第1話 アキラとアルファ ⑦
絶命したモンスターの巨体がその場に崩れ落ちる。それでもアキラは全弾撃ち尽くした拳銃をモンスターに向けたまま引き金を引き続けていた。モンスターの頭部から流れ出る血と完全に動かなくなった巨体を見て、ようやく引き金を引くのを止めた。
「……た、倒せた……のか?」
アキラは荒い呼吸を続けながら、本当に倒したのかどうか確証を持てないまま、警戒しながらモンスターを見続けていた。そして息が整い始め、興奮も少し治まってきた辺りで、流れ出る血に沈んだ巨体の様子を改めて見て、ようやく倒した実感を得た。
『アキラ』
そのままへたり込もうとしていたアキラが声の方へ顔を向ける。そして少し緩んだ表情で礼と謝罪を告げようとする。だが微笑みながら遺跡の外を指差しているアルファを見て、再び顔を引きつらせた。
『10秒以内に……』
アキラは最後まで聞かずに必死の形相で走り出した。
アルファはそのアキラをその場で見続けていたが、不敵に微笑むと忽然と姿を消した。後にはモンスターの死体だけが残された。
迫ってくるモンスターから死に物狂いで逃げていたアキラには気が付く余地など無かったが、逃げるアキラの背後では様々なことが起こっていた。
モンスターはアキラにしか見えないというアルファの姿を知覚しており、アキラのすぐ後ろにいたアルファを食い殺そうとしていた。
アルファは自身の姿を
モンスターは確かに嚙み付いたのにもかかわらず、その感触が全く無いことに混乱し、わずかに動きを止めてしまった。
アルファはその隙を
ウェポンドッグの群れはアキラがアルファの依頼を引き受けた途端に現れた。遺跡の外を目指して必死に走り続けるアキラがその関連性に気付くことは無かった。
◆
ウェポンドッグの襲撃から何とか脱したアキラは、その後も必死に走り続けて、クズスハラ街遺跡の外まで何とか辿り着いた。そこもまだそれなりに危険な場所ではある。だがそれでも遺跡の中よりは安全だ。
アルファは先回りをしていたかのように姿を現してアキラを迎え入れた。疲労でへたり込んでいるアキラに優しく話し掛ける。
『休んだままで良いけれど、話の続きをしても良いかしら? アキラには私が指定する遺跡を攻略できるほどの装備と実力を身に着けてもらう。ここまでは良いわね?』
アキラが荒い呼吸を整えながら頷く。
「ああ。続けてくれ」
『装備はお金を稼いで買うか、遺跡に潜って手に入れることになるわ。実力の方は、訓練と実戦で身に着けるしかないわね。安心して。私のサポートによる最高品質の訓練が受けられるから、すぐ上達するわ』
アキラには訓練の内容が全く予想できない。だが自信満々に説明するアルファの様子から、とても効果的な訓練を付けてくれるのだろうと思った。
「それは凄く助かるけど、そこまでしてもらって良いのか?」
『気にしないで。これも報酬の前払分よ。それにアキラに私の依頼を完遂してもらう為だから、私の都合でもあるの。前払分だからって
「わ、分かった。出来る限り努力はする」
アキラはアルファの不敵な微笑みに訓練の過酷さを感じてたじろぎながらも、しっかりと頷いた。
アルファも満足そうに頷く。
『当面の目標は、高性能な装備を手に入れる為にも稼げるハンターになることよ。アキラにはハンターオフィスにハンター登録だけを済ませた自称ハンターを早く卒業してもらわないとね。……一応聞くけれど、ハンターの登録はもう済ませたのよね?』
アキラが懐からハンター証を取り出す。見るからに安っぽい紙切れに、東部統治企業連盟認証第三特殊労働員の文言と、ハンターとしての認証番号、登録者の名前が記載されていた。
アルファがその幾らでも偽造できそうなハンター証を見て、一応確認を取る。
『……ハンター証って、そんな安っぽい作りのものだったかしら。勘違いしないで。別にアキラの話を疑っている訳ではないの。ハンター証として使えるなら問題無いわ。……大丈夫よね?』
