■第五話 春夏秋冬、修行修行! ②

 腹部のほぞのあたりにあるとされる霊的エネルギーの貯蔵器官を刺激し、使用し、広げていく────これの繰り返しによって、精霊使いはより多くの霊力を蓄えられるようになるのだと、アルは解説してくれたが、正直めんどくさいなと思ってしまった。

 だってさ、ゲームだったらその辺の雑魚敵を倒していくだけでぽんぽこレベルとステータスが上がっていったんだぜ。それが現実に落とし込まれるとこうも疲れる仕様になるとはね……いや、分かってる、分かってはいるんだ。遊戯ゲーム現実リアルは残念ながらジャンルが違う。ユーザーに気持ち良くなってもらう為に『本当に苦痛な部分』を切除カットする(あるいは出来る)ゲームとは違い、現実は地味で苦痛で誰得な作業もちゃんとこなさなければ進まない。

 だからやったよ、心の中で不平不満を喚き散らしながら、それでも毎日やり続けたよ。痛くても辛くても面倒くさくても、ここで逃げたら俺は死ぬという直視したくない事実を胸に刻んで、霊力の貯蔵器官を鍛えイジメ抜いたのだ。

 腹に第二の心臓を作ってひたすら稼働させる感じ……とでも表現すればいいのかな。アルから供給された霊力の血液を一秒でも速くそして効率的に全身へと送り続けることを目的としたこの訓練の苛酷ハードさは、波すさぶ夜の海をバタフライで泳ぎ続けるかのような超負荷を俺に与え────いや、まぁ要するに、やっぱり地獄だったのである。

 んで、霊力許容量の強化と並行して進められたのが、もう一つの基礎項目でもある回復量の増加だ。

 コレは術によって減った体内の精霊力をいかに早く精霊に供給してもらえるかという訓練である。

 こいつはある意味、先の許容量キャパシティの強化とは真逆だった。

 ターンごとに霊力APが一定量ずつ回復していくという形で表現されていたゲーム内での仕様が、実に上手うまいこと現実世界リアルに落とし込まれていたんだよ。

 簡単に説明すると、

①奇跡の源となる精霊力は、精霊を通して分け与えられる。

②そして霊力を使用して術を使えば、体内の霊力が減少する。

③減少した霊力が、再び精霊を通して供給される。

 というワケさ。

 どうだい、見事なもんだろう? 当たり前と言えば、当たり前なのかもしれないが、一ダンマギユーザーとしてはこの華麗なる置き換えコンバートに万雷の拍手を送りたい(というか、送った)。

 もっとも、供給側の精霊にだって当然限界があるわけだから、考えなしにあんまりバカスカ術を使うとガス欠になる恐れがある。だけど、そこは裏ボスこと最強の精霊ヒミングレーヴァ・アルビオン。奴はどれだけ俺に霊力を注ぎ込もうと、平気の平左って顔で「おかわり」を寄こしてくれるんだ。ホント、頼りになる相棒だよこいつはさ。

 んで、意外なことにって言ったら少し語弊があるかもしれないけど、この精霊力を鍛える訓練、思いの外スムーズに進んだんだ。

 基本的にこの訓練は精霊力を空っぽになるまでスキルとして変換し、その後アルから追加の精霊力を供給してもらうという流れを一セットとして行われるのだが、俺はこれを約一週間(向こうでの修行期間も合わせれば四週間)でものにしたのである。

 いや、もちろん基礎的なスキルを発現できるようになっただけというかトレーニングをする上でのコツをつかんだ程度の話なのだが、少し考えてみて欲しい。

 俺はあのみずきょういちろうであり、中身は平和な世の中で社畜をやっていた一般人なのだ。

 凄くね? ヤバくね?

 元々剣も魔法も精霊もいない世界から突然転移してきた身でありながら、不思議パワーの一端を簡単に会得できた俺って天才じゃね?

 そのことを鼻高々とアルに話したら


「肉体トレーニングの成果が出ましたね、マスター。基本的に精霊力関連の訓練は身体に負荷をかけ、容量や機能を増強するというシステムですから、筋トレ馬鹿のマスターなら耐えられると思いましたよ」


 と褒められた。

 あの地獄のような筋トレが精霊術アストラルスキルを取り扱う訓練の前段階だったとは。ていうか見事に掌で踊らされていたってこと!?

