第1話 アキラとアルファ ⑤
モンスターの襲撃による興奮と動揺の名残。死ぬ気で走って乱れた呼吸。得体の知れない人物への捻くれた警戒。助けてもらった感謝。とにかく落ち着こうとする意志。アキラはその
アルファは魅力的な微笑みでアキラの警戒心を
『どう致しまして。私の高性能ぶりを
「ああ」
アルファが非常に大切なことを伝えるように、相手を見詰めながら一度しっかりと
『アキラには私が指定する遺跡を攻略してもらうわ。ここではない別の遺跡で結構な高難易度よ。はっきり言って、今のアキラの実力で攻略するのは不可能。私の凄いサポートが有ったとしても途中で確実に死ぬわ。生還どころか生きて辿り着くことすら無理。だからアキラにはその前段階として、遺跡攻略の為の装備と技術を手に入れてもらうわ。それを当面の目標にして……』
話が長々と続きそうな気配を感じて、アキラが少し言いにくそうに口を挟む。
「あの、ちょっと良いか?」
アルファが愛想良く微笑む。
『何? よく分からないところが有ったら、遠慮せずに何でも聞いて』
アキラはアルファの妙な愛想の良さにわずかにたじろいだ。そして躊躇い気味に尋ねる。
「そうじゃなくて、その、それも大切な話だってことは分かるんだけど、今後の予定とかこれからの話は後回しにして、まずはここから生きて帰る為の話を優先してもらっても良いか?」
アルファが話を止めて意味有りげに微笑む。そしてアキラを無言でじっと見続ける。アキラがわずかに表情を固くする。
(……不味い。途中で口を挟まない方が良かったか?)
ウェポンドッグ達は今もビルの周囲を徘徊している。いつまでも屋上に隠れ続ける訳にもいかない。何とかしてこの窮地を乗り越えなければ、アキラにはこれからなど存在しない。
その不安と焦りから思わず口を挟んだのだが、そもそもアルファの機嫌を損ねれば、この窮地を乗り越える手段そのものが消えかねないことに、アキラは今更ながら気付いた。
アキラの顔に焦りと不安が
『分かったわ。私も落ち着いていろいろ話を聞きたいし、まずはここから脱出してクガマヤマ都市まで戻りましょう。話の続きは遺跡を出てから。それで良い?』
「ああ。頼む」
生還の見込みが大幅に増えて、アキラは安堵の息を吐いた。
だがその安堵を
『それなら今から下に戻って』
アキラが驚きで吹き出し
アルファはそのアキラの様子にも全く動じずに少し先に進んだ後、自分の指示通りに動こうとしないアキラに向けて、催促するように手招きする。
『どうしたの? 早く行きましょう』
我に返ったアキラが慌てながら抗議する。
「いや、ついさっきそこから逃げてきたんだろう!? 何でそこに戻るんだ!? 下にはまだモンスターがうろついてるんだぞ!?」
『指示の理由を懇切丁寧に説明しても良いけれど、ゆっくり移動しながらにしましょう。アキラが私のサポートを信頼できないって言うのなら仕方無いけれどね。無理強いはしないわ』
アルファはそう言い残すと、アキラを置いてビルの中に続く出入口の方へ歩いていく。
銃器も生えていない一匹と戦っても死にかけたのに、下には銃器を生やした群れがいる。その死地へ戻る恐怖がアキラの足を止めていた。
だがアルファの姿がビルの中に消えるのを見ると、歯を食い縛ってその後を追う。
自力で都市まで生還する自信は無い。そして少なくとも先程の死地を乗り切れたのはアルファのおかげだ。だから一見無謀であっても、その指示に従うことが、生還の可能性を最も上げる選択のはずだ。今はそう信じて、得体の知れない人物の
ビルの中に入ると、アルファが出入口のすぐ側で、待っていたと言わんばかりに微笑んでいた。アキラは妙な敗北感と気恥ずかしさを覚えながら、階段を下りていくアルファの後に続いた。
