■第四話 最強の精霊とその力 ①

みず家・居間


 帰り道のことは……正直ぶっちゃけ、あんまり覚えていない。何せここまでの道中があまりにもハード過ぎたからな。

 裏ボスのダンジョン攻略タイムアタックに始まり、『レーヴァテイン』の入手、それから巨大鶏ヴィゾフニルとの戦いを経て、ようやくヒミングレーヴァとの謁見にけたかと思ったら、その後に待っていたのは己の人生をかけた一発限りの大交渉。

 ……いや、もうね。幾らなんでも盛り過ぎでしょうよ。我が事ながら無事に帰ってこれた強運にビックリだよ。ていうかさ、よくよく考えてみればこの初期配置って大分おかしくない? ダンマギのゲーム知識を持ってる俺が、裏ボスと唯一正式にコンタクトを取ることが出来る一族のまつえいに憑依するとか、大分「やってる」寄りだぜ? 不遇職や雑魚キャラが実は滅茶苦茶強かったって展開は、そりゃあこの手の話のお約束事ではあるけれど、いざ自分がそういう立場になってみると、なんだろう、純粋な嬉しさよりも、不気味さや違和感の方が大きいというか、兎に角すっげぇモヤモヤするんだわ。

 果たしてこれは本当に偶然なのだろうか? あるいはやっぱり誰かが仕組んだことなのだろうか? だとすれば一体誰がこんなことを?

 分からない。何一つとして分からない。そして分からないからこそ気味が悪い。

 俺は一体、どうしてここに……?


「あの、キョウ君」

「あっハイッ、何でしょうか」


 我に返り、辺りを見渡すとそこは愛すべき我が家の居間だった。漆塗りの机の上にはお茶と華やかな色の茶菓子。隣にはヒミングレーヴァが座っていて、正面には我が麗しの姉、みずふみが小首をかしげている。穏やかな昼下がりの一時。そうだ、俺はちゃんとここに帰ってこれたんだ。


