第2話 覚悟の担当 ②
スラム街を無料の食料で生き延びた者達は、その善意の見返りを支払うことになる。配給場所であるスラム街の立地の所為で、時折都市を襲撃するモンスター達と真っ先に戦う羽目になるのだ。
人間を食い殺すようになった変異動植物や、人間を攻撃対象にする自律兵器などを相手に、スラム街に不自然にばらまかれている銃火器と新鮮な自身の肉体で、都市の防衛隊が駆除を終えるまでの時間稼ぎを強いられる。強制ではないが、どちらにしろ逃げ場など無い。
それを繰り返せば、襲撃を生き残った者達から、モンスターと戦えるほどの実力を身に付ける者も出てくる。その者達は大抵ハンターとなり、
つまりアキラはある意味で、都市の思惑通りにハンターを目指したのだ。
力の無い者は逃れようのない選択を強いられることもある。だが選んだのはアキラ自身だ。選ばされたのだとしても、そこに後悔は無かった。
サンドイッチの味は微妙だった。無料であることと安全性
ハンターとして成り上がり、安全で美味しい食事を毎日食べる。アキラは味も安全性も微妙なサンドイッチを食べながら、その夢を
アルファは優しく微笑んでいた。
◆
再びクズスハラ街遺跡にやって来たアキラが、アルファの案内で遺跡の中を進んでいる。
遺跡は道の一部が倒壊したビルの瓦礫などで埋まっている所為で、注意しないと下手な迷路より迷いやすい。また乱立している廃墟の中が遺跡に適応したモンスター達の住み処になっていることもある。一帯にモンスターによる独自の生態系が構築されている場所もある。
遺物を求めて遺跡に入るハンター達は、その過程でその障害となるモンスター達を撃退する。時には奥に進みやすいように遺跡内の道の整備なども行う。そして強力なモンスターと遭遇し、返り討ちに遭って命を落とす。
それらの繰り返しにより、遺跡は奥部ほど進みにくい地形の上に、棲息するモンスターも強力になる傾向にあった。当然、到達者も少なくなるので、貴重な遺物も大量に残っている。つまり、奥部ほど危険で稼げる場所になりやすいのだ。
アキラもそれぐらいは知っていたので、昨日は遺跡の外周部、それもかなり外側の辺りを探索していた。
しかし今日はアルファの勧めで遺跡の奥を目指していた。流石にアキラも躊躇したが、自信満々な様子のアルファに説得されて、結局はその提案に従うことになった。
奥に進まなければ高額な遺物は手に入らない。自分が案内するので、アキラがその指示に従う限りは大丈夫だ。アルファにそう言われてしまうと、アキラも引き下がるのは難しい。成り上がる為にハンターになった。そしてアルファと取引してここにいる。そのアルファが一定の安全を保証しているのに先に進めないようでは、成り上がることなど出来ないからだ。
初めの内はアルファの指示通りに黙って進んでいた。しかししばらくすると、アキラは少しずつアルファを
廃ビルの壁に背を付けながらゆっくり進む。指定されたビルの中に、見えている出入口からではなく、近くの瓦礫の山をよじ登って窓から入る。その後すぐに先程見えていた出入口から外に出る。同じ道を何度も通る。しばらく道の中央で立ち止まる。同じ道を数回往復してから奥に進む。それらを指示通りに続けてはいたが、無駄なことを繰り返しているようにしか思えなかった。
ウェポンドッグに襲われた時、アルファの指示を無視した結果死にかけた。そして無謀にも思える指示に従って生き延びた。その経験もあって、指示の理由を一々聞くのもどうかと思い、黙って指示に従っていた。
しかし一見無意味に思える行動を取るたびに、わずかな不信感が少しずつ積もっていく。
そして、アキラは遂に耐え切れなくなった。
「……なあ、アルファ」
『何?』
「もしかして、道に迷ってたり、適当に進んでたりしてないか?」
アルファがはっきりと答える。
『していないわ』
「……本当に?」
『本当よ』
「同じ道を何度も通っている気がするんだけど……」
『その必要が有ったからよ。危険なルートを
アルファは軽く微笑んでそう答えた。アキラの顔がわずかに歪む。
「……俺の所為なのか?」
『そうよ』
アルファは再びそう言い切った。そのはっきりとした口調と態度には、アキラの反論を封じる程度には説得力があった。しかし溜まっていた不満と不信を払拭するほどではなかった。
その後もしばらく遺跡の中を進んでいく。そしてある路地の出口の手前で、アルファが振り返って再び似たような指示を出す。
『戻るわよ』
「……またかよ」
アルファがアキラの横を通っていく。アキラもいい加減うんざりしながらも振り返って後に続こうとする。しかしそこで、ふと足を止めてしまった。
路地の先には大通りが見える。アキラはその先の様子が気になってしまった。その先の光景を見て、引き返すだけの理由を少しでも発見できれば、今までの一見無意味に思える指示にも納得して、不満も一気に解消するはずだ。そう思ってしまった。
(……ちょっと、ちょっとだけだ。ほんの少し見るだけだ)
アキラはそう言い訳して、路地から少しだけ顔を出して警戒しながら大通りを見た。しかしそこには今までの光景と大して変わりのない荒れ果てた遺跡の姿が広がっているだけだった。
(……やっぱり何も無いじゃないか)
アキラが更に不満を募らせた瞬間、アルファが非常に強い口調で叫ぶ。
『すぐに戻りなさい!』
その直後、アキラの視界の先、その中の何も無いように見える空間から、何の前触れも無く轟音と
大型口径の弾頭がアキラから少し離れたビルに直撃する。ビルはその一撃で爆音、爆風、衝撃と共に半壊した。大量の巨大な瓦礫が辺り一帯に降り注ぐ。その衝撃で地面が揺れ、アキラの足下を強く揺らした。
余りの驚きで固まっているアキラをアルファが怒鳴り付ける。
『急いで戻る! 死ぬわよ!』
我に返ったアキラは死ぬ気で走り出した。路地は周辺のビルに砲弾が着弾した所為でかなり揺れており、瓦礫まで降り注いでいた。そこを必死に走り続けた。
アキラはアルファの指示に従ってさほど離れていないビルの一室に何とか避難した。砲撃音と振動はいまだに続いている。天井から
アルファが厳しい表情と声をアキラに向ける。
『今のは危なかったわ。危うく死ぬところだったわ。私の指示通りに動いていれば、あんな目に遭うのは避けられたのよ?』
アキラは部屋の隅で項垂れていた。しばらく黙ったままだったが、ようやく小さな声で答える。
「……ごめん」
その短い謝罪には強い自己嫌悪が籠もっていた。その声も誰でもすぐに分かるほどに暗く沈んだものだった。
アルファが厳しい表情を少し
『指示の内容に不満が有ったのかもしれないけれど、私はアキラの不利益になるような指示は出さないし、後で細かく質問してくれれば、アキラが納得するまで答えるわ。何を話せば良い?』
アルファが笑顔で促すが、アキラは黙ったままだった。アルファの笑顔が少し陰る。だがすぐに相手を気遣うように微笑む。
『……昨日出会ったばかりでいろいろと信じられないところは有ると思う。それは仕方無いわ。でも私もアキラが死んだら凄く困るの。だから死なせない為に最善を尽くすわ。難しいかもしれないけれど、出来れば、それだけでも信じて』



