いの時間のようだ。だって当時の愚弟にとっては姉も可愛らしい小等部四年。思い出すに聡明な私であったわね。それが今、こうしてオパイも美貌も賢さもスケールアップした姿で出ようというなら、戸惑って当然。だから説明する。

「いい? 愚弟、アンタの賢姉はピンチな状況か気分で、――大人少女に変身出来るのよ」

「大人少女!? 姉ちゃん、語彙大丈夫かよ!」

「ククク、アンタに合わせてやってんのよ。でもこの大人少女への変身、こういう緑豊かな森とか、そういう清い環境じゃないと出来ないから今夜だけのサービスよ! 解る? グリーンのベリーボインなジャングルじゃないとノット出来ない! 解る!?」

「うわあ! うわあ! 姉ちゃん英国弁ペラペラだ! すげえ!」

「フフ、姉の賢さに恐れ入った?」

「うん! でもマジに姉ちゃんなの!? コレ、何か新しい誘拐の手口とかじゃねえの!?」

「”人狼の森”で待ち構えてる誘拐犯がいると思うの?」

「言われてみるとそうだな!」

「でも愚弟はカワイイから”人狼の森”で待ち構えちゃうわよ――」
と、後ろから軽く抱えて意味なくモッシュすると、えらくウケる。

「うおおお姉ちゃんオッパイ容赦なくデカくなるんだな!」

「フフ、浅間の方がデカくなるし、将来的には揉み放題になるから安心するのよ? あと、ミトツダイラは、そうね、言わない方が良いわね……」

「何か聞いちゃいけねえこと聞いてる?」

『――と言うか何やってんですか喜美!』
●

『あら? こっちの情報、通神でそっちに伝わってるの? やあねえ、千五百一回の実況みたいじゃない』

『そっちの話に振らない……! というかそっち、どうなってるんです?』
ええ、と喜美は応じた。

『今、小等部四年の愚弟と一緒にいるわよ?』
●
浅間は一瞬で血圧が上がったのを悟った。
落ち着きましょう浅間・智。血圧を禊祓。無理か。ちょっと刺激の強いワードが正面から来ただけです。回避不能。しかし、

……小等部四年のトーリ君……!?
危険ワード過ぎる。彼を奉っている弊社つまり東照宮代表としては気になる案件だが、とりあえず、周囲には気付かれてないようだ。だから手招きでミトとホライゾンを呼ぶ。
何が起きているかよく解らないが、やってきた二人に向こうの状況を話す。と、

「……ちょっと。あの、それは……」

「――ですよね!? ね!?」
豊が私やトーリ君達にハシャぐ気が何となく解りました。ホライゾンも静かに頷き、

「頭の悪そうな子供でしょうねえ」

「塩対応有り難う御座います……! というか喜美、今ので笑わない!」
しかし、とホライゾンが手を挙げた。

「ぶっちゃけ、夜の合体ウォーフェアにおいて、……有りなんでしょうか」

「…………」

「時間限定の若返りは、神道として有りです……。術式もあります……」
思わず喉がゴクリと鳴ってしまったが、仕方のないことだと思っておきます。
というか喜美は何してんですかね。
○
喜美は、弟の手を引いて歩いていた。
行き場所は解っている。だからまあ、気楽なものだが、改めて確認。

「帰ったら、皆、心配してるかしらねえ。浅間とか、オロオロしてるかしら」

「うーん、浅間は、でも、俺とか姉ちゃんのいろいろ設定関係とかモニタしてっから、実は解ってるかもしんねえ。あいつ、この前、オッパイ揉んで泣かしてから、そこらへんいろいろ世話ってか、細かくなってさあ」
●

「ほほう、オパイを揉まれてから」

「細かくなりましたのねえ」

「目覚めてしまいましたのねえ」

「いやいやいや! トーリ君がそろそろ十歳ってことで設定関係とか結構変わるんですよ! 神道的に! 喜美だって同じですよ!」

『し~らな~いわ~あ。ククク』
○
それでさあ、と弟が言う。

「俺、自分の夢、あるだろ? 王様になるんだ、って、姉ちゃんと二人で、ホライゾンがいなくなった後で約束した、アレ」

「ええ、あったわねえ。もう一回、されたい?」

「あー、俺が、そういうの諦めそうになったらやってくんね? でもさあ」
でも、

「――ミトツダイラがさ、騎士ですの私、ってビシっとしてたのが、やっぱホライゾンがいなくなってから、おとなしくなっちまってさ。あいつ、ホライゾンが武蔵の姫だと気付いたら、それまで威勢良かったのが、”ホライゾンを守るのが自分の使命だ”みたいになって、俺と張り合ってさ。俺は王様だけど、ほら、イエガラ? そういうのねえから」

