■第四話 最強の精霊とその力 ③

 これはRPGなどでよく見られる『スキルボードシステム』を基盤にしたもので、簡単に言うと①契約した精霊をレベルアップさせることでポイントを獲得し、②そのポイントを割り振ることでステータスの補正や専用スキルといった精霊の恩恵を得る、という仕様になっている。

 だから当然アルと契約したばかりでいわゆる初期状態な俺は……


「ほぼ私の力を使えないということになります」

「……そうなるよなぁ」


 苦い溜息を漏らしながら、俺は膝をついた。

 あの時、アルは時間を戻さなかったのではない。戻せなかったのだ。


「『時間停止』を行えたのは、恩恵を与える精霊側だから解放状態のスキルを使うことが出来たって理屈でいいのか?」

「はい。解放領域にある機能に関しましては、問題なく扱うことが可能です」


 関係性的にはアルが八百屋で俺が客だと思ってくれればいい。店先には『時間停止』という名の林檎スキルが既に並べられていて、お金ポイントさえ払えばそれを自分のものに出来る。んで、俺がアルにポイントを払えば払うほど、店が繁盛していき、アルは新しい恩恵しょうひんを仕入れられるようになるって寸法さ。

 そして当然ながら店主アルは店の品物を自由に扱う権利がある。だからあの時、彼女は姉さんの呪いを『時間停止』スキルで停めることが出来たのだ。

 しかしそれらは所詮、最下層。基礎的な力の発露に過ぎない。

 彼女の持つ本来の力は、もっと「何でもアリ」なのだ。


「『戻す』スキルのような応用的な機能を解放する為には相当数の経験値リソースが必要となるでしょう」

「成る程な」


 首を動かしながら、まずいことになったなと歯嚙みする。

 要するに彼女がこの世界に及ぼせる影響は、俺の精霊アストラルレベルに依存したものになっているということだ。

 だから裏ボス様があの時の姉さんに及ぼせた措置は、最低レベルの『時間停止』のみ。

 それだって十分破格でチートなのだが、彼女の言うようにそれは停めただけに過ぎない。

 よって姉さんを蝕む呪いは、未だ体内に残ったまま。


「加えて三次元上の干渉は、私が契約者と接続している間のみ効力を発揮します」

「ということはまさか」

「へっぽこなマスターがどこかで野たれ死んだ場合、姉上様の呪いは再び彼女を蝕むということです」


 首筋に流れる嫌な汗。姉さんは元気になった。けれど、俺次第でまたあの忌々しい呪いがよみがえる?

 冗談じゃない。そんなのご免だ。真っ平だ。

 じゃあ、どうする? 主人公に近づかず大人しくして死なないようにやり過ごすか? ────いや、それは無理ダメだ。

 きょういちろうが主人公達を襲った動機は間違いなく姉さんだろうが、実行に移してしまった要因は

 ゲームの中に出てきたソレは、運命なんて曖昧な言葉で片付けられるものじゃなかった。

 ソレはもっと具体的で、ルールがあり、実害と悪意をともなう現象。

 無印の元凶とも呼ばれる〝その現象〟がまんえんした時、俺は必ず侵され、望まぬ凶行へと走るだろう。

 そうなれば俺とアルの契約は切れ、姉さんの呪いは再発する。

 およそ考えられる限り最悪の結末だ。

 しかもタチが悪いことに、そいつは俺が何もしない平穏な生活を選んだ先で待っている。

 だから現状維持ではダメなんだ。

 姉さんの死は、根本の原因を取り除かない限り覆らない。

 思い出す。あのヴィゾフニルを相手に一度は逃げ出そうと考えてしまった心の弱さを。

 思い出す。未来の凶一郎オレが、何も出来ずに退場したその哀れな結末を。

 全ては俺が弱いから。

 弱いままでは誰も救えないし、俺自身も救えない。

 弱さが罪なんて冷淡な意見に賛同するわけではないけれど、少なくとも俺の弱さは家族を殺し、裏ボスの契約を踏みにじる程度には度し難いものであると自覚している。

 弱いから、弱いから、弱いから────。

 ならば弱い俺は、どうすれば良い?


「〝時間を戻す術〟を取り戻すまでにかかる費用リソースは?」

「概算で亜神級上位ハイデミス以上の個体を七体ほど」


 思わず意識が飛びそうになる。亜神級上位ハイデミス七体って。デカいダンジョンの大ボスや、グランドルートの中ボスレベルの難敵を、七体も倒さにゃならんということですか……。


「いや、無理だって。流石にハードルが高すぎる」

「でしょうね、私もそう思います」


 息を吐く。それは一つのプランの終わりを告げる幕引きの嘆息だった。アルに時間を戻してもらう作戦は、最早使えない。方法アプローチを変える必要がある。


「……時間を巻き戻すんじゃなくて、正攻法で治す方向でいこう。ほら、この世界にはどんな傷や病も立ちどころに治療できるアイテムがあるだろ? 万能快癒薬エリクサーとか、願望器グラールとか」

「いずれの品も下界には存在しない奇跡アイテムです。手に入れたくば、ダンジョンの中へと赴く他にありません」

「そうなると、資格ライセンスの取得はマストだな。……今ってさ、冒険者の肩書きがないと、ダンジョンの中に入らせてもらえないんだよ」

「私が起きていた時からそうでしたよ。もっとも、呼び名は別のものでしたが」

「えっ、そうなん?」


 そんな風にして俺達は夜通し二人で語り合ったのだ。

 内容は、主にこれからのこと。

 俺の提案とアルのやって頂きたいことというのはものの見事に一致していたから、比較的穏やかに話し合えたと思う。

 その中で結論というか、大前提として組み上げられた決まり事が二つある。

 一つは、冒険者の資格を得ること。そしてもう一つは


「弱いままじゃ死んじまう。弱いままじゃ姉さんを助けられない。だったら」

「解は一つです。貴方が強くなればいい」


 そう、答えはとても簡単だった。覚悟をもって、ひたすら弱い己を鍛え上げる。

 第一候補は外れたが、まだ希望は残ってるんだ。

 ダンジョンに潜り、姉さんの呪いを解く奇跡の宝物アイテムを手に入れる────それが俺達の新たな目標、果たすべき絶対の使命。

 そいつをやり遂げる為なら幾らでもやってやるさ、つらく苦しい修行パートってやつをな。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影