03 火曜日 ①
自宅から学校、美杜大附属高校まで電車通学。
最寄り駅まで一〇分弱歩き、電車に一五分ほど乗って、学校まで五分弱歩く。所要時間三〇分強。
チャリ通もありかなと思ってるけど雨降るとキツいんだよな。
いつも通りの時間の電車が来てドアが開くと、整列乗車に従って並んでいる人たちが前から乗り込んでいく。
自分の前に並んで流れていく人を見ていると……あれは出雲さんかな。同じ駅だったとは。
最後尾だった自分も乗り込むと、まあ満員電車というほどではないが、それなりの混雑。
軽く見回すと、出雲さんの後ろに定年間近のサラリーマンっぽいおっさんがいて、妙に近い。
出雲さん、気が小さい感じだし、こういうの見てるとイライラする……
「おはよ」
スルッと人混みを抜けて、出雲さんとの間に割り込んだ。
「ぁ、ぉはよぅ……」
振り向いた出雲さんが明らかにホッとした表情を浮かべているので、危ないところだったようだ。つか、後ろにいるおっさんが臭い……
一五分の我慢タイムをクリアして電車から降りる。
「大丈夫?」
「ぅん……、ぁの人、匂ぃ嗅ぃできて……」
どんな性癖なんだよ、あのおっさん……
人の匂い嗅ぐ前に自分の臭いをなんとかしろっての。
「良かった。まあ、電車あの時間なら俺と同じだから、ヤバそうなら声かけて」
「ぁりがとぅ……」
こういう時に姉貴がいたら面倒見てもらえるんだけど、入れ替わりで卒業しちゃったからなあ。
◇◇◇
「おは」
「貴様、裏切ったな……」
教室で席に着いたところでナットにいきなり言われた。挨拶ぐらい返せ。
「なんでだよ」
「出雲さんと登校してきただろ」
「あれは同じ電車に変態がいたから助けただけ」
「なんでお前はそんな簡単にフラグを立てられる!」
いやいやフラグとかないから。
だいたい、あれを見過ごしたことが仮に姉貴にバレでもしたら……寒気が走る。
「あのな、ナット。俺は女の子が困ってたら助けないと
「それは知ってる。ところでその美人のお姉さんは元気にしてますか?」
「してるんじゃないの? 女子大の女子寮だから俺からは連絡取れないし……」
電話していいのは女性だけ。父親ですら連絡できないというお嬢様女子大の女子寮。
あの粗暴な姉貴が行っていいのかどうか激しく不安だ。面接通ったのが奇跡って言われたしな。
「ホームルーム始めますよー」
チャイムが鳴り、担任の
「おはようございますー。今日から部活勧誘週間が始まりますのでー、皆さん何かしら興味のある部活に入ってくださいねー」
面倒なことに、うちの高校、美社大附属高校は帰宅部が許されない。
なんで、俺としては趣味に合致した部活を選ぼうと思っている。ま、もう決めてるけど。
ホームルームが終わり、先生が出ていくと、ナットが振り返って聞いてくる。
「お前、もう部活どこにするか決めてんの?」
「電脳部の予定」
学校案内には
IROができればベストだけど、まあ他のゲームでも。ゲームがダメでも配信見るとかはできそうだし。
「お前はどうすんの? やっぱり陸上?」
「そのつもりだけど悩んでてなー」
「ガラでもない」
「うっせ。まあ、遊びたいけど走るのも好きだし。試合とか記録には入れ込まない程度でやる予定」
「運動部系はガチでやると大変だしな」
そんなことを話しているうちに、チャイムが鳴って雑談はお開きになった。
◇◇◇
文化部部室棟の廊下。様子を見に来た一年生や、案内中の二、三年生が結構いる。
「電脳部はここか」
三階建ての部室棟の二階の一番奥が電脳部の部室らしい。
あまり大きな部室ではなさそうだけど、PCは置けてるのか? IROで遊べるかもとか、ちょっと期待しすぎたかな……
