■第五話 春夏秋冬、修行修行! ①

 これは、一人のどうしようもない糞雑魚が、血と汗と涙とその他諸々の汚い液体を垂らしながら、懸命に強くなろうとした記録である。


◆◆◆春────鍛錬の季節


 最初の三カ月はひたすら肉体をいじめ抜いた。

 いや、理にはかなっているのだ。

 ダンジョンがあり、精霊がいるこの世界で非力なままで想いをせるなんて甘いことは言ってられない。

 それに俺はあのみずきょういちろう

 契約している精霊こそ最強の存在だが、俺自身はただ人相が悪いだけの糞雑魚野郎である。

 だから肉体作りというアルの提案には二つ返事で従ったさ。身体が資本。大事なのは基礎訓練。あぁ、そうとも。裏ボスの意見は、間違いなく正しい。ケチのつけようがないくらいに絶対的だ。

 だけど、何事にも限度ってものがあるだろうよ。


「まず、基礎的な体力をつける為に、毎日十キロメートルほど走って頂きます。これを三セット。代謝と持久力はあらゆる戦闘状況で有効な要素として働きます。そしてその後は短距離ダッシュを五十セット。スプリントは敏捷性アジリティの向上と共に瞬間的なパワーを引き出す一助となりますので、欠かすことは許しません。

 筋肉のトレーニングは最終的に筋力、筋肥大、筋持久力の三つ全てを高水準に鍛え上げることを目標とします。しかし初めから全ての項目に手を出すのは効率的ではありません。ですので、初期段階の内は筋力向上を中心に行っていきましょう。トレーニング機材はいずれ買い揃えるとして、最初は軽くスクワット○○○回、腕立て伏せ○○○回、上体起こし○○○回。これを一セットとして────」


 訓練の初日、アルがいつもの澄まし顔でそんなことをほざきなすった。

 抗議? 当然したよ。自分でも引くくらい必死になって死んじまうやめてくれと懇願したさ。

 だってこんなオーバーワークどころかオーバーキルな練習メニュー、明らかに不健康だろう?

 だけど裏ボス様は、桜餅を頰張りながら言ったんだ。


「安心なさい。貴方はこの私と契約をしているのです。深度レベルが最低とはいえ、このメニューをギリギリこなせるだけの加護は働いておりますので」


 鬼だ、と思った。

 アルの言う通り、確かにダンマギの登場人物達は人間とは思えない速度で飛んだり跳ねたりしていた。

 そしてその力の源が精霊の加護ということも分かっている。

 きゃしゃな美少女達が超人ばりの活躍を見せる言い訳としては、中々良く出来ているなと、当時は思ったものだがしかし……


「いや、でも待ってくれヒミングレーヴァ! だったら筋トレとか必要なくねぇか!? 加護の力で超人並みのパフォーマンスが発揮できるんだから無理に鍛える必要なんてないだろ?」


 そうやってワラにもすがる思いで尋ねた俺に対し、裏ボス様は


「お馬鹿ですね、マスターは。加護の効果は乗算されていくもの。素体のパラメータが優れていれば優れているほど、掛け合わせた時の能力も大きくなっていくのです。

 加えて肉体の向上は、自信や勇気といったポジティブな精神機能の発現、更には敵対者への威圧や必要のない戦闘行動への抑止効果といった副次効果も見込まれます。

 そもそも、超常われわれの力を己の実力ものだと慢心し、自己磨きを怠る者に世界の運命を変えることなど出来るでしょうか? そして毎度のことながら学ばないマスターに再度警告致します。私のことは、アルとお呼び下さいまし」


 などと、にべもなく突っぱね、俺に地獄の修行を強制しやがったのだ。

 最初の内は、そりゃもう酷かったよ。

 修行の厳しさに泣いたし、吐いたし、漏らしたこともあったっけ。

 しかもさ、しかもだよ? このトレーニング


「よろしい。下界きょうのトレーニングはここまでとしましょう。この後の予定は、一時間の小休憩、そこからお夕飯までの三日間さんじかん、我が領域での武術訓練となっております。泣いたって無駄です。わめいたって許しません。一日が二十四時間で終わるなどという常識は、私の領域シマではノーカンです」


 なんと嬉しき、。裏ボス様の住まわれていた領域は、時の流れを操れましたとさ!

