■第六話 冒険者試験 ②
『はい。霊験あらたかな場所として、ある時は権力者に、ある時は宗教関係者に利用されたものです』
随分と含みのある言い方だ。
きっと過去に何かあったのだろう。叶うならばその辺りの事情も聞いてみたいところだが
『そんなことよりもマスター、お時間の方はよろしいのですか?』
『んっ、あぁ。そろそろだな』
スマホの時計を見ると結構な時間が経っていた。
急いで受付に向かい、受験番号の記されたネームプレートを受け取った後、受付嬢さんの案内に従って十五階にある『ポータルゲート』まで向かう。
駆動音がほとんど聞こえないエレベーターで、快適に進むこと数十秒。
到着のチャイムと共に十五階への扉が開いた。
「おっ……おぉ!?」
開けた視界の先に見えた景色は、これまでとまるで様相が異なっていた。
細長い透明の管が無数に張り巡らされた武骨な壁面。
青白い電流のような光が流れ行く様はまさにサイバーパンク。
その行き先を目で追っていくと、そこには高くそびえる巨大な門扉の姿があった。
「ポータルゲート、本物の……」
ポータルゲート。異界に通じる神秘の扉。
それを見た瞬間、俺のテンションは爆発的な速度でブチあがった。
見入ってしまうほどに幻想的な光景、弾ける音に、独特な匂い。どれもこれも最高に素晴らしい。可能ならば一日中、このフロアを見て回りたいほどである。
だけど残念ながらその願いは叶わない。だって、今日俺がここを訪れた理由は、聖地巡礼の為ではなく
「受験番号と名前は?」
奥のポータルゲートを中心に集められた人だかり。その中央に立つ鎧姿の女性が、張りのある声で名乗るようにと促した。
自然と集まる参加者達の視線。これはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
「受験番号二十六番、
なんとか嚙まずに言えました。集団に見られると上がってしまうタイプの俺にしてはよく頑張ったと思う。
「よろしい。そこに並べ」
どうやら確認作業は終わったらしい。鎧姿の試験官さんの左人差し指が、集団の最後列を指し示した。
言われた通りの場所まで足を動かす
受験者の数はおよそ四百名。
ヒト族が七割、異種族が三割。異国の人間も、ちらほらとだが見受けられる。
年齢層はまちまちだが、ティーンエイジャーだと断言できるような受験者は三割程度しかいない。
そんな数少ない十代組の中に、彼女の姿もあった。
恐らく寒色系のカラーリングが好みなのだろう。
全ての小物が、青を基調としたデザインで統一されていた。
『マスター、彼女が』
俺はアルの推量に無言で頷く。
彼女の姿を生で拝むのは初めてだが、その美しい顔立ちはダンマギに出てきたとあるヒロインに通じるものがあった。
「さて、これより本試験の
そうやって俺が受験者の様子を眺めている間に、どうやら集合時間は過ぎたらしい。
集中集中、と心の中の自分に活を入れながら、俺は赤毛の試験官さんの言葉に耳を澄ませた。
「試験会場は本ダンジョン第一層。諸君らにはそこで九十分間の探索活動を行ってもらう。ただし武器系統の装備品は予めこちらで用意した物を使うように」
要するに一時間半の間、ダンジョンの第一層に潜って一生懸命冒険しましょうね、ということだ。
そこである程度稼いだ奴が文句なしの合格。
後は試験官が用意した特別な試練をクリアした受験者にはボーナスポイント……うん、まるっきりゲームと一緒だ。
「受験者間での協力行為は、戦闘行動に限定する形で許可しよう。ただし、その際の評価点は協力した人数に応じて変動するということだけは覚えておくように」
堅苦しい喋り方の為、若干伝わりづらいかもしれないが、つまるところ「パーティーを組んでも良いけど、その場合は一人で倒した時よりもポイントが少なくなるよ」と
まぁ、そうしないと受験者全員でパーティー組んで全員合格ってことになりかねないもんな。
パーティーを組んだら楽に戦闘はこなせるけど、その分ソロプレイヤーよりも沢山狩らなければならないってのは、良い落とし所だと思う。
「また受験者間での精霊石の譲渡は全面禁止とする。当然、略奪行為などは問題外だ。もしもこれらに該当する行為が判明した場合、該当者は即時失格の上、向こう半年間の
その言葉の重さと試験官さんの目力の圧に、会場中が震え上がる。
怖い。怖いがしかし、言い分自体は極めて「まっとう」というか、常識的だ。
だって彼女の言っていることって要するに「テストの答案用紙を交換しない」とか「他人のテスト用紙を無理やり奪って自分のものにしない」ってレベルの話なんだぜ?
最低限のルールすら守れない
『などと言いつつも、前日の晩まで『レーヴァテイン』を不正に持ち込もうとしていたマスターなのでした』
ちげーし。ルールと戦力強化の狭間で悩み苦しんでいただけだし!
◆
「以上で本試験の説明を終了する。質問のある者は速やかに挙手するように」
試験官さんの説明が終わり、お待ちかねの質問タイムがやって来た。
受験者の集団の中から、俺を含めた何人かの手が挙がる。果たして栄えある最初の質問者に指名されたのは────なんと俺だった。
「二十六番、質問を述べろ」
「はい。お聞きしたいことが二点ほどあります。一つは本試験における《帰還の指輪》の有無について。そしてもう一つは本試験における運営側の警備状況についてです。可能な範囲で構いませんので、教えて頂けますと幸いです」
「……ふむ」
俺の質問はどうも珍妙だったらしい。
女試験官さんは、しばらく目を瞬かせた後、少し困惑気味に答えた。
「《帰還の指輪》については、申し訳ないが用意していない。予算の都合だ、分かってくれ」
試験官さんの返事を聞いた何人かがクスクスと笑い出した。
大変恥ずかしいが、当然の反応だろう。
使うとこちらの世界まで戻ってくることの出来る便利アイテム《帰還の指輪》は、どんなに安くとも軽く六桁はする代物だ。
それを最も易しい第一層で使うなど、まさに金の無駄遣い。
ダメ元で聞いてみたが、やはり結果はノーだった。
「二つ目の質問については、私と私の部下二名が監督役を務める。試練を与える役と並行しての職務となるが、諸君らが安心して試験に臨めるように最善を尽くす。以上が質問への回答だ。納得は出来たかね?」
「……はい。ありがとうございます」
内心迷いに迷ったが、寸前のところで質問の深追いを止めた。
不安だから警備を増やして欲しいと頼んだところで、どうせ一蹴されるのは目に見えている。
試験官さん達が甘いというわけではない。彼女達は、最大限安全に配慮してくれているのだろう。
しかしそれは、初心者ダンジョンの第一層を基準とした最大限だ。
『仕方がありません。マスターの懸念は、本来であれば
『分かってるよ。悲しんじゃいないし、絶望もしていない。ただ、何もせずにいるのが嫌だっただけだ』
『それならば良いのです。ご武運を』
『あぁ』
あいつなりの励ましの言葉を受け、少し沈みがちだった気持ちを切り替える。
「(やってやるさ冒険者試験。たとえ何が待っていようが、必ずクリアしてやる)」
◆ダンジョン都市桜花・第二十七番ダンジョン『月蝕』第一層
説明と質問タイムを終え、各自武器を選び取った俺達は、そのまま順番にポータルゲートをくぐり抜けて「ダンジョンの中」へと向かった。



