■第四話 最強の精霊とその力 ②

 視線でアルに合図を送る。

 いつの間にやら、机の上にあった茶菓子を全て平らげていた裏ボス様はそのまま食後の運動とばかりに姉さんの傍へと近寄り


「少しまぶしいかもしれません。目をつぶっていて下さい」

「は、はい」


 そのまま素直に目を閉じる姉さんの額に手を当てる。

 変化は、ゆっくりと起こった。アルの掌から降り注ぐ淡く白い光。それは凄烈な輝きでこそなかったものの、一般人目線で言えば十二分に眩しくて、そして温かかった。

 扇状にまたたくボール大の白光が、優しく姉さんを照らす。


「(頼む、どうかうまく行ってくれ)」


 俺はその光景を眺めながら、ただひたすらに願い続けた。

 姉さん、姉さん、姉さん、姉さん。オレの、たった一人の、家族。彼女を助けたい。昔みたいに元気になって欲しい。姉さんさえ無事でいてくれるのならば、オレはなんだって差し出すから。



「(だから神様、お願いします。オレの家族を助けて下さい)」



 そうして約一分後、アルの手から放たれていた光は、徐々に明るさを失っていき、最後には煙のように消失したのである。


「姉さん!? 大丈夫?」


 俺は心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら、姉さんの容態を確認する。


「噓……」


 姉さんは大きな瞳を更に見開きながら、その美しいウィスパーボイスを震わせた。


「息苦しくないです……。身体もすごく軽い……。あぁ……空気がとっても美味しいです」


 その時湧き上がった歓喜の感情をどう表現すれば良いだろうか。

 成功したあかしを示すかのように親指をサムズアップするアルと、今まで見たこともないほど穏やかにほほむ姉さん。

 あぁ、あぁ、やったのだ。

 思わず熱くなった目頭を押さえながら術の成功を確信する。

 俺達に降りかかる死の運命。

 そのクソッタレな悪魔の筋書きに一矢報いることが出来たんだ。



 その日、みず家では小さなうたげが行われた。

 姉さんの快復と、アルが家の住人になった記念にと開かれたそのパーティーは、半ば二人の大食い大会になっていた気もするが、まぁ楽しく出来たと思う。

 しかし姉さん、よく食べてたなぁ。

 昨日も普通におかわりとかしてたけど、あれは呪いに蝕まれていたせいで本調子ではなかったんだなと思い知らされたよ、全く。

 まぁ、それに劣らず


「お前もよく食べるよな」


 隣で風呂上がりのアイスにいそしむ裏ボス様は、相変わらずの仏頂面で


「精霊と人間ではそもそも規格が違います。貴方達のはんちゅうで推し量ることはナンセンスです」


 それに、と入浴の影響でほんのりと上気した顔でアルは言う。


ささげものはしっかりと頂くというのが、祭られる者の礼儀というものでしょう」

「本当かぁ?」


 単に食い意地が張ってるだけのようにしか見えなかったのだが。


「この私の言葉を疑うとは。マスターはみずの者の癖に生意気ですね」

「中身はみずさん家の子じゃないからな。いや、感謝はしてるし、尊敬もしてるんだが」


 今の姿こそ威厳の欠片かけらもないが、アルが姉さんの命を救ってくれたことに変わりはない。


「改めて本当にありがとうな、アル。今度は俺が約束を果たす番だよな」

「そのことについてなのですが」


 と、食べ終わったバニラアイスのカップを横に置き、視線を俺へと移すアル。


「差し迫って一つ大きな問題があります」


 穏やかじゃない物言いに若干戸惑いながらも、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「聞かせてくれ。何が問題なんだ?」