 神社の奥あちら側で過ごす一日が、下界こちら側での一時間。時の女神の権能によって引き起こされたこの逆浦島現象とでもいうべき恐ろしい力技によって、俺の一日は、三日にも四日にも一週間にも延びたのだ。

 筋トレ、格闘、基礎武器術、歩法に気功に呼吸法。今までロクに鍛えてこなかった中学生の小僧が限られた期間の中でプロ並みの力を手に入れる為には、確かにこれくらいの無茶が必要だったのかもしれない。

 実際、その甲斐あって俺の身体はたった数カ月の間に尋常ならざる変化を遂げたのだから、アルのもくは正しかったのだ。

 代わりに顔が目に見えて老けたが。

 ついでに地毛に染め直した髪が、度重なる修行のストレスで白髪まみれになったりもしたが。


さいな代償です。むしろその程度で済んでよかったですね、マスター」


 その日々は、まさしく地獄だった。



◆◆◆夏────強化の季節


 しかし、どんなに劣悪な環境でも、人は徐々に慣れていくものである。

 あれほどキツかったトレーニングも、制服が夏服へと替わる頃には比較的平常心でこなせるようになってきたのだから、何ともはや。我ながら物凄い適応力である。

 無論、ウチの鬼教官が負荷の増加を考えないはずもなく、こちらが少し慣れてくるとすぐにトレーニングの質や量を増やしやがるのだが、それ込みでもなんとか耐えられる程度には、俺の精神と肉体はこの修行地獄を受け入れられるようになっていたのである。


「そろそろ次の段階に進んでも良さそうですね」


 そう言ってアルが精霊術アストラルスキルの基礎を教えてくれるようになったのは六月のこと。

 実時間で三カ月、神社の奥あちら側で過ごした時間も合わせれば大体一年程度の修行期間を経てようやく精霊術アストラルスキル関連の訓練を行ってくれるようになったのだ。

 精霊術アストラルスキル。いわばこの世界の魔法。

 契約した精霊を通して異界の奇跡を発現するこの術において人間側に必要とされる能力は、ゲームで言うところのMPや魔力と呼ばれる類の万能エネルギーの保有量、

 何故ならばダンマギの世界の登場人物は、一部の例外を除いてそういったファンタジー能力を持ち合わせていないのだ。

 ……まぁ、その一部というのが種族単位でいたりするんだから、やっぱり向こうの世界のリアルとはかけ離れているわけなんだけどさ。

 さておき。この世界の住人のほとんどは、奇跡を発現させる為の魔法の燃料を持ち合わせていない。

 ならば、ソレをどこから引き出すのか?


「最初は簡単な術の訓練から行きましょう。《装甲強化シェルド》や《腕力強化アームズ》といった身体強化関連の基礎スキルであれば、私の供給する霊力をマスターの肉体に循環させるだけで発現が可能なはずです」


 霊力。または精霊力。

 精霊を通して契約者に供給される奇跡の源となる力の名だ。

 そう。ダンマギの中でAPと呼ばれる魔力量的な意味合いを持つステータスが示すものとは、精霊によって供給された精霊力アストラルパワーであり、本人が持って生まれた力ではないのである。

 だからウェブ小説定番の「魔力量を増やす為に幼少期から魔力放出を毎日行い鍛え上げる」といった方法は、そのままでは使えない。

 何せこの世界の人間には不思議な力を自前で捻出する器官などないのだから。

 では、何を鍛えれば良いのかというとこれは主に二つある。

 一つは許容量キャパシティの強化。

 精霊から供給された霊力を、最大どれだけめ込めるか。つまり最大霊力APの増強である。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影