■第六話 冒険者試験 ③
現実世界と異界であるダンジョンの内部を繫ぐ不可思議な扉、
一瞬で他次元へと向かう超絶ワープを経験したのは裏ボスの
だって身体が揺れたりとか、変な浮遊感を覚えるみたいな「その手の
本当にただくぐり抜けただけ。気がついたら景色が変わってましたハイ、チャンチャン。誠に残念ながら、これではアガるものもアガらないわけで……
「うぉぉぉぉおおおおおおっ!」
……いや、ごめん。全然そんなことなかったわ。俺の単純な思考回路は、その景色を見た瞬間に
天井、床、壁面に至るその全てが
いやが応にも実感できてしまう。
俺は今ダンジョンの中にいる。それもアルの作ったダンジョンもどきの中ではない。正真正銘『本物』のダンジョンの中に、俺はいるんだ。
ランダム生成マップに精霊界との交信。あちら側の刺客を倒せば精霊石が落ちるし、場合によっては戦った精霊達を仲間にすることだって!
これぞダンジョン、これこそがダンジョン。
転移してから約一年、ずっと憧れながらも外から眺めることしか出来なかったダンマギのメインコンテンツ。
そこに! 今! 俺は! いるのだ!
『マスターが大はしゃぎです』
『あったり前だ! 初ダンジョンだぜ、初ダンジョン! こんなんアガるに決まってんだろうが!』
俺はその場で小躍りしながら、自分の気持ちを表明した。
『それはそれは、よろしゅうございますね』
脳内に
『しかしお気をつけ下さいまし。そのような立ち居振る舞いは、往々にして奇異の目で見られるものです。特に集団の中ではより一層』
「あ」
アルのアドバイスに耳を傾け我を取り戻した時には、既に色々遅かった。
試験官さんを含めた今回の試験関係者全員の視線が、俺の所へ集まっている。
「その、なんだ。好奇心が旺盛なのは良いことだが、時と場合を
若干気を遣ってくれた試験官さんの優しさが、逆に俺の羞恥心を加速させる。
◆
「それでは、これより冒険者試験春の部の開催を宣言する。期限はこれより正午までの九十分間、各々悔いの残らぬよう全力で励むように。では……始めっ!」
そうして鎧姿の試験官さんの気合の入った一言を皮切りに、ついに冒険者試験が始まった。
どことなくサイバーな雰囲気の迷宮を、次々と駆けていく受験者達。
その中には先程見た彼女の姿もあった。
『マスター、彼女の進行方向に合わせて移動を開始して下さい』
『応!』
アルの指示に従い、
所業だけ見れば、ただのストーカー野郎と見なされても仕方のない行動を取っているという自覚はある。
だけど、これには切実な理由があるんだよ。
皇暦1190年の春先に行われた『月蝕』の冒険者試験(つまりこの試験のことだ)は、二年後の世界において悪い意味で語り継がれることになる。そして彼女はその渦中の人物といっても過言ではなく────
「えっ?」
不意に正面を走る彼女の横顔がこちらへと向いた。
「(笑った?)」
そう。彼女は俺を見て、確かに微笑んだのである。
何故、と考え込もうとした次の瞬間、少女はまるで猫のような俊敏さで壁を駆け登り、あっさりと迷路の上部まで移ろいだ。
静かに、けれど同時に軽やかに。
重力や慣性を超越した動きで上部への着地を決めた蒼い髪留めの少女。
そんな彼女の視線が再びこちらへと向けられた。
目と目が合う。一瞬の静寂が訪れたのもつかの間、彼女の美しい唇が、まるで花弁が舞うかのような流麗さで言葉を紡いでいく。
「(『ここまでおいで』か。完全に遊ばれてるな、こりゃあ)」
きっと彼女の目には、俺の姿が協力を打診しようとした受験者にでも見えたのだろう。
それを煩わしく思ったのか、あるいはその資格があるのかを見定める為なのかまでは分からないが、ともあれこちら側が挑発されたのは事実である。
『もしくはマスターのことをキモいストーカー野郎と毛嫌いしての行動という線も考えられますが』
『いや、そんなん普通に死にたくなるけどないよね? ないよね!?』
『私の口からはなんとも。しかし、一般的な感性の持ち主がマスターのような顔の怖い筋肉ダルマから急に追っかけられた場合、高確率でマイナス感情を抱くかとは思います』
『お前に慈悲や優しさという機能はないのか!?』
心の中で血涙を流しながら、
「って、そんなんどうでもいいわ! とっとと追いつくぞ!」
自身に発破をかけるように声を上げながら《
白色の霊装外骨格を纏い、アルとの不毛な会話で費やした数秒のロスを取り戻そうと足腰に力を入れた瞬間
「おいおい、そりゃあないぜ」
俺の周囲を囲むようにして現れた黒いモヤ。
それは彼らが、こちら側に降りてくる時の予兆に他ならない。
そう。俺はこの一分一秒を争う最悪のタイミングで「敵」と出くわしてしまったのだ。
◆
『
『全くだ……』
よりにもよってこのタイミングとはな。狙い澄ましたわけじゃないんだろうが、
『急いでいるから見逃してくれって頼んだら、通してくれるかな』
『わざわざ経験値稼ぎに来ている連中が、みすみす
否定の色を含んだアルの問いかけに、俺は苦笑の溜息で答えた。
人間が資源や宝物を目指してダンジョンを目指すのとは対照的に、彼ら精霊がダンジョンに
成長。RPG風に言えばレベルアップ。
精霊達にとって自身をより高次の存在へと高めるということは、あらゆる快楽や倫理にも勝る至上命題であり、本質であり、優先事項なのだ。
幾ら
強くなること、多くの存在に認められること、自分だけの価値を見つけ出すこと。
それが精霊という種族の在り方なのだ。
だから今俺の目の前でさびた剣を構える緑色の肌をした
彼らの瞳には、俺の姿がさぞや「美味しく」見えていることだろう。
「(とはいえ大人しくお前らの肥やしになってやるつもりもないが)」
背中に差した鞘から得物を抜く。
蒼の迷宮に解き放たれたその武器の種別はツーハンデッドソード。両手持ちを想定して作られたサイズ百七十センチの大型剣である。
対精霊用に特殊加工されたぶ厚い鋼の刃の登場に、分かりやすく表情を変えていくゴブリン達。
ダンジョンに出現する雑魚敵達は、「精霊界にいる本体が
だからこの場で負けたところで命の危機に陥るとか、そんな深刻な話にはならないはずなんだが、ダンマギのプロデューサー