 アルは「えぇ」と小さく首肯すると


「マスターの実力がへっぽこ過ぎます」


 そんな酷いことを平然と言ってのけた。

 パキンッと心の中の何かが音を立てて崩れていく感覚。

 だがしかし、それはぐうの音も出ない正論だった。

 素体がきょういちろうな上に根っこは精霊もダンジョンも存在しない平和な世界で暮らしていた一般人なのだ。こんなもん、へっぽこに決まってる。むしろへっぽこじゃないきょういちろうとか、最早それは解釈違いの領域だぞ。


「もっともな意見だが、そこはほら、別の優秀な奴と契約を結び直して俺は協力者ポジとして手伝えば良いんじゃないか」


 その為の暫定契約という形なんだし、と続けようとした反論は、白い少女の首振りでかき消されてしまった。


「それでは契約違反となります。私は貴方達『姉弟』に降りかかる死の運命を回避することを条件にマスターと契約を結びました。しかし現状、私はみずふみみずきょういちろうの双方を救っておりません」

「ん?」


 ニュアンスによる問題か、もしくは聞き間違いか。どうもアルの説明が理解できない。


「あのさ、ヒミングレーヴァ。そこは双方を救って『は』おりませんだろ。お前の言い方だとまるで姉さんも救ってないみたいな意味になるぞ」

「そうですよ。私に課せられた契約義務は、いまだ貴方達姉弟二人に対して有効です。後アルとお呼び下さいまし」


 いやいや、と俺はアルの弁を否定する。


「姉さんは、さっきお前の力で元気になっただろ?」


 今現在、一人楽しく入浴中な我が姉の様子を思い出す。

 肌のつや、動きの機敏さ、食欲や顔色に咳の有無。素人目でも分かるくらい、姉さんの様子は見違えて快復していた。

 それは絶対に間違いない。……間違いないはずなのだ。


「はい。姉上様にかけられた呪術現象はめました」

「そうだろ! だったら……」

「停めただけです」

「……っ」


 それが良くない意味をはらんでいる言葉だということは、すぐに理解できた。


「この世界の理に精通しているマスターならばご存知かとは思われますが、私の能力特性は『時間操作』と『因果律の改変』です」


 開示される裏ボスの能力。『時間操作』と『因果律の改変』、どちらもあり得ないほどに強力な力だ。まさに最強の精霊が統べるに相応ふさわしい能力だと言えるだろう。だから


「お前の力なら、時を〝戻して〟全部無かったことに出来るんじゃないのか」


 それを期待していた。だからあんな冒険無茶をやってのけたんだ。なのに


「答えはイエスでもあり、ノーでもあります」


 アルは言った。精霊ヒミングレーヴァ・アルビオン本来の力を以てすれば時間遡行も因果律の改変も容易であると。

 しかし今の自分には、みずきょういちろうと契約を結んだ精霊アルには、そこまでの能力を行使する権限がないと────そんなことを、今更ながらに告げたのである。


「この問題は、マスターの実力がへっぽこであることに起因しています」


 耳から脳へと流れゆく情報を精査していき、そこから努めて悲壮感を切除カットする。そうして強がりだらけの気持ちで思考した果てに見えてきたのは、とあるゲームシステムの存在だった。


精霊アストラルレベル……」


 俺の回答にアルは首を振ることで肯定の意を示す。

 精霊アストラルレベル。それはダンマギにおける成長要素の総称だ。


『精霊大戦ダンジョンマギア』というタイトル名が示す通り、ダンマギの戦いの主役は精霊である。

 精霊。太古の昔から存在する上位次元の知性体であり、数多の神話や伝説で名をせた超越的存在の正体にして本質。

 彼らの力を借りながら異世界の回廊であるダンジョンを探索し、それぞれの目的を果たしていく────というのが我らがダンマギシリーズの基本にして絶対的なフォーマットなのだが、実はこの『精霊かれらの力を借りながら』という部分が、キャラクターの育成部分にも大きな影響を及ぼしているのだ。

 それが精霊アストラルレベル。契約した精霊を成長させることでキャラクターを強化していく本作独自の成長システムである。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影