■第六話 冒険者試験 ①

◆ダンジョン都市桜花・第二十七番ダンジョン『げっしょく』入口


 ダンジョン。

 それはあらゆるゲームやウェブ小説における花形の舞台であり、夢と冒険の聖地である。

 危険な敵。恐ろしいわな。そして最奥に待ち受ける強大なボス。

 そこには常に戦いとドラマがあり、見る者を魅了してやまないファンタジックワンダーランド。

 それがダンジョンである!

 ……ってな具合に、皆の頭が程良くお花畑であったのならば、話はポンポンと簡単に進んだのだろうが、残念ながら「そうは問屋が何とやら」だ。

 考えてもみて欲しい。誰がこのんでそんなおっかない場所に行きたがるというのか?

 怖いもの見たさの蛮勇者ばかものや、人生=戦いみたいな変態を除けば、そんな危ないだけの場所など害悪でしかない。

 だから多くのゲームやウェブ小説には、必ずダンジョンを攻略しなければならない『理由』ってやつがあらかじめ用意されている。

 例えばダンジョンの奥には巨額の富や宝が眠っているといったプラスの理由。

 あるいは湧き上がる魔物を駆除しなければ世界が危ないといったマイナスの理由。

 作品のテイストによってその理由こそ千差万別だが、ダンジョンというものは攻略される理由があって初めて攻略され得る代物なのだ。

 じゃあ肝心のダンマギシリーズはどうなのかというと、基本的には『プラス側』である。

 キーワードは精霊石。

 ダンジョン内の敵精霊を倒すことで得られる綺麗な結晶体で、固形化したアストラル体がフラクタル理論でウンチャラカンチャラという設定なのだが、この際その辺はどうでも良い。肝心なのはその使い道だ。

 使い道。つまり扱い方、あるいは用途、もしくは効能と言い換えても良い。

 そういう「何が出来るか」みたいな定義上の解釈範囲におけるこいつの可能性ひろさは、ほとんど無限大といっても差し支えないだろう。

 この精霊石、なんとあらゆるエネルギーへの転用が可能なのだ。

 しかも化石燃料を大きく上回る効率と周囲に悪影響を及ぼさないという極めて優秀なエネルギー源として、である。

 お陰でこの世界においては、一部のアンチ精霊派などが化石燃料を用いる程度で、他の代替エネルギーは、そもそもロクに開発されてすらいない始末。

 色々な意味でヤバいよな、ウン。

 で、話を戻すがダンジョンの中にはもちろん、RPGのお約束である貴重な武器や、レアアイテムというものも数多く存在している。

 だけど現代社会において必要とされるモノは魔法の武器よりも魔法のようなエネルギーだ。

 しかも、ぶっちぎりのトップシェアともなれば言わずもがな。

 ダンジョンの冒険に励む冒険者達の収入源もまた、この精霊石によるものが大半という扱いである。

 けれど。

 俺達が欲しているものは、そんな高効率&クリーンな万能エネルギーでもなければ、それによって発生するばくだい金銭報酬インセンティブでもない。

 宝だ。ダンジョンの中に眠るじんを超えた奇跡の具現化タカラ

 その中にある「どのような傷や病をも治癒する万能の霊薬」を手に入れることこそが、俺達の目的であり、使命であり、夢でもある。

 そして今日、俺達はとうとう夢を叶える為の第一歩を踏み出したのだ。

 ダンジョンの中に潜る為の資格職である『冒険者』、その免許ライセンスを取る為の資格試験が、今日この場所、『月蝕』で執り行われる。


『マスター、いよいよですね』


 脳内に直接響き渡るような感覚で伝わってくるアルの声。

 契約者と契約を交わした精霊間でのみ使用可能な特別権利アプリケーション思念共有テレパシー》の効能で、今現在、我が家でくつろぎ中の相棒の声がはっきりくっきりと聞くことが出来るのは、本当に心強かった。


