第1話 アキラとアルファ ③

 専門性の高い技術も保持しておらず、学校教育等による教養も無い。親もおらず、他の保護者もいない。金も無く、食事も足らず、いつ死んでも不思議は無く、死んでも誰も気にも留めない。そのようなスラム街にはありふれた子供の一人だ。

 荒野を住み処にしているモンスター達は時折都市を襲撃する。真っ先に襲われるのは荒野と接しているスラム街であり、その住人達だ。

 アキラはモンスターの襲撃を三度生き延びた。一度目と二度目の襲撃は、ただひたすら走って逃げ回り、物陰に隠れて生き延びた。名も知らぬ誰かが時間を稼いでくれたおかげで、アキラの代わりに襲われ、食われ、殺されてくれたおかげで、辛うじて逃げ延びた。

 契機は三度目の襲撃だった。その時アキラは犬に似た小型モンスターから逃げ切れず、偶然持っていた拳銃だけで殺し合う羽目に陥った。

 真面まともな訓練も受けていないほぼ素人の腕前で、モンスターの頭部に三発も命中させることが出来たのは、奇跡的な確率の幸運だった。だがその程度の幸運ではアキラが生き延びるには足りなかった。モンスターはその程度では死なず、血塗れの顔でアキラに駆け寄り、獲物を食い殺そうと大口を開けた。

 モンスターの異様に大きな口に腕を食い千切られる前に、アキラは反射的に自身の拳銃をその口に突っ込んで引き金を引いた。

 相手の口内で撃ち出した銃弾が、硬い頭蓋骨の防御を発砲前に突破して、敵の頭部に内側から着弾する。そしてそのまま脳を破壊して絶命させた。

 完全に絶命するまでのわずかな時間に強く嚙まれた所為で、モンスターの歯が腕にかなり食い込んでいた。だがそれでも何とか腕と命を失わずに済んだ。

 三度目の襲撃を生き残った後、アキラはハンターになって成り上がると覚悟を決めた。ハンター稼業の危険性を一応知ってはいたが、自力でモンスターを倒せたことで、自信を、希望を持ってしまったのだ。

 この世界にはハンターと呼ばれる人々がいる。金と名誉を荒野に求める者達だ。

 荒野は都市の外であり、モンスターがうごめく危険地帯だ。安い銃が無駄に出回っている非常に治安の悪いスラム街でさえ、荒野と比べれば遥かに安全。そう思えるほどに危険な場所だ。

 しかし同時にばくだいな金と力をもたらす場所でもある。荒野には旧世界の遺跡が、旧世界の遺物が存在しているからだ。

 人々を襲うモンスターは、現存する旧世界の遺物でもある。生物系モンスターは高度な生体技術の実物例であり、機械系モンスターは貴重な機械部品の宝庫だ。都市に持ち帰れば相応の金になる。

 更に遺跡から極めて貴重な遺物を持ち帰れば、都市すら買える大金が手に入ることも有る。現在でも稼働し続けている旧世界の遺跡、特に軍事施設等を掌握して完全に制御できれば、国を興すことすら可能だ。

 有能なハンターは持っている力も金も桁違いだ。危険な遺跡から貴重な遺物を持ち帰るごとに金と力を増していき、より危険で稼げる遺跡に向かう。

 その繰り返しの果てに、異常なまでに高性能な旧世界製の装備で武装し、旧世界の技術を取り入れた高度な兵器を保持するまでに成り上がった者は、時に都市すら超える権力と戦力を持つ個人に成り得る。

 アキラは確かに自力でモンスターを倒した。だがそれはモンスターだらけの荒野から生還できる確率がゼロでは無くなったという程度の意味でしかない。

 しかしそれでも賭けに出るには十分だった。スラム街で現在の生活を続けていれば、いずれは死ぬのだ。そこからがる為には、賭けに出るしかないのだ。

 その日、アキラはハンターを目指して立ち上がった。今日よりましな明日を目指して。



 アキラは得体の知れない美女と出会った後、その時の余りの出来事の所為で呆然とし続けていた。その側で彼女はアキラが平静を取り戻すのを微笑みながら待っていた。

 そのまましばらく時間が流れた。アキラの理解を超える状況はいまだ継続中だ。しかし自身を害するような出来事は何も起こっていないので、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。そしてある程度まで混乱が治まった辺りで、アキラの目の焦点が虚空から眼前の彼女の顔に戻った。

