第1話 アキラとアルファ ④
だがアルファは笑ってアキラを呼び止めた。そして意欲的に話を続ける。
『そう言わずに話ぐらい聞いてもらえないかしら。これも何かの縁。折角出会えた訳だしね』
真面なハンターを名乗れる実力などアキラには無い。それはアルファも分かっている。しかし他に自分を認識できる人間がいないのも事実だ。更に現時点でアキラの実力が極めて未熟であることは、長期的に見ればアルファにとってマイナスの判断材料ではなかった。
『依頼内容は、私が指定する遺跡を極秘に攻略すること。報酬として私がアキラをいろいろサポートしてあげるわ。これは前払分よ。更に成功報酬として、遺跡を攻略したら、高額で売れる旧世界の遺物を進呈するわ』
予想外の内容にアキラが思わず声を大きくする。
「本当か!?」
アルファはアキラの反応に内心でほくそ笑みながら、外では自信を感じさせる好意的な笑顔を浮かべる。
『本当よ。はっきり言って、こんな
アキラの中の
(……第一、俺みたいなガキを騙して何の意味が有るんだ? 俺に金なんか無いことぐらい見れば分かるだろう。それとも俺をからかっているだけか? それに仮に本当だとしても、こんな得体の知れない相手からの依頼なんて引き受けても良いのか?)
そう疑った後で、アキラは自分にとって当たり前のことに気付いて、考えを改めた。
得体の知れない相手だからこそ、何らかの裏や事情が有るからこそ、自分に話を持ち掛けているのだ。普通の人間が自分など相手にするはずが無いのだ。ならばチャンスは生かすべきだ。そう考えて、覚悟を決めた。
「分かった。どこまで出来るか分からないけど、俺はその依頼を受ける」
アキラは自分でも驚くほどに強い覚悟を込めて、ハンターとして、初めての依頼の承諾を告げた。
アルファがとても嬉しそうな表情を浮かべる。
『契約成立ね』
そのまま微笑みを絶やさずに話を続ける。
『では、早速前払分のサポートを始めるわ』
そして、突然その表情を極めて真剣なものに変えた。
『死にたくなかったら、10秒以内に右のビルの中に飛び込みなさい』
「急に何を言って……」
アキラは怪訝な顔でもっと詳しく聞こうとした。だがアルファの有無を言わせぬ真剣な表情に、思わず言葉を止めた。
『……8、7、6……』
その間にもアルファのカウントが進む。
「……ッ!」
その瞬間、アキラは即座に全力で右のビルに向かって走り出した。
それを見送るアルファの表情が不満げなものに変わる。
『……遅い』
アルファにとって、アキラが行動に移るまでに要した時間は、自身が要求する基準に満たないものだった。だが出会って間も無いことや、一応間に合ったことを考慮して、現状では及第点と評価する。
カウントが始まってからちょうど10秒後、遺跡の奥から飛んできた砲弾がその場に着弾した。爆炎がアルファの姿を包み込み、瓦礫が四方に飛び散っていく。
それが収まった時、アルファの姿は消えていた。吹き飛ばされたのではない。瞬時に移動したのでも無い。初めから、そこに実在などしていなかった。
◆
アキラがビルの中に飛び込んだ瞬間、背後から爆発音が響いた。爆煙混じりの爆風が体の横を駆け抜けていく。
驚いて爆発音の方向へ振り向くと、つい先程までいた場所が砲弾による攻撃で半壊していた。固い地面に亀裂が走っており、その周囲が焼け焦げていた。あと数秒あの場に留まっていれば確実に死んでいた。それを理解させるのに十分な光景だった。
アキラは突然の出来事に恐怖よりも先に
「い、今のは……」
アルファは先程と同じ真剣な表情で階段を指差している。
『次は階段を駆け上がって。8、7、6……』
「……ッ!」
アキラが必死の形相で階段に向かい急いで駆け上がる。背後から再び爆発音が響く。爆風が階段を通ってアキラを追い越していく。階段を必死に駆け上がっていると、先回りしていたアルファが踊り場で上を指差していた。
『上階へ急いで。5、4……』
アキラは悲鳴を上げている肺と両脚の抗議を無視して、全力で階段を駆け上がり続けた。
その様子を見たアルファは、今度は大分速かったと判断して、わずかに笑った。
◆
アキラはその後もアルファの指示通りに走り続け、息も絶え絶えの状態でビルの屋上に
そしてアルファにある程度近付いたところで、相手の微笑みにも、手招きの動作にも、先程のような緊急性は無いことに気付いた。すぐに走る速度を大幅に落とし、限界に近付いていた息を整え始める。そしてアルファの側に着くと、大きく息を吐いた。
「……アルファ。さっきのは何だったんだ?」
屋上の端に立つアルファが、微笑みながら下を指差す。
『いろいろ説明する前に、まずは自分で見た方が早いわ。ゆっくり下を見て。少しずつ、静かにね』
アキラが怪訝な顔で指示通りに下を見る。そして顔を大きくしかめた。その視線の先では、先程アキラを襲ったモンスター達が何かを探すように地上をうろついていた。
モンスター達の体長は2メートルほどで犬に似た外見をしている。それだけならば
アキラは前に戦ったモンスターに似た犬の群れを見て、あれには銃器の類いは付いていなかったと思いながらも顔を歪める。
「何なんだあれは……」
『あれはウェポンドッグよ。元々は都市部の警備を行う為の人造生物で、体から銃火器とかが生えているけれど、あれでも機械ではなくて生物側なのよ』
アキラが視線をアルファに戻すと、アルファが悠長に解説を続ける。
『多分街の警備の為に生成された個体で、この辺りの警備を受け持っていたのでしょうね。個体差も有るけれど、成長するに従って背中から生える火器が強力になるのよ。あのミサイルポッド付きの個体が群れのリーダーだと思うわ』
聞いて損の無い内容だが、アキラは別にモンスター達の解説を求めた訳ではなかった。それでも聞いてしまえばいろいろ疑問も湧いてくる。
「何で生物から銃火器が生えるんだよ。おかしいだろ?」
アキラの素朴な疑問に、アルファがちょっとした豆知識を教える感覚で答える。
『生体部分がナノマシンの保持保有機能を兼ねているから、金属
専門家が聞けば驚愕するであろう貴重な知識を聞いているのだが、アキラにはその価値も内容も分からなかった。辛うじて理解できたことは、生物から銃器が生えるという不可解なことにも、一応説明可能な原理が存在するということだけだ。
アルファの表情は襲撃時の真剣なものから余裕を持った微笑みに戻っている。アキラはそのアルファの様子から恐らく今は安全なのだろうと判断して緊張を解き、
アルファが得意げに笑いかける。
『どう? 私のサポートが有って良かったでしょう? あのままあの場に残っていたら死んでいたわよ?』
「……分かってる。おかげで死なずに済んだ。ありがとう」



