2.繰り返し触れられる過去 ⑦

「その代わり、彼らはほとんど歴史の表に現れません。生来の素質も必要ですし、精霊術士って純潔が条件なんです。純潔でなくなればその力は失われます。なので少人数で固まって、あまり外部の人間と関わらないで生きてるみたいですね。テミスはその精霊魔法を解析しようとする試みもしていたようです。彼が入れていた紋様も精霊魔法のものですよ」

「あーあれか。研究熱心だったんだな」


 アルスは腕一面に彫られていた黒い紋様を思い出す。そうしているうちに城門はすぐそこだ。


「まあ明日、殿下のところに報告に行ってみるか。お知恵を拝借しよう」


 アルスの言葉に応えて、その晩三人は解散した。



 執務室にお茶のよい香りが漂う。それを淹れたのは、王太子の守護者である魔女だ。ティナーシャは執務机にカップを置くとぼやいた。


「塔を下りてすぐに殺人容疑ですか……本当地上にいるとろくなことがないっていうか……」

「やってないんだから胸張ってればいい。誰かが何か言ってきたら俺が対処する」

「それ、貴方への風評被害が発生しますよ」


 いくら王太子と言っても、無理を通せば反動は生じる。それよりは関係者全員の記憶を弄った方がマシだろうか、とティナーシャは悩んだ。一方の契約者は、祝祭の事後処理が山積みらしく、事件とは無関係の執務に忙しいようだ。魔女は茶器を片付けると、何もない空中で足を組んだ。


「とにかく、自分のことは自分で何とかしますので、何だったら私が片付けますよ」

「お前に任せると無茶苦茶しそうなんだが。全員の記憶を弄るとか」

「心を読むな!」

「本当にそんなことができるのか……」


 オスカーが呆れ顔になったが、さすがにそれは最後の手段だ。答えない魔女に彼は苦笑した。


「とりあえずこっちが何とかするから待ってろ。契約者としてそれくらい責任は果たさないとな」

「責任って。どうせ一年しかいない城なんですから、このまま悪評が立っても気にしませんよ」

「そうは言っても、お前は将来の王妃だぞ」

「ならないよ! 勝手な未来を作るなよ!」


 心の限り否定すると、オスカーは楽しそうに笑い出す。そんな契約者に魔女は白眼を向けた。


「大体それ、どこまで本気なんですか。冗談で絡んでくるなら疲れるからやめてください」

「全部本気だから安心しろ。魔女って言う割にまともだし一生退屈しなそうだ。ちょうどいい」

「そんな理由で……」


 恋情や崇拝の目を向けられても困るが、「面白そうだから」で求婚されても迷惑度は変わらない。むしろ拒否の言葉がこたえない分たちが悪い。頭を抱える彼女に、オスカーはペン先を向けた。


「それより、お前は見当がついてないのか、例の犯人」

「んー……引っかかるところはいくつか。でも確証もないですし、私が出張ったら不審ですからね」


 どちらかと言うと、今気になっているのは雑踏でかけられた忠告の方だ。もしあの男が事件に関わっているなら、既に城都を逃げ出してしまったかもしれない。追跡をかけておけばよかったとティナーシャは後悔する。

 そんな彼女の内心を見透かしているように、オスカーは微笑した。


「まあ、任せとけ。何とかできそうなめんに任せてあるから」

「武官に謎解きをさせる貴方がひどいです」


 彼女の声が聞こえたのかどうか、ちょうど執務室の扉が叩かれる。二人は顔を見合わせると、ティナーシャが右手を払った。たちまちその姿が見えなくなる。煩わしい詮索を嫌って、不可視の魔法をかけたのだろう。一瞬のことにオスカーは感心した。

 入室してきたアルスは、執務机の前に立つと調査の概要報告を始める。その一通りを聞いたオスカーは、臣下にからかうような笑みを向けた。


「犯人が分かったのか?」

「やり方はおそらく。犯人の方はさっぱりです」


 あっさりとした返事に、オスカーはかえって機嫌よく笑う。


「じゃあそのやり方を聞かせてもらおうか。ああ、全員集めた上でだ。皆の反応が見たい」

「かしこまりました」


 アルスが退出すると、オスカーは無人の部屋に声をかけた。


「だそうだ。お前も来るといい。ティナーシャ」


 返事はなかったが、すぐ傍で溜息をつく気配がしてオスカーは可笑しそうに笑った。



 関係者が集められたのは、魔法実習用の演習室だ。

 部屋には被害者と親交があった、もしくは間接的にでも関係がありそうな人間が集められた。

 とは言え、テミスに血の繫がった親類はいない。城の者以外で関係者は彼の恋人だけだ。

 部屋の一番奥にはオスカーが座り、他の者も円状に座す。ティナーシャは輪の外、オスカーの背後で壁に寄りかかるように立ち、その向かい側にはテミスの恋人であったフューラが座った。

