■第五話 春夏秋冬、修行修行! ④

 師匠は裏ボス。俺はチュートリアルの中ボス。そりゃあ戦力差は火を見るよりも明らかなわけだが


「それでも、一発くらいは当てられると思ったんだがなぁ!」


 雪色に染まった地面に両手をついて息を吐く。気づかない内に相当身体を酷使していたらしい。真冬だというのに汗で服がびっしょりだ。

 俺は、休まず肉まんをもそもそ食べ続ける白髪少女に若干の恨みがましさを伴った視線を送る。


「何か?」

「いや、改めてすげぇなって思っただけだよ」


 裏ボス様は強かった。

 契約により、契約者と同程度(規模と深度は雲泥の差だが)の固有スキルしか使えないというハンデがあっても圧倒的に強かった。


「なんでアレ避けられるんだよ。絶対無理だろあんなの」

「可能です。筋肉の収縮や眼球の動き、後は重心の位置などを注視すれば人の行動は予測できます」


 正面から斬りかかった相手が、次の瞬間背後から奇襲かましてきたというのにこの余裕である。


「ったく、お前とやってると全然強くなった気がしないぜ」

「卑下する必要はありません。貴方が日に日に成長していることは、私が保証します」


 と、アルはいつもの澄まし顔で言う。


「まず、身体つきが以前とは比較にならないほどに発達致しました。一年前の弱そうなチンピラボディはどこへやら。今のマスターはどこに出してもおかしくない立派な筋肉野郎です」

「お陰さまでな」


 冬の空に右手を翳す。血管がバキバキに浮き出た巨木のような前腕。五キロ程度のダンベルにひぃひぃと言っていた春先あの頃が懐かしい。


「そして武器術の操作と霊力の扱いも格段に向上しております。特に先程の《腕力強化》と《脚力強化》、更には《時間加速》の三重強化トリプルコンボは見事でした。消耗の大きさこそ課題点ですが、十分実戦でも通用するじゅつです」

「珍しく素直に褒めるじゃないか」

「それほどマスターの成長が著しいということですよ。貴方は自身が思っているほど弱くもなければ、もろくもない。少しくらい自信を持っても罰は当たりません」


 アルの素直な賞賛に若干の戸惑いと嬉しさを覚えながら、俺はゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう、アル。でもまだまだ俺は未熟だよ」


 すねているわけじゃない。心底からの想いだった。

 アルの言う通り、俺は幾ばくか成長したのだろう。

 けれど、まだまだ足りないところが沢山あるのもまた事実なわけで、そこをなあなあにするのはよろしくない。

 クソッタレな運命に反逆すると大見え切っている以上、甘えや妥協は邪魔なだけだ。


「つーわけで、もう一本頼むわアル」

「前々から思っていたのですが、マスターって結構完璧主義ですよね?」

「いや、そんなことないだろ。基本的にちゃらんぽらんよ、俺」

「そうですか。……まぁ、マスターがそう思いたいのであればそれで良いのでしょう。では、今度はあの技へ向けた訓練を行いましょう。まずは武器への────」


 そんな風にして、俺とアルの二人三脚は続いていく。辛くて苦しくて血も涙も鼻水もふん尿にょうも垂れ流しの毎日だけれど、不思議と充足感に満ち溢れているのは、多分俺の脳みそがとっくにイカれちまったからなのだろう。人間の適応能力っていうのは、ホント恐ろしいもんだぜ全くよぉ。



 そうして春が去り、夏を通じ、秋を終え、冬が巡り、また春がやってくる。

 皇暦1190年、四月某日。

 この素晴らしくも残酷な世界にやって来て一年という月日が経とうとしていたその日────

 俺は、冒険者資格を得る為の試験を受けるべく、とあるダンジョンへと向かっていた。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
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