 やだもう、ウチの鬼教官ってば本当に策士!



◆◆◆秋────決断の季節


 筋トレと精霊術アストラルスキル関連の訓練を並行して行い、街の紅葉がちらほらと目につくようになった頃、俺達の修行は次の段階へと移行していた。

 その内容とは即ち


「基礎的な技術は概ね身についたようですね。では、そろそろ私の術を修めていきましょうか」


 そう、みんな大好き固有スキルの習得である!

 固有スキル、専用能力、個性、異能、ギフトに転生特典────男なら誰でも一度は憧れる自分だけの特殊能力をものにする瞬間が、ついに俺にも来たってわけさ。

 もうテンション爆上がりでとしもなく(いや、今の身体は十四歳なんだから年相応なのか?)はしゃいでしまった俺は、今までにないほどの集中力でこの訓練に臨んだんだ。

 しかし……


「驚くほどのポンコツぶりですね、マスター」


 焼き芋片手にアルが下した結論は、辛辣だが、的を射ていた。

 術の放出。つまり、体内で練り上げたスキルを離れた場所に放つという技術が、俺はどうも不得手らしい。

 今まで生きていた世界で特殊なオーラを飛ばすなんて生活送ってこなかった弊害なのかどうか分からないが、自分の身体から離れていったものを操るという感覚がどうも摑めないのだ。


「術の変換効率や集束性などの分野は高水準なのですが、指向性や拡張性方面の数値スコアが軒並み壊滅的です」

「つまり?」

「ゲームで例えるならば、物理特化の前衛タイプ、適性ロールは盾役もこなせる一撃重視型ブレイカーといったところでしょうか。霊術使いや僧侶といった後衛は絶対に務まりません」


 暇さえあればゲーム知識を語り尽くしていたお陰か、裏ボス様の例えはとても俗っぽくて分かりやすいものだった。

 まぁ、兎に角俺は遠距離攻撃が苦手らしい。


「でも、遠距離攻撃を持たない前衛タイプって大分不安が残るな」


 ダンジョン探索は奥が深い。

 戦闘に限った局面だけでも前衛に中衛に後衛、攻撃役アタッカー盾役タンク、それに援護役サポーターなどといった多種多様な『役割ロール』を集めたパーティー攻略が鉄板だ。

 それでも俺が主人公やメインヒロインのような万能勇者タイプであれば、ソロ攻略も可能だっただろう。だけど残念ながら、俺のこなせる役割の範囲はそう多くない。つまり


「こりゃあソロでのダンジョン攻略は、……絶望的だな」


 エリクサーの眠るダンジョンは、そこまでパーティーの多様性を求められるダンジョンではないが、それでも一撃重視型ブレイカー(ただし盾役も兼任)一人で攻略できるほど甘くはない。


「マスターの情報を前提にプランを立てるならば、武器の扱いにけた敏捷型アジリティアタッカーと、威力及びせんめつ能力に優れた遠隔攻撃特化型ロングレンジシューターは必須でしょう。個人的には回復役も一人欲しいところです」


 アルの意見には、俺も賛成だった。

 道中はともかく、ボス戦を見越すならば技巧に優れた剣士タイプの前衛と、一気に大ダメージを与えられる砲撃タイプの後衛は絶対に必要だ。

 特に確たる技を身につけた武芸者の存在は、ボス戦攻略における要といっても過言ではない。


「強い武芸者か」


 真っ先に思い浮かんだのは、元の世界で「物理属性最強」と呼ばれていたチートキャラの存在だ。

 でもあいつは、一騎討ちで勝たないと仲間になってくれない初心者お断りキャラだし、それほどの実力が俺にあったならばそもそもこんなことで悩んでないので即却下。

 次に思い浮かんだのは、無印五大ヒロインの内の一人であるクーデレ剣士。

 彼女なんかは技術もあるし、義にもあつい性格のはずだ。

 だから必死に頼み込めば、あるいは────いやダメだ。ゲームの設定通りならばこの時間軸の彼女はまだ冒険者ライセンスを持っていない。今から彼女と仲良くなって何とか冒険者になってもらう方向に誘導するのは、相当な労力を要するというか、ぶっちゃけ無理ゲーである。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影