第1話 アキラとアルファ ⑥
『伏せて、と、端的に指示しても、何でだって、聞き返されたら結果は同じ。私はアキラに触れられないから、アキラを力尽くで床に伏せさせることは出来ないの。私の端的な指示に対して即座に動けないのなら、やっぱりアキラは死ぬわ』
自分の死を持ち出されて黙ってしまったアキラに、アルファが微笑みながら更に付け加える。
『ちなみに、私が今こうして説明しているのも、今ならある程度は安全だと判断したからなのよ?』
「……。分かりました」
アキラはアルファの話に納得しつつ、聞けば聞くほど自分の短慮を指摘する内容が返ってくる気がして、やや項垂れて頷いた。
一階まで戻ってきたアキラが表情を険しくする。そこには先程自分を殺しかけた攻撃の跡が生々しく残っていた。すぐに周囲を見渡してモンスターがいないことを確認する。そして大丈夫そうだと判断すると、軽く息を吐いて緊張を緩め、その表情を和らげた。
だがその緩みと安堵も、アルファが再び真剣な表情で話し始めるとすぐ消え去った。
『アキラ。これから遺跡を脱出するのだけれど、私が今から言う指示をしっかり聞いて、そして可能な限りその指示通りに動いて。私の指示以外の行動を取るたびに、死ぬ確率が上がるわ。分かった?』
「あ、ああ」
『今から30秒以内に、全力でビルの外に走り出して。ビルを出たら左に曲がって、そのまま何があっても振り返らずに全力で
「……わ、分かった」
悠長に指示の理由などを聞いていれば時間切れになる。それぐらいはもうアキラにも分かっていた。強く念押ししたアルファに、アキラは怯えと緊張の混ざった険しい表情でしっかりと頷いた。
アルファがアキラに道を譲るように横に移動する。そしてアキラを見ながらビルの出口を指差した。
アキラが引きつった表情でビルの外を見る。そこにも先程の攻撃の跡が残っている。死地の光景だ。
今からそこへ勢い良く飛び出さなければならない。必死になって逃げ出した場所へ駆け出す為に、意気込みを乗せて少し前傾姿勢を取る。しかし足は床に貼り付いたままだ。
アキラは
アルファが秒読みを始める。
『5、4、3……』
時間切れになったらどうなるのだろうか。アキラは一瞬だけその結果を想像して、覚悟を決めてビルの外へ駆け出した。
半壊した高層ビルの谷間を全力で走り続ける。とにかく急いで走り続ける。すぐに息が切れ、走る速度が落ち始める。それでも必死に走り続ける。心肺機能が悲鳴を上げる。舗装された固い地面を蹴り続けている両脚が痛みを訴える。その痛みを我慢してひたすら走り続ける。
辺りにモンスターの姿は無い。誰かが交戦しているような音なども聞こえない。アキラは少しだけこのまま全力で走り続けることを疑い始める。
辺りの静寂が遺跡の中には自分しかいないと伝えているように感じられる。肺と脚と心臓が罵声を浴びせながら休息を要求し続けている。アキラは苦痛を訴える身体の要求に、ある程度耳を傾けながら走り続ける。
前方には何もいない。後方からも何も聞こえない。もう大丈夫なんじゃないか。そのような思考が無意識に浮かび、わずかに気が緩み始める。その途端、走り続けて
もう大丈夫だろう。わずかに緩んだ頭が吐いたその言葉に流されて、アキラはちょっとだけ休息しようと立ち止まり、後方の安全を確認する為に振り返った。あれ程念押しされたのにもかかわらず、アルファの指示に逆らってしまった。
アキラが硬直する。その視線の先、少し離れた場所には、大型モンスターの姿があった。群れではなく一匹だけだったが、その巨体の迫力はアキラを襲ったウェポンドッグの群れを超えていた。
そのモンスターは少し前に見たウェポンドッグに似た外見をしていた。背中からは巨大な大砲を生やしている。しかし犬の部分は群れを作っていたウェポンドッグ達とは異なり、8本脚で脚の位置も非対称という、全体的に
犬に似た歪んだ頭部には、右には縦に二つ、左には一つの目が付いていた。目の大きさも
だがそれらの目は、アキラの姿をしっかりと捉えていた。
モンスターが大口を開いて
飛び散った瓦礫が爆発の衝撃の大半を受け止めて、更に残りを分散させて周囲に伝わる衝撃を軽減していた。そのおかげでアキラは弱い爆風を浴びただけで済み、負傷を免れた。
モンスターが背中の大砲をもう一度撃とうとする仕草を見せる。だが砲弾は発射されなかった。弾切れだ。すると大口を開いて再び咆哮を上げ、不揃いな脚でアキラを目指して走り出した。
アキラは振り返ってモンスターの姿を見てから、ずっと呆然と立ち尽くしていた。モンスターが走り出した後も動けずにいた。
『走って!』
アルファの姿はどこにも見えないが、声だけはアキラの耳に強く響いた。その叱咤でアキラがようやく我に返る。即座に死に物狂いで走り始めた。
だが既に大分接近を許してしまっていた。振り返らずに走り続けていれば、もっとモンスターとの距離を稼げていた。事前の警告通り、アキラはアルファの指示に逆らったことで、自分が死ぬ確率を大幅に上げてしまった。
苦痛という全身からの訴えをアキラは全て無視して走り続けた。後方から聞こえるモンスターの足音はどんどん大きくなっている。
歪な脚部の所為でモンスターの走りは比較的遅い。おかげでまだ追い付かれずに済んでいる。だが巨体を支える脚で地面を踏み付けるたびに、地を揺らし
その音が響くたびに、振動が伝わるたびに、アキラの精神が容赦なく削り取られていく。その脚で踏み潰されたらひとたまりもないことは確実だ。
必死に走り続けるアキラの横にアルファが現れる。わずかに浮いて滑るように併走しながら、真剣な、だが少し
『だから振り返るなって言ったのに。聞いていなかったの?』
アキラが必死の形相で訴える。
「悪かった! 次はちゃんとする! だから何とかしてくれ!」
『分かったわ。私がタイミングを指示するから、振り返って銃撃して』
その無謀とも思える指示に、アキラが思わず顔を強く歪めて叫ぶように聞き返す。
「銃撃!? あんなやつ相手にこんな拳銃でどうしろって言うんだ!?」
アルファが
『嫌なら良いのよ。無理にとは言わないわ』
「お願いします!」
アキラは貴重な呼吸の機会を消費して叫ぶように答えた。アルファが少し満足げに微笑む。
『下手に狙おうと思わないで。正面に銃口を向けて、素早く全弾撃ち尽くすこと。タイミングが命よ。可能な限り合わせて。良いわね?』
「分かった!」
アルファが指を折りながら秒読みを始める。
『5、4、3……』
このままなら死ぬだけだ。もうやるしかない。アキラが必死の表情でそう覚悟を決める。
『……2、1、ゼロ!』
合図と同時にアキラは素早く振り返り、狙いも付けずに銃を構えて即座に引き金を引いた。
ちょうど銃口の先の位置に、モンスターの巨大な眼球が存在していた。至近距離で発砲された弾丸が、眼球を突き破ってモンスターの頭部に撃ち込まれた。
アキラは半狂乱に近い状態で撃ち続けた。次々に撃ち出される銃弾がモンスターの頭部の中身を搔き回し、多大な損傷を与えていく。
だがそれほどの負傷を与えても、モンスターはその強靭な生命力で即死を免れていた。しかし