 彼女はそれに気付くと、アキラに改めて微笑んだ。


『大丈夫? ちゃんと私のことが見える? 私の声も聞こえている? ここはどこ? あなたは誰?』


 受け答えが出来る程度には冷静さと平静を取り戻したアキラが怪訝な表情で問いに答える。


「……見えてるし、聞こえてるし、ここはクズスハラ街遺跡で、俺はアキラだ」


 彼女がとても嬉しそうに笑う。


『良かった。私はアルファよ。よろしくね』


 アキラがアルファに対する警戒心を下げる。えず、自分を害する様子は無い。得体の知れない存在であることに変わりは無いが、敵意が無いのなら過剰に警戒する必要も無い。今は遺跡の中にいるのだ。余分な警戒心はモンスターなどの直接的な敵への警戒に振り分けた方が良い。そう判断したのだ。


「……それで、アルファさん? は、幽霊じゃ……ないんだよな? 触れないけど」

『そうよ。証明しろって言われても困るけれど。理解してもらえないことや、ある程度の語弊を前提に説明すると、あなたが見ている私は拡張現実の一種なの』


 話を明らかに理解できていないアキラに対して、アルファが笑って少し詳しく説明する。

 脳が視覚と聴覚を処理する過程に外部から追加の情報を送り込むことで、アキラにアルファが実在するように認識させている。

 アキラの脳には特異な形式の情報に対応した無線の送受信機能があり、その追加情報を取得している。それが生まれ付きのものか、何らかの変異によって生成されたものなのかは分からない。

 この会話も空気振動を介さずに、脳が声帯に出す指示情報と、聴覚に割り込ませた音声情報をりして実現している。互いの視認も同様の方法で行っている。

 アキラはアルファからそれらのことを要約して説明された。だが全く理解できなかった。それはその表情からアルファに正しく伝わった。

 アルファが更に要約して、最低限の内容に纏めて言い直す。


『私の姿はあなたにしか見えない。私の声もあなたにしか聞こえない。だから気を付けないと虚空に向かって話し掛ける変な人だと思われる。取り敢えず、それだけ分かっていれば良いわ。あと、私のことはアルファでいいわよ。私もアキラって呼ぶわね』


 アルファは説明の最中もアキラに微笑んでいた。その微笑みにはスラム街に住む薄汚い子供に対する侮蔑も警戒も哀れみも全く無い。それがアルファに対する評価を上昇させていたことに、させられていたことに、アキラは気付いていなかった。


「……分かった。それで、アルファはこんな場所で何をやってるんだ?」

『ちょっとした頼み事があって、私を知覚できる人を探していたの。最低でも、私と話が出来る人をね』


 そこでアルファが少し残念そうに笑う。


『その人がハンターだと更に都合が良かったのだけれど、まあ、そこまで都合良くはいかなかったわね』


 するとアキラが少し戸惑った様子を見せる。


「えっと、何でハンターだと都合が良いんだ?」

『その頼み事の内容が、所謂いわゆるハンター稼業の依頼のようなものだからよ。あ、別にハンターではないと絶対駄目って訳ではないのよ? だから話を聞いてほしいの。良いかしら?』


 アルファは表情を笑顔に戻して話を続けようとした。アキラが少し迷った後に、躊躇ためらいながら答える。


「その、俺は一応ハンターなんだけど……」


 アルファが少し驚いた様子を見せる。


『え? アキラはハンターだったの? そのとしで? ハンター歴はどれぐらいなの?』

「い、いち」

『一年?』

「……一日。今日、ハンターになりました……」


 アルファが微妙な表情を浮かべる。二人の間に沈黙が流れていく。


「……いや、何でもない。忘れてくれ」


 アキラは既にハンターとして生きていく覚悟を決めていた。だから自分がハンターであることを隠すようなはしたくなかった。

 しかしハンターとしての実力も無いのに、他者にハンターだと名乗るのは良くなかったかもしれない。そう思い直して自身の発言を取り消した。

 ハンターとは呼べない者に用は無いだろう。アキラがそう思って立ち去ろうとする。

刊行シリーズ

リビルドワールドIX〈上〉 生死の均衡の書影
リビルドワールドVIII〈下〉 偽アキラの書影
リビルドワールドVIII〈上〉 第3奥部の書影
リビルドワールドVII 超人の書影
リビルドワールドVI〈下〉 望みの果ての書影
リビルドワールドVI〈上〉 統治系管理人格の書影
リビルドワールドV 大規模抗争の書影
リビルドワールドIV 現世界と旧世界の闘争の書影
リビルドワールドIII〈下〉 賞金首討伐の誘いの書影
リビルドワールドIII〈上〉 埋もれた遺跡の書影
リビルドワールドII〈下〉 死後報復依頼プログラムの書影
リビルドワールドII〈上〉 旧領域接続者の書影
リビルドワールドI〈下〉 無理無茶無謀の書影
リビルドワールドI〈上〉 誘う亡霊の書影