「愚弟、あんまし難しいこと考えたらダメよ? 無意味だから」

「姉ちゃんハッキリ言い過ぎだろ! いや、でもなあ」

「なあに?」
うん、と弟が、こちらを見上げた。

「俺と姉ちゃんは、俺が王様になって世界征服ってマジで信じてるけどさ。他の連中、どうなんだろうな、って最近思うんだよ。
点蔵んとこなんか、オヤジ、訓練とかの講師? そういうのやってんじゃん。点蔵とか、ああいう風に言っても、まあ、悪くねえし、俺、何も言えねえし」
言いたいことは、何となく解る。そして、弟が、本当に何を言いたいかも、何となく解っている。だから自分は、当時を思い出す。

……あの頃、愚弟の手を引く私は、周囲が怖くて一杯一杯だったわねえ。
幽霊が苦手な自分としては、夜に向かう森は最悪だ。それが頑張っていけたのは、そういう不安を一切無視出来る弟が近くにいたせいもあろう。
ただ、今は、ちょっと違う。幽霊苦手はそのままだが、経験の分だけ、太く振る舞える。
大人少女なのだ。
ゆえに己は弟に告げた。ちょっとした呼び水として、

「フフ、――仲間、欲しかったりする?」

「ああ、うん。そうな。昔みたいに、何も言わなくても、俺が王様だって言ったら皆がついてくるんじゃないから、だから、俺の方から――」

「王様が迎えに来たら、騎士はビックリして、でも一生ついていくわよ?」

「そうかなあ」

「――そうね。でも、アンタ、もうちょっと王らしくならないとね」

「そうだなあ。俺も大人少年ってか、そこまでなってなくていいか。でも、もしもその時、俺が王様諦めてなかったら、そうするかな。そうしたら――」
そうしたら、

「ミトツダイラ、王を守るのが自分の使命って、格好つけんのかな」
●

「ほほう?」

「……格好付けてるんですねえ……」

「まあ! 使命と言うくらいなら報償はしっかり貰いませんと!」

「いやいやいやいや! 我が王の想像! 想像ですのよ!」
○
喜美は思う。この頃から何も変わっていない、と。
王様なのだ。

……そうなのよねえ。
かつてホライゾンという少女がいた。複雑な環境に育った子で、ギャグに厳しかった。弟なんてコテンパンだ。
だけど彼女は、その環境ゆえ、自分の夢を定かに出来なかった。
だから弟が立った。彼女の夢を叶えられる国を造ると、そんな王様になるとブチ上げたのだ。
皆はついていくと言った。それが小等部一年生。
だけどしばらくして、ホライゾンはいなくなってしまった。
愚弟はヘコんで、私が釣り上げ直して、この時期だ。
弟が王様になろうとした理由は、もう、いない。
そして困ったことに、この頃は、勢いだけじゃ駄目だというのも解ってきている頃で、つまり王様とは、なれる者となれない者が明確に分かれると、そんなことも解って来ている頃だ。
自称王様? それでもいいじゃない、と思うが、それでいいのかなあ、と悩んでしまう時期が、段々と濃くなっていく。
皆、そうなのだ。
だから当然、弟も悩むし、考えるし、ふと、別の事も思う。そして、

……この先ね。
歩いて、見えてきた。
森の中、開けた場所がある。明らかに人工の、手が入った広場だ。柑橘の木が幾つか立っているその奥には、オベリスクが左右に立つ小道があり、更に、

「わあ! すげえ! 御菓子の家だ!」
憶えている通りの場所があった。
○
人狼女王は実家で一息をついていた。本来ならば六護式仏蘭西にある夫の屋敷。つまり自分のいるべき場所で夕食を頂いている頃だろうが、今日は駄目だった。
娘のことだ。

「ふう……」
いろいろ故あって、武蔵へと送り出した彼女が、何故か、武蔵を降りると言い出したのだ。
だから自分は急ぎ、着港した武蔵へと駆けつけ、それを止めた。
何故かと聞けば、娘は泣きながら言うのだ。