とりあえずノックするかと手を上げたところで、先に扉が勢いよく開いてびっくりする。
目の前に現れたのは……胸でかいな。それに合わない黒髪ストレート姫カットの美人だ。二年生の先輩かな。タイの色からして。
自分より背の高い女性は姉貴がチラついて、ちょっと引き気味になる……
「あら? ひょっとして入部希望かしら?」
「えっと、どういう部なのか説明を聞きに。とりあえず部室に来ましたっていう……」
そう言われてニッコリ……いやニンマリという顔をされて背筋に悪寒が走る。
これは逃げた方がいいかもしれな……
「え、いや、ちょっ!」
次の瞬間、腕をがっしりと
「ようこそ電脳部へ。さあ、我が部自慢の設備をご覧なさい」
そう言われて見回した部室内。
一番最初に目に留まったのは、出雲さんの姿だった。
「ぃせくん……」
そう小さく手を振ってくれて、めちゃくちゃホッとする。
「1年B組、伊勢
「あ、はい。えーっと……」
「2年A組の
「どうも」
さすがに先輩に握手を求められると答えないわけにもいかず応じてしまう。
これは今から逃げるわけにもいかないか……
「さあ、改めて部室をご覧なさい」
そういやそうだったと思い出し、改めてちゃんと部室を見回すと……
え、これって最上級のPCとVRHMD!? ってことは、IROできるの?
いやいや、それ以前に普通の部費で調達できるレベルじゃないでしょ、これ。俺が高校入学祝いで買ってもらった最新のPC&VRHMDと同じだし。
「えーっと、部費がお高いようなので辞退させていただきたいかなーと……」
「何言ってるのよ。生徒から部費や機材を徴収なんかしないわ。これは学校からおりてくる部費と、部活動で手に入ったお金で
部活動で? 手に入った? え?
俺の脳内が真っ白になっているのを見てとったのか、香取部長が続ける。
「さて、入ってもらう以上は話さないといけないんだけど、このことは他言無用でね」
そう言って一呼吸置いたのち、
「私のネットでの名は『ベル』。ゲーム実況バーチャルアイドル『魔女ベル』とは私のことよ」
「はあ、なるほど……って、えええええ!!」
ゲーム実況系のバーチャルアイドルは数多くいるけれど、ここ一年で急激にファンを増やして上位勢になった『魔女ベル』がこの香取部長……だと……
もちろんこんなことを他の誰かには言えない。中の人について言及しないのは当然のこと。
がっくりと崩れ落ちた俺の頭が誰かの手で
出雲さんはここに来る前にこれを知ってたのか。いや、驚いたっていう感情を出雲さんがどう表すか想像できないな。
ただ、そういうことなら部室のPCやらVRHMDやらが最新なのも理解できる。
彼女はバーチャルアイドル活動で得たお金、投げ銭や広告収入なんかを部費として還元してるんだろう。
「把握……。中の人などいない……」
「よろしい」
細かく聞きたいことは山ほどあるけど大筋は理解。
俺はゆっくりと立ち上がると、出雲さんにありがとうと声をかけた。
「ぃぃ……」
そう
「二人が顔見知りで良かったわ。出雲さん、人付き合いが苦手そうだものね」
うん、俺もそう思うけど、それ本人の前で口に出す? まあ、出雲さんもコクコク
「さて、伊勢君も適当なところに座って。立ち話もなんだし、お茶ぐらい出すわよ」
香取部長の席は既にいろいろとカスタマイズされた形跡があり、その対面に出雲さんが座っている。
残り空いている席は二つあるので、とりあえず出雲さんの隣に座った。なんか部長の隣は怖い……
「はい、どうぞ」
冷蔵庫まであるのかよ、などと思っている俺と出雲さんの机に置かれたのは……エナドリをお茶って言うな!
「ど、どうも」
軽く引きつった笑いで返してみたものの、香取部長には全く通じてないようだ。



