03 火曜日 ③
香取部長は俺も知っている魔女ベルの姿。とんがり魔女帽にローブというお約束ではあるが、この人リアルも美人だったし、正直かなり似合っている。
ヤタ先生はリアルと同じようなスーツ姿。というか、同じ服装、どうやって探したんだろうってぐらいそっくりだ。
逆に俺と出雲さんはデフォルトの男性・女性の衣装だ。姿形も現実の俺たちに近いが微妙に髪型とか髪色とかは変えてある。
俺はアバター衣装に金を突っ込む人間ではないので当然として、出雲さんがデフォ衣装なのには驚いた。もうちょっと着飾ってもいいような……
「さて、二人ともようこそ電脳部へ。まずは、今までの部活動について知ってもらうわね」
香取部長、もとい、ベル部長がパチンと指を鳴らすと、下座の位置にウィンドウが現れ、そこに動画が再生され始めた。
『いえーい! 魔女ベルのIRO実況はっじまっるよー!』
「……」
無言でベル部長を見たが、照れたりする様子も全くなし。
バーチャルアイドルのライブはたまにしか見ないんだけど、同時視聴者数が余裕で万超えるんだな……
昨日の配信なのに再生回数はすでに一〇万を軽く超えてるし、さすがゲーム実況系の上位勢。
やってるゲームはIROだけど、当然、俺が知ってるIROとは全く違う。
普通に街中で買い物をしたり、冒険者ギルドでクエストを受けたり、そのクエストでゴブリンやらオークやらを倒すという普通のMMORPGだ。
それでも、ベル部長のキャラのベルが小ボスクラスを魔法で撃破すると、投げ銭がバンバンと飛んでいる。怖い……
『私たちもベル部長のお手伝いをするのが部活ですか?』
そう、俺もそれが聞きたかった。
ぶっちゃけ、俺はそれでいいかなと思ってる。有名バーチャルアイドルがどういう配信してるのかを間近で見られるのも面白そうだし。
だが、
「それは強制しないわ。もともと備品がしょぼすぎて、電脳部と呼ぶにふさわしくないのをどうにかするための苦肉の策だったもの」
そう苦笑するベル部長にヤタ先生も大きく頷く。
「電脳部は廃部寸前だったんですがー、ベルさんが入ってくれたおかげでなんとか持ち直したんですよー。
それで部費もほぼゼロだったのでー、バーチャルアイドルで部費を稼ぐっていう感じだったんですけどねー。稼ぎすぎちゃった感じですー」
稼ぎすぎちゃったって……さっきの動画を見ただけでも、それは十分わかるけど!
ここの機材費もそれで賄われてるんだろうし、どんだけ稼いだんだよって話……
「んー、じゃ、俺たちは何をすれば?」
「それなんだけど、特にこれがしたいっていうのがなければ、私とは別のバーチャルアイドル活動を始めてみない?」
ということはミオンさんかな?
俺は裏方に徹する感じで……と思いつつを見てみると、彼女もちょっと面食らっている。
『私はゲームをプレイするのは苦手ですし、ショウ君のIROプレイを見ていたいです』
え、あ、うん、まあ、はい。そんな面白いかな、あれ……
「なるほどー、ミオンさんは見る専なんですねー」
「そうそう、その話の途中だったわ。ショウ君はどこ所属で始めたの? 帝国? 王国? 共和国?」
あああああ! うやむやになってた話題に戻ってきた!
どうする? いや、どうしようもないよな、これ?
「えーっと……、その、どこでもないです……」
ちらっとミオンさんを見ると楽しそうな顔をしている。これはバラしてもいいということなの? どうなの?