「騎士として、守る者がいなくなりましたの……!」
解ってはいた。
親元を離れて、しかし寂しくないと強がった娘は、自分が騎士あることをよりどころとして、友人達との関係を作って行ったのだろう。だが、娘が”守る者”として頼った武蔵の姫は、二年ほど前に事故でいなくなった。
二年間、自分のあり方についていろいろ考え、堪えられなくなったというのが、実情だ。
だが、認める訳にはいかなかった。
六護式仏蘭西として、派遣された騎士が、彼女なのだ。個人の思いだけで国の為すべきをやめる事は出来ない。
人狼家系は滅びつつあり、子は貴重。溺愛という風に可愛がってきた娘に、初めて手を挙げた。
娘は驚き、泣いて、逆らった。これは嘘だと、そういう思いを全身で示すように暴れた。だけどこちらの力に敵う筈もない。泣いて、疲れて、気を失ったところで、武蔵側の人員に確保して貰った。

……私も、疲れましたわね……。
娘の言いたいことも思いも解るが、”これ”は彼女に届かなかったろう。
裏切ったと、変わったと、嫌われたと、そう思われていると、確信出来る。だから、

「……うちの人の処には、戻れませんわね」
夫はいい人だ。だからこちらと、子のことを考えて、フォローしてくれるだろう。だけど、それは優しく有り難い一方で、受け容れては駄目だ。
受け容れては、今日あったことが”本当”になってしまう。
だから落ち着いて、何時かどうにか出来ればいいと、そんな余地がある程度になってから帰ろうと、そう思ったのだ。だが、

「ハアイ! 御菓子の家の主人さん!? ちょっと道に迷った子供がいるんだけど、夕食と寝床を一丁頼めるかしら!?」
どういう来客ですの?
○
人狼女王は、人狼種族のトップだ。女王として、狩るべき相手は、森が供物として寄越すものか、敵として刃向かってきた者達に限る。それがプライドだ。
だから女子供。特に、道に迷ってきた子供を取って食う事はないし、寧ろそういった存在を森の王という面から、保護するのが役だ。

……しかしまあ、元気な子がきましたわねえ。
姉弟だ。姉の方が年長なようだが、弟の方によれば、

「姉ちゃんは大人少女に変身してるんだよ! スゲエんだぜ!」
とのことで、正直よく解らん。
どうも、IZUMOからの帰りらしい。何処に行くのか、など、姉の方が丁寧に隠しているのは、こっちを警戒しているからだろう。悪くないセンスですわね、と思う。ベタに甘えられるのもいいけれど、距離感もっていられるのも、それはそれで無責任に甘やかせるということなので有り難い。
だからいろいろと料理を出した。夫からの直伝となるフルーツソースの肉料理などは姉にもウケが良くてちょっと鼻が高くもなりますの。
そして寝る時間になって、ベッドの上、三人で川の字になる。
○
人狼女王は、久し振りに”子供”と共に寝た。

……何だか懐かしいですわねえ。
中央に弟を置き、時間は十一時を過ぎた。だがお互いの話は止まらず、ただただよく喋る少年に、ずっと昔の自分の子を思い出した。もう、ああいう時間は無いのかもしれないと、そう思うと気が重くなるが、ふと、言葉を交わす中、気まずい流れを作ってしまった。
騎士道の話がウケるので、夫の失敗談などを教えていた時だ。
つい、弟の方に聞いてしまったのだ。

「ふふ、元気ですわね。……そんなに元気を余らせて、将来、どうしますの? 騎士道の話が好きと言うことは、興味でもありますの?」
ちょっと、未来の話を聞きたかった。娘の未来を潰してしまった感覚が、記憶どころではなく全身に残っているからだろう。
だが彼が告げた言葉は、意外なものだった。

「将来、やることがあるから、王様になるんだ」

「――――」
娘が、騎士として自分を作りかけ、それだからこそこちらと敵対してしまった。そんなときに、現実じみていない、だけど騎士を従える身分の呼び名が来るとは思っていなかった。
○
いけませんわね、と人狼女王は思った。
だが、彼は、少し元気を無くした顔で、こうも言った。

「仲間になってくれそうなのいるんだけど、何か、皆、変わってきちまってさ。……駄目なのかなあ」
ああ。ああ、そうですわよね、というのが感想だった。安堵と言ってもいい。
自分が何か言うよりも、この子は現実に気付いている。自分の娘はどうだろうか。今日のことで、騎士として過ごしていくよりも、別の道を見つけて行くだろうか。
どうだろうか。
自分が今日やったことは、正しかったと、そう思いたい。それゆえ、自分は、つい口を開いていた。何となく元気のない彼に対し、