「ごめん、姉さん。ちょっとばかしほうけてた。……えーっと、それでどこまで話したっけ?」

「この子が誰なのかもまだ……」


 言って、俺の隣にちょこんと座る白髪の美少女を不思議そうに眺める姉さん。



 なんて可愛いのだろうか。所作の一つ一つがツボすぎる。どうか末永く幸せに生きて欲しい。ていうか、オレが絶対にそうする。


「こちらは、ヒミングレーヴァ・アルビオンさん。信じてもらえないかもしれないけど、ウチが祭っている神社の神様的立場の方っていうことで良いのかな……?」

「問題ありません。アルとお呼び下さいまし」


 澄ました顔で頷くヒミングレーヴァ。

 神社を出た辺りから武装を解き、ついでにあのダサ────個性的な喋り方をめた今の彼女は、さながら深窓の令嬢といった出で立ち。

 代わりに纏っている白のブラウスが大変爽やかでよろしい。

 しかし当然というか、この電波な他己紹介は、姉さんに受け入れてもらえなかった。


「もうっ、なんですかそのよく分からない噓は。どうして素直に彼女さんだって紹介できないんですか?」

「いや、違うんだ姉さん。アルは〝彼女〟なんていう非科学的かつ非現実的な存在じゃなくって、本当にれっきとした神様なんだよ」

「どっちが、非現実的ですか!」


 ぷんすこと頰を膨らませて怒る姉さんに、そりゃあ後者だろうと常識を語りたくなるが、どちらも非現実極まりない存在であることに変わりはないので俺は流すことにした。

 しかし、案の定というか信じてくれないな姉さん。

 いや、この人は神ですというごとを疑いもなく信じてしまう方が問題ではあるけれども。

 俺は隣に座る裏ボス様を見やる。


「マスター、少しお耳を」

「ん? あぁ、どうした?」


 彼女の提案に乗り、左耳を最強精霊のくちもとへと寄せる。


「このままではらちが明きません。私が適当に話を作るのでマスターはそれに合わせて下さい」

「わ、分かった。すまんなヒミングレーヴァ」

「アルとお呼び下さいまし」


 そこで視線を再び姉さんの方に戻すと、天使がちょっとばかし面白くなさそうな顔でむくれていた。


「何を二人でこそこそと話しているんですか。ナイショ話ならお姉ちゃんも仲間に入れて下さい。置いてけぼりは、さみしいです」

「これは失礼致しました、姉上様。されど、ご心配なさらず。彼と私は、姉上様の危惧するような関係ではございません」

「では、どのような関係だと?」

「そうですね。端的に申し上げるならば」


 そこでヒミングレーヴァ────アルは、その美しい唇を流麗に動かしながら。



「彼は、記憶喪失の私に生きる希望を与えて下さった命の恩人です」



 そんなことをほざいたのだった。


「!? キョウ君、それは本当ですか!?」

「え……? あ、ウン。ソウダネ」

「出会いは神社の境内でした。どうしてここにいるかも分からない。自分の名前すらも分からない。そんな私を偶然居合わせた彼が救って下さったのです。それから────」


 それから語られたのは古今東西あらゆる感動系恋愛シミュレーションの冒頭を詰め合わせたようなうそはっぴゃくの数々であった。

 記憶のない少女、桜舞う神社で出会った優しい青年。おなかの空いた少女に菓子パンを恵み、なんかそれっぽい抽象的なポエムを語る青年であったが、これまたどこからか現れた心ないチンピラに囲まれてあわやピンチ! そんな彼を助ける為に少女は己の秘めたる力を覚醒させて────みたいな感じの似非えせハートフルボーイミーツガール物語は、大体小一時間ほどかな、それくらい続いたんだ。

 そしたら姉さんまさかの大号泣。瞳と鼻から宝石のような涙を流しながら、ハンカチとティッシュでお顔をフキフキ状態ですよ、えぇ。


「うっ、ぐすっ。そんな、そんな壮絶なドラマがあっただなんて!」

「そっソウナンダヨ。だから姉さん、良かったらこのアルを────」

「みなまで言わなくても大丈夫ですキョウ君! この子は、この子はウチで引き取りましょう!」


 力強い口調で断言する姉さん。

 こちらとしてはありがたい限りなのだが人が良すぎて心配になる。


「ご心配なさらず、マスター」


 俺の表情から何かを感じ取ったのかアルは、俺の耳元に向かって小さくささやきかけた。


「姉上が都合良く納得されたのは『みず』の血筋故のこと。太古の契約より私と彼らの関係は祭られる者と祭る者。私の言葉は彼らにとって神の一言に他なりません」

「つまり?」

「私のお願いは何でも聞くし、何でも信じます」

「怖!?」


 とんでもない事実の発覚に俺は軽いまいを覚えた。

 もしかして俺は、この世に放ってはならない類の邪神を野に放ってしまったのでは?


「ご安心下さいまし。私はこの家をどうこうする気などじんもありません。マスターが約束さえ守って下されば、私は忠実な従者として振る舞いましょう」


 それは裏を返せば約束を守らなければ家族がどうなっても知らんぞという意味にも捉えられるのだが……まぁいい。

 ひとまずその件をスルーすることにした俺は「家族が増える」と大はしゃぎな姉さんに向き直り、言った。


「でさ、姉さん。実はアルには不思議な力があるんだ」

「先程の話の中で出てきた悪いチンピラさん達を撃退した力のことですね」

「あ、ウンソウダネ。その力の亜種みたいなものだよ」


 俺は先程のアルの与太話に乗っかる形で本題に切り込む。


「どうやらアルには人の傷や病を癒す能力があるみたいなんだよ。さっきの話でチンピラ達と派手にやりあったって言っただろ。にも関わらず、俺がこうして無傷なのは、アルが癒しの力で治してくれたお陰なんだ」


 実際に戦ったのはチンピラなんて可愛らしいものではなかったのだが、そこはひとまず置いておく。ここは大人しくアルの出まかせに乗っかるのが、一番丸く収まるのだ。余計な心配をかけたくないしね。


「で、提案なんだけどさ、最近の姉さん少し風邪気味というか、体調を崩すことが多いでしょ? だからもし良ければなんだけど、一回アルに診てもらおうよ」

「それは願ってもないことですが……」


 姉さんは疑うこともなく信じてくれた。流石は異世界ダンマギワールド。異能力への適応というか受容がとてつもなく早い。


「(────アル)」

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チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
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