『あぁ、いよいよだ』


 俺は感慨深げに溜息をつきながら、そびえ立つ桜の大樹を見上げる。

 桜花の街に存在する数多のダンジョンの内の一つ『月蝕』。

 この世界に転移してからの目標だった姉さんの完全快復。

 そこに至る為の大きな一歩を踏み出すべく、俺はダンジョンの入口へと足を運んだ。

 横断歩道を渡り、清掃の行き届いた巨大階段を上っていく。試験日ということも相まってか、ダンジョン周辺の往来が異様に激しい。

 獣耳を生やした獣人に、金髪へきがんの異国人。最早見慣れた景色ではあるけれど、この街の住人は本当にバラエティに富んでいる。

 そうして俺は、わちゃわちゃと人混みにまれながらも、何とか入口へと辿り着いた。

 桜の大樹(推算百メートル超え)の根本に佇む十メートル大の押し扉。

 霊力を纏った右腕でふちの部分を小突いてやると、扉はまるで重さを感じさせない軽やかさで、中への道を開いていった。


「(これも試験、なんだろうな)」


 精霊力のある者ならば苦もなく開けられ、無い者にとっては余程の剛力でもない限り先に進むことは敵わない。


「(……ゲームの設定通りだ)」


 それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが。



 桜花のダンジョンは、基本的に大樹の中にある────そんな風に語ると非常にファンタジックな印象を受けるかもしれないが、実際はかなり現代的な造りになっている。

 大理石の床に、白を基調とした明るい壁。エレベーターやエスカレーターは当然のように設置されているし、中央に据えられた電光掲示板では3Dモデルのキャラクターが今週の予定をはつらつと紹介している。


『しばらく見ない間に、神殿の雰囲気も随分と様変わり致しましたね』


 脳内に響き渡る裏ボスの美声。

《思念共有》によって俺のているものはアルにも見えているはずだから、それを踏まえての意見なのだろう。

 ちなみに彼女は冒険者試験に参加しない。というより物理的に出来ない。


異界不可侵の原則バリアルール』と呼ばれる摂理せっていのせいだ。


 異界不可侵の原則バリアルール

 この三次元世界に在籍する精霊本体が直接ダンジョンに入ることを禁じるという向こう側のルールである。


「精霊本体が直接ダンジョンに入ることを禁じる」だなんて、一見すると「精霊と協力して戦う」というダンマギのコンセプトをガン無視した糞設定に見えるかもしれないが、それは違う。

 こいつが禁止しているのはあくまで「精霊本体をパーティーメンバーに加えること」であって、精霊の力そのものではない。

 だからスキルの発動や霊力の供給はもちろん、《召喚》や《顕現》スキル、もしくは《憑依一体型》と呼ばれる契約形態での参戦ならば問題なく戦闘に干渉できるので、実際のところはそんなにキツい縛りじゃないんだよ。

 精霊は冒険者にはなれない。

 かいつまんで言ってしまえば、異界不可侵の原則バリアルールの縛りはそれだけだ。

 分かりやすいけど、どうでもいい。というかほぼ本筋に絡んでこないから認識のしようもない────ぶっちゃけプレイヤー間でのこいつの扱いはこの程度である。

 だって主人公も五大ヒロインも全員ルールに抵触しないんだもの。絡みようがないんだもの。

 空気なんだよ、異界不可侵の原則バリアルールって。

 個人的にはこれほど「誰得」という言葉がしっくりくる規則は中々ないと思う(誰得というか、今の俺達にとっては一方的に損なだけなんだが、そこは気にしてはいけないゾ)。

 要するにアルさん無双で楽々ダンジョンクリアー、みたいな展開にはならないっていうことさ。

 あるいは裏ボス様が本気を出せば、その辺の理屈を無視してダンジョンに侵入できる可能性もワンチャン……いや、ないな。このルールを作ったのって確かアルと同じ超神アルテマクラスの精霊だったはずだし、よしんば不正侵入アクセスが成功したとしても、間違いなくその後に厄介な問題を抱えることになりそうなのでここは大人しく従うのが賢明だろう。

 ルール破って冒険者になれませんでしたとか悔やんでも悔やみきれないからな。どうしようもない事態にでも陥らない限りは、俺の力で頑張らせて頂きますよ、ええ。

 しかし神殿か。神殿。……んっ?


『────あぁ、そっか。ダンジョンって昔は神の住まう社として敬われていたんだっけ』

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影