〈話していいですよ。初めて出会った日のアーカイブはありますか?〉
ウィスパーしてくれるミオンさん。ありがとう……
「どこでもないってどういうことなの?」
「まだキャラクリしたばかりですかー?」
俺は心を決め、
「えっと、これを見てください」
そう言って、初日の配信アーカイブをルームメンバー限定にして再生する。
「え、これって……」
ベル部長は例のワールドアナウンス知ってるっぽいな。
画面ではただの砂浜に降り立っただけの俺が合計30SPもの特殊褒賞を得ている。
部長も先生も俺の初日配信アーカイブに夢中だ。
ミオンさんもまだ配信に来る前だから見てない部分だったんだろう。
独り言ぶつぶつ言ってるのとか見られてめっちゃ恥ずかしい……
と、最後の方に差しかかって、コメント欄にミオンさんが登場した。
「「え?」」
二人同時にそう漏らし、そのまま再生は終了した。
「ひょっとして、今のはミオンさん?」
『はい。たまたま見つけたIRO配信がショウ君だったんです』
「えーっと、ミオンさんがIROの配信を探してたら『たまたま』ショウ君の配信を見つけたってことでいいのかしら?」
『はい。本当に偶然見つけて、なんのゲームだろうって覗いたら』
「じゃ、本当に偶然だったんだ」
いやまあそうだよなあ。偶然以外、見つける方法はなかったはずだし。
「待って。そもそもショウ君はどうやってこの無人島に?」
「はぁ、まあ、それ話すのはいいんですけど、他の人に言わないでくださいよ。特にIROプレイヤーには……」
俺は無人島スタートをする方法と、なんでそんなことをしたのかを話す。
開始時にめちゃくちゃ探しまくって幾つかの上陸可能な無人島を見つけ、そのうちの一つを選んだこと。
そもそも、普通にMMORPGをプレイする気がないからこそ、こんな変なゲームプレイをしているということ。
初日に配信してたのは完全にデフォで配信するの気づいてなかっただけだし……
「なるほど、わかったわ。確かにそういうことなら私たちと一緒にプレイするというわけにもいかないわね……」
ベル部長が考え込んでいる。
今からキャラを作り直して、俺の島に来ようっていう気なの?
それはちょっと無人島の楽しみが減るので勘弁して欲しいんだけど……
「うーんー……」
だが、ヤタ先生は腕を組み、困った顔で
「何か問題がありますか?」
「去年の実績がありすぎるんですよねー。新入部員のお二人にもそれなりの活動をして欲しいんですー。結果が出なくてもしかたないですけどねー」
あー、顧問の立場的にも、部活動としてアピールする場があって、それをしない部員がいるのは困る感じか。
「わかりました。でも、俺が実況プレイってどうなんでしょ? 無人島でのゲームプレイは珍しいかもですけど、プレイ自体は多分すごく地味っすよ……」
ライブやっても人は来ない、アーカイブも再生数一桁ばっかり、とか続くと『結果が出なくても』とはいえ悲しいものが。
ヤタ先生もベル部長もそれについては「いまいち」と思っているのだろう。考え込んでるし。
ふと、ミオンさんを見ると、俺の方を見てニコニコしてた。……謎。
と、ヤタ先生がガバッと立ち上がり、キラキラした目でこう言った。
「ショウ君のプレイをー、ミオンさんが実況して配信はどうでしょー」
「無人島プレイ実況中継という感じでしょうか?」
なるほど。面白いとは思うんだけど、
〈俺はいいけど、出雲さん大丈夫?〉
引っ込み思案っていうか、人と話すの苦手っぽいからなあ。
いきなり大人数を前に
〈やってみます。これを通せばちゃんと声も出せますから〉
〈そう? まあ、無理はしないで〉
〈ぅん、ぁりがとぅ……〉
いきなり生声の方で
◇◇◇
「いい感じに映ったわね。でも、ミオンさん、デフォ衣装しか持ってないのかしら?」
ヤタ先生の指導のもと、ミオンさんがグループ限定での配信を開始した。
二人はバーチャル上のスタジオでセットアップしているが、残る俺とベル部長でその配信を見ている。
画面の中央にバストアップが映ってるのは、いかにもバーチャルアイドルの配信って感じだが、確かに衣装がデフォのままなのはいただけない……
『ミオンさんー、デフォルト以外の衣装は持ってませんかー?』
『持ってないです。服とか興味ないので……』
画面上のミオンさんがそう答える。
まあ、リアルの方でも興味ないんだろうなあって感じだけど、せめて髪はもう少し梳かした方がいいと思うんだよな。
『ベルさん、ちょっと余ってる衣装とか貸せませんかー?』



