03 火曜日 ②

 あと、出雲さん、エナドリ飲んで大丈夫なのかな。急にテンション変わったりしそうで不安。


「さて、部の主な活動についてだけど、説明の前に……二人ともウェアアイディは持ってるわよね?」


 ウェアアイディとはPC&VRHMD用の装着者固有番号。

 フルダイブれいめい期に乱立した規格は六条グループの主導によって統一され、共通規格として一本化された。その共通規格に基づく個人データを本人とひもづけるために割り振られたのがウェアアイディ。

 PC&VRHMDを使ったゲームなりソフトなりを使ったことがあれば、必ずその前にウェアアイディを作っているはずなので……


「俺は持ってます」

「はぃ……」


 出雲さんも持ってるのか……って、この部に入ろうっていうなら持ってるか。


「良かったわ。アレの初期設定は面倒だものね。じゃ、部員同士のウェアアイディ交換会と行きましょう」


 あ、しまった。ウェアアイディ交換したら、俺がIROでぼっちプレイしてるのがバレるのでは?

 いやいや、今日からもう配信しなければいいんだよ! もともと配信も人を集めようとかそういうつもりなかったし大丈夫大丈夫!

 香取部長がVRHMDをかぶり、リアルビューモードで起動する。現実世界の方を認識できるように、システムウィンドウだけがホログラム表示されるモードだ。

 そのまま俺と出雲さんに『はよやれ』という表情で促すので、覚悟を決めてVRHMDを被る。

 起動音がすることしばし、こうさい認証が走って俺のウェアアイディでのログインに成功した。ディスプレイネーム『ショウ』は世界的に見ればありふれた名前だから大丈夫だよな。


「じゃ、フレンド申請するのでよろしくね」


 香取部長が右手を俺に向け、左手を出雲さんに向ける。近くにいる人間にフレンド申請する時は、その相手が装着中のVRHMDに手のひらを向けるという手順があるからだ。

 それにしても、香取部長が『魔女ベル』だとすると、相当レアな人がフレンド登録されることになるんだよな。これ熱狂的なファンにバレたら刺されるぞ……

 ポロンと音がして、フレンド申請ダイアログが目の前に現れる。


【最寄りのユーザー「ベル」のフレンド申請を受諾しますか?】

 迷わずに【はい】を押す。ここで【いいえ】を押すと、いったんブラックリストに行ったりして面倒なことになる。ネタでやって痛い目を見るトラップだ。

 右側のフレンド一覧のオンラインの一番上に「ベル」と表示された。同一名のフレンドがいた場合にこの表示をカスタマイズすることもできるが、今のところその必要はない。


「じゃ、伊勢君から出雲さんへ」

「りょっす」


 俺は右手を出雲さんに向けてフレンド申請を送信した。と、出雲さんが固まっているのだが?


「あれ? 送れてない?」

「ぁ、ぃぇ……」


 ポロンとフレンド申請が受理された音がしたので、フレンドリストを確認……「ミオン」って名前なんだ……え?

 いやいや、ミオンって名前ならありふれてるかも? 別人だよね?


「終わったかしら?」

「アッハイ。大丈夫デス……」

「はぃ……」


 香取部長が少しげんな顔をしているが、とりあえず今は置いておく。


「じゃ、ネット上の部室に招待するから入ってね」


 その言葉とともにルーム招待が送られてくる。


【ベルからルーム「美杜大附属高校電脳部部室」に招待されました。入室しますか?】


 ここも迷わずに【はい】を押す。

 リアルビューモードなので特に変化はないが、これがバーチャルビューモードなら仮想の部室が見えるんだろう、多分。


「さて、ログイン中は部屋からでも家からでも、お互いにディスプレイネームで呼び合うことになってるわ。よろし?」

「りょ」


 俺が答え、出雲さんはコクリと頷く。

 まあ、俺が悪友の柏原直斗を常に「ナット」と呼んでるのと同じだ。あいつも俺を「ショウ」って呼ぶしな。

 香取部長は「ベル」で、出雲さんは「ミオン」


 で、出雲さんが俺の配信を見に来てくれてた「ミオン」さんなのか?

 俺のディスプレイネーム「ショウ」を見て、出雲さんが少し驚いていた気がする。

 あれは昨日見てた配信主のディスプレイネームと一致してたから?