「いいですの?」
○
喜美は、人狼女王の表情が泣きそうなものになっていると、そう感じた。

……何故かしらね。
何となくは解っている。この時期あったことを思い出すと、符号のように重なるものがあるのだ。
そして彼女が言う。

「貴方が周囲の人々に気付いていることは、それこそ正しくなっていきますの」

「やっぱ、そうなのかなあ」
ええ、と人狼女王が弟に対して頷いた。
諭す。そんな口調で、優しく言う。解ってくれと、伝わってくれと、そんな思いを重ねて、

「そういう馬鹿げたことは、大人になるに連れ、皆、やめていくものなのですよ」
○
言って、人狼女王は気付いた。

……あ。
失敗だったと思う。メゲてる少年に対して、そんなことはないと、認めてあげるのが大人だろうに。
何故か、今日のことを思い出して、娘に対する己の態度を肯定したくて、この少年に当たってしまった。
まるで、夢を抱えている子供に、現実を見ろと、”殺す”ような物言いだった。
少年は何か言いたそうにしていた。
しまった、と思った時に、彼が言った。それは眉尻を下げた笑みで、

「まあ、俺は、一人でもやっからさ」
それだけだ。そして彼が黙ってしまい、

「――――」
自分は思った。娘に対してやったようなことを、今、この子にもしてしまった、と。
どうしようかと、そう思う。相手は子供だ。騙したり誤魔化す訳ではないが、御菓子の家らしく、深夜の御菓子パーティをやって、フォローとすべきだろうか。
瞬間。不意に声が聞こえた。

「フフ、ねえ、貴女」
姉の方が、こう言ったのだ。

「もしもうちの愚弟が王様になったら、――守ってくれる騎士が必要なの」
だからね?

「貴女、そういう騎士に、心当たりあるかしら? ええ、大丈夫よ。その騎士は頑張るから、王としての愚弟が失われることがない。――挫けても否定されても、立ち上がってくるような、そんな騎士、貴女に心当たり、あるかしら?」
○
人狼女王は思った。今日、打った自分の子が、己に対して、どのような思いを抱こうとも。そしてこちらの手を離れ、勝手に生きていくとしても、

「――貴方が王になろうとして、私のような意地悪な大人の手をかいくぐり、そしてその通りになるなら、絶対に推せる騎士が一人いますわ。だって、そのような王がいると知れば、必ず守る価値があると、そう思える騎士を、私、一人知ってますの」
じゃあ、決まりだ。
きっとうちの子は、この王に見つけられるし、見つけるだろう。そんな確信を、どう表現すべきか。

「夢、ですわね」
だから、と己はベッドから身を起こした。笑みなのに落ちる涙を拭って、安堵し、

「――お祝いしないと駄目ですわね。御菓子の家、王様の始まりと、いずれ拾われる、野良の騎士、その二人の御祝いを」
●

『品川解放……!? 喜美! 何やったんですか!』
浅間の声に、自分は、艦内の莫大な倉庫区画を昇っていく流体光を見上げた。
懐かしい。
あの頃、愚弟と人狼女王のこの遣り取りを、自分は、寝た振りで聞いていた。
そして人狼女王の言うことにも、一理あると、そう思ったのだ。
でも弟は、思った以上に馬鹿だった。あれから御菓子の家を出て、御土産に持たされたウエハースをかじりながら、こう言ったのだ。

「姉ちゃん、俺、負けねえから! 俺がメゲたら、応援してくれよ!」
笑っていた。昨夜で何か吹っ切れたのだろう。

「王様になって、騎士捕まえたら、またここに来ような! ――俺、一人じゃなかったぜ、って、祝って貰うんだ!」
全く。ホントに頭が悪い。
姉がいるから絶対に二人なのに、ひょっとしてホントに一心同体なのかしら。まあ、同じ素材から出来てる姉と弟ではあるけれど、でも、

「この記録は、浅間にも教えられないわね」
既に記録は”つながった”のだ。だからこれは秘め事。憶えている者が、ひょっとして、と思うことが出来る程度の隠された過去でいい。でも、

「――気付かない間に、何度か祝っちゃってるわよね。私達」
私達らしい、と、つくづく思う。