一度必死に駆け上がった階段を、今度はかなりゆっくりと下りていく。途中で何度も一時停止を指示されてその都度立ち止まり、再開の指示を受けて再び下りていく。
「……それで、何で下に戻るんだ? 危なくないのか?」
『凄く危険よ』
アルファはあっさりとそう答えた。一瞬絶句したアキラが、慌てて聞き返す。
「ちょっと待ってくれ! 危険なのか?」
『モンスターが徘徊している場所よ? 安全な訳が無いでしょう?』
「そ、それはそうだけど、そういう話じゃないだろう。ちゃんと説明してくれ。移動しながらなら懇切丁寧に説明してくれるんだろう?」
『アキラがクズスハラ街遺跡からクガマヤマ都市まで無事に生還する為には、まずはこのビルから脱出する必要が有るわ。アキラに屋上から飛び降りても死なずに済むような実力が有るとは思えないから、階段を使って下りる必要が……』
説明するまでも無いことまで細かく話そうとするアルファに、アキラは不満と不信を覚えて顔をしかめると、少し強い口調で口を挟む。
「分かった。これだけ教えてくれ。アルファの指示通りに動けば、俺はちゃんと生きて帰れるんだな?」
アルファが真顔で答える。
『アキラが自力で何とかするよりは、高い確率で生還できると思うわ。上でも言ったけれど、無理強いはしないわよ。私の指示を信用できないのなら、私もアキラをサポートしないわ。するだけ無駄だからね』
アルファはアキラをじっと見ながら返答を待っている。アキラの返答次第でアルファとの関係は決裂だ。
しばらくしてから、アキラが少し自己嫌悪気味に項垂れながら答える。
「……ごめん。悪かった。アルファの指示に従うから助けてくれ」
アルファが機嫌を直したように微笑む。
『分かったわ。改めてよろしくね』
危なかったと内心で安堵したが、それでも不安は残る。アキラがおずおずと尋ねる。
「……あと、出来れば不安を抑える為に、あの指示の理由をなるべく分かりやすく、簡潔に要点だけでも教えてほしい」
『良いわよ』
あっさりそう答えたアルファが、その理由をずらずらと羅列していく。
ウェポンドッグの行動パターンには個体差がある。敵を見付けるとどこまでも追跡するもの。特定の範囲から出ないもの。敵を見失った場合に周辺の索敵を続けるもの。すぐに持ち場に戻るもの。様々だ。
それらの個体の差異を見極めた結果、あの時点でアキラが下に戻れば、帰り道で遭遇するモンスターの数が激減すると判断した。
ウェポンドッグの火器の弾薬は体内の製造臓器から生成されている。そして体内に保持できる弾薬量には限りがある。保有している弾薬を一度使い切ると、新しい弾薬が生成されて火器に再装填されるまで時間がかかる。
その間なら、たとえまたウェポンドッグに見付かったとしても、走って逃げる途中で後ろから撃ち殺される可能性が大分下がる。
食い殺そうとしてくる可能性もある。だが嚙み付けるほどの至近距離なら、威力の低い拳銃でも倒せる可能性が増える。
その大きな要素に加えてその他あらゆる要素を比較検討した結果、下に移動するという指示を出した。
アルファがそれらのことを説明した後で、笑って
『かなり簡潔に説明したけれど、もう少し詳しい方が良いかしら?』
長い。アキラはそうも思いながらも、それを先に聞いていれば違っていたとも思い、まだ少し不満げな様子を見せていた。
「……いや、十分だ。……その説明を屋上でしてくれれば良かったのに」
するとアルファは、幼い子を説き伏せるように微笑みながら付け加える。
『危険な状況では、悠長に説明している余裕が無いことの方が多いのよ。例えば、アキラが3秒後に眉間を撃ち抜かれるとして、そのことを丁寧に説明していたら回避行動までの猶予は何秒あると思う? ゼロよ』
「そ、それはそうだけど……」