「……大丈夫だと思う。多分」
ハンター登録を済ませた時、施設の職員からハンター証として渡されたのは間違いなくこの紙切れだ。
だがそのハンター証から漂う何とも言えない安っぽさを改めて指摘されると、アキラもだんだん不安になってきた。
『どこでハンター登録を済ませたとか、いろいろ聞いても良い?』
「分かった」
アキラはその時の様子をアルファに話しながら、嫌な出来事も一緒に思い出してわずかに顔を歪めた。
アキラはクガマヤマ都市の下位区域にあるハンターオフィスでハンター登録を行った。
スラム街の外れにあるその派出所は、潰れかけの酒場のような外観だった。看板は半分壊れており、文字も薄れている。それでもハンターオフィスのマークだけは一応視認できる状態で残っていた。それが無ければ、そこが派出所だと気付くのも難しい状態だ。
アキラの応対をした職員はまるでやる気の感じられない風体をしていた。
ハンターオフィスの職員は東部でも人気の職種で有能な者が多い。だがその男からそのような雰囲気は感じられない。人気職とはいえスラム街付近の勤務を嫌がる者は多く、この男も左遷されてここに流されてきたのだ。やる気も能力も相応だった。
アキラが緊張しながら職員に手続きを頼む。
「ハンター登録に来ました。登録の処理をお願いします」
職員が面倒そうに舌打ちをした後で読みかけの雑誌を脇に置く。そしてスラム街の子供への応対を明らかに嫌がっている様子を見せながら職務を進める。
「……名前は?」
「アキラです」
職員が手元の端末を操作する。近くのプリンターから安っぽい紙に印刷されたハンター証が出力されると、雑な手付きでそれを取り、アキラに投げ渡す。そして仕事は済んだとばかりに再び雑誌を読み始めた。
アキラは受け取ったハンター証と職員を交互に見ながら困惑していた。ハンター登録にはもっといろいろな手続きがあると考えていたのだが、名前を聞かれただけで終わってしまったからだ。本当にハンター登録が済んだのか不安になり、思わず声に出す。
「お、終わり?」
職員が嫌そうな表情で雑誌からアキラに視線を移す。
「終わりだ。とっとと帰れ」
「名前を聞くだけで終わり? 他にもいろいろ聞いたりするんじゃ……」
職員が心底面倒だという表情で、手でアキラを追っ払う仕草をしながら言い放つ。
「すぐにくたばるお前から、何か聞くことでも有ると思ってるのか? どうでも良いやつのどうでも良い情報なんかどうでも良いんだよ。別にお前の名前だってどうでも良いんだ。規則だから聞いてるだけで、偽名だろうが何だろうが知ったことか」
アキラは既に知っていたはずの自身への評価を再認識して、ハンターオフィスから黙って出ていった。
アキラはアルファにハンター登録時のことを話し終えた。そのアキラが自分のハンター証をじっと見ている。その目には、現状を理解しつつ、そこから意地でも這い上がろうとする意志が込められていた。
アルファがアキラを元気付けるように微笑む。
『取り敢えず、訓練は読み書きからね。情報の取得は非常に重要よ。安心しなさい。私のサポートは超一流だから多少の読み書きぐらいすぐに習得できるわ』
「分かった。頼む。……何で文字が読めないって分かったんだ?」
『そのハンター証だけれど、登録者の名前が、アジラになっているわ』
その雑な仕事とどこまでも軽んじた対応に、アキラは思わずハンター証を握り潰してしまいそうな自分を必死に抑えていた。
アルファが苦笑しながら提案する。
『取り敢えず、クガマヤマ都市に戻りましょうか。話の続きはそこでしましょう。読み書きの勉強が終わるまでは、私が代わりに読んであげるわ』
アキラは黙って頷いた。ハンター証を仕舞い、クガマヤマ都市へ向けて歩き出す。アルファも並んで歩いていく。