「じゃ、まずは各々の自己紹介&プロフィール確認タイムにしましょ。まずは伊勢君、ショウ君からお願いね」

「はい。えーっと、一‐Bの伊勢翔太です。好きなものはもちろんゲーム。今は一昨日から始まったIROやってます」


 俺はそう言ってちらっと出雲さんを見ると……なんかニコニコしてる……

 で、香取部長はというと、うんうんと頷いている。俺のプロフからゲームのプレイ履歴を見てるっぽい。


「じゃ、次は出雲さん、ミオンさんお願い」

『一‐Bの出雲みおです。ゲームの配信を見るのが好きです。最近はIROの配信ばかり見てます』


 シャベッタアアァァァ! ……チャットの合成音声で。

 なるほど。声に出すのが苦手なだけで、ちゃんと考えを伝えようって気はあるんだ。

 まあ、あの「ミオン」さんも普通にお話しできてたしな。で、ミオンさんの声にとても似てる。というかそっくりだ……

 香取部長はというと、何やらニヤニヤしていてどうにも嫌な予感しかしない。

 というか、部活動って「バーチャルアイドル活動」なんだよなあ……。出雲さんをデビューさせようとか考えてたりすんの?


〈今日も配信しますか?〉


 そう耳元で聞こえて飛び上がりそうになる。

 合成音声とは言え、知らない女の子からウィスパー個人間チャットされるなんて初めてなんだよ!


〈あ、うん、するけど。今日もってことは、やっぱり俺の無人島生活を見に来てたミオンさん?〉

〈はい! 楽しみにしてますね〉


 あー、やばい、めっちゃ恥ずい。


「二人ともIROに興味があるようで良かったわ。私はクローズドベータから始めてるし、配信も好評なのでしばらくはこれメインね。

 で、ショウ君はどこをスタートに選んだの? キャラのビルド方針はどういう感じ?」


 やっぱ、その質問来ますよね、ええ……

 まあ正直に話した上で、香取部長が「魔女ベル」である秘密とで相殺してもらうしかないか。

 そんなことを考えていると、部室の扉が静かに開いてスーツ姿の女性が現れた。


「あらー、伊勢君と出雲さんがこの部に入ってくれるんですねー」


 そううれしそうに言うのはうちのクラス担任の熊野先生。国語教師。二七歳独身。ショートボブに赤縁メガネ。ちょっと小柄だが生徒の人気は高いらしい。

 ちなみに卒業した姉貴、伊勢しろの担任だったと聞いている……

 その先生が部室の一番奥のお誕生日席に座った。


「えーっと……ひょっとして熊野先生が顧問です?」

「ですよー。早速フレンド登録しましょー」


 VRHMDを被って認証を済ませたのか、俺と出雲さんに手を向ける。


【最寄りのユーザー「ヤタ」のフレンド申請を受諾しますか?】


 もちろん【はい】を選ぶ。

 フレンドリストのオンライン枠に「ミオン」「ベル」に続いて「ヤタ」が追加された。


「じゃ、先生も来たので部活の説明をしましょうか。せっかくなのでバーチャルビューに行きましょ。ショウ君、鍵をかけてくれるかしら?」

「あ、はい。でも、俺みたいに誰か入部希望で来たりしないです?」


 全員でバーチャルビューに行くと、リアルで誰か来た時に強制的にリアルビューに戻されるので、部屋の鍵をかけるのが基本。けど、部活勧誘時間はまだ終わってないわけで……


「大丈夫ですよー。誰か来てノックしたらわかるようにしてありますからー」


 ヤタ先生いわく、セキュリティーと連動してVRHMD内に通知が飛ぶようになっているらしい。

 部室まで改造済みってことですか……


「りょっす」


 俺が鍵を閉めて元の席に戻ったのを確認し、香取部長が宣言した。


「じゃ、みんなでバーチャルビューに行くわよ」


 リアルビューからバーチャルビューに切り替わる瞬間、普通は目を閉じる。なんかこう、世界が急に変更されるので脳がバグるからだ。


「っと……」


 目を開くとそこは……なんかよくあるRPGの酒場兼食堂みたいなところで、その一角にリアルの席順と同じように座っている。

刊行シリーズ

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