 場を取りしきるオスカーは、一同を見回す。


「さてじゃあ、皆揃ったようだ。アルス将軍の調査、推論を聞いてもらおう」


 オスカーはそれだけ言うと、左に控えるアルスに場を譲った。アルスは一歩円の内側に入る。


「まず、当日起こったことを確認します。テミスは濠に光球を作成した後、ティナーシャ嬢と会話をしています。その後しばらくして、ティナーシャ嬢の担当区域で子供が溺れる騒ぎがありました。その際、彼も目撃されています。したのは主に俺ですが。少し離れたところから手を挙げて挨拶する魔法士を確かに見ました」


 彼は自ら右手を挙げて、その時の様子を再現した。


「その後、そちらの彼女……フューラ嬢が訪ねてきて、テミスがいないことに気づきます。彼女は周りの魔法士に彼について尋ね、皆が彼の不在に気づいた時ちょうど光球が消滅。その後の捜索でテミスの遺体が発見されました。結果として、光球が消えた後から遺体が発見されるまでの約三十分間のどこかで殺害された、という話になったわけです。で、その時不在だったティナーシャ嬢に疑いがかかった。けど、たった三十分で人を殺して遺体を焼くのは、本当に可能なことだったのか」


 アルスはカーヴに目配せをする。それを受けてカーヴは隣室に出て行った。


「だから俺は今日、テミスの担当していた濠の区域に潜りました。まさか、二日続けて濠に潜ることになるとは思ってもみませんでしたが……そこで、あれを見つけたわけです」


 カーヴが部屋に戻ってくる。彼が手に提げているのは、何の変哲もないランプだ。ただ一つ、変わっているのは、それが大きな硝子球の中に封じこめられているということだ。


「これと同じものが等間隔で六つくらい底に沈んでました。魔法には硝子操作の構成があるらしいんで、そうやって作ったんでしょう。もちろん硝子球は密封されてるんで、中には水は当然火種も入りません。けど魔法でなら外から火をつけることはできるはずです。そうですね、クム師」

「……ああ」

「中の空気量やろうからいって、ある程度の時間が経てば火は自然に消えます。テミスの光球が一度消えて再点灯したという情報はありませんし、最初から彼の光球はこの硝子球だったのでしょう。彼はティナーシャ嬢に『しばらくはこの辺りにいるから』と言ったそうですよ。本来ずっとそこにいるはずの彼は、しばらくしたらその場を離れるつもりだった。光を魔法で維持していないのは、ティナーシャ嬢ではなくテミスの方だったんです」


 参加者の、声にならない息が場の空気を揺らした。オスカーは足を組んで、さりげなく聞きながらも全員の反応を観察している。ティナーシャは目を閉じてただ話を聞いていた。


「これによって、光がついていても、テミスがその場に生存しているわけではないということになりました。では殺害が行われたのはいつなのか……。ここで俺はある推論をお話ししたい」


 アルスは一度目を閉じ、考えをまとめると話し始める。


「犯人はおそらくテミスとあらかじめ約束していたんでしょう。前もってランプを二人で用意し沈めておいた。そしてテミスはそれに火をつけ偽装した後、犯人に会うためにその場を離れました。その後、路地裏で毒殺されたわけです。──彼が殺された時、ろうそくの光が消えるまではまだ余裕がありました。でもそこで予想外のことが起こった……子供が溺れる騒ぎがあったんです」


 彼はメレディナを見た。彼女はきょとんとした目で彼を見返してくる。

刊行シリーズ

Unnamed Memory -after the end-VIの書影
Unnamed Memory -after the end-Vの書影
Unnamed Memory -after the end-Extra Fal-reisiaの書影
Unnamed Memory -after the end-IVの書影
Unnamed Memory -after the end-IIIの書影
Unnamed Memory -after the end-IIの書影
Unnamed Memory -after the end-Iの書影
Unnamed Memory VI 名も無き物語に終焉をの書影
Unnamed Memory V 祈りへと至る沈黙の書影
Unnamed Memory IV 白紙よりもう一度の書影
Unnamed Memory III 永遠を誓いし果ての書影
Unnamed Memory II 玉座に無き女王の書影
Unnamed Memory I 青き月の魔女と呪われし王の書影