第4話 旧世界の幽霊 ⑦

 死を眼前にして、普段大して使われていない脳が生き残りを賭けて全力で稼動する。死の直前の、見るもの全てがゆっくりと動く世界の中で、ハッヒャは気付いた。


(……全部、罠だったのか?)


 自分がアキラに奇襲された時にアルファが余所よそをしたのは、自分の注意をアキラから逸らす為。微妙な位置で立ち止まって通路を指差したのは、自分に無駄弾を使わせる為。指差すのを止めたのは、自分の弾倉交換を止める為。自分に向けて微笑むのは、その美貌で自分の注意力を落とす為。

 その気付きが、アルファの服装、この場に来るまでの道順、案内時の歩く速さ、その他の様々なさいなことすら、全て自分を殺す為の罠だったのではないかと、生き延びるのに何の役にも立たない無駄な思考を続けさせた。死のふちで貴重な思考力と時間を、無意味な疑心暗鬼で浪費させた。それにより、ハッヒャのわずかに残っていた命運は完全に尽きた。

 ハッヒャが恐怖に歪んだ笑みで呟く。


「……誘う……亡霊」


 その直後、ハッヒャはアキラに眉間を銃撃されて絶命した。最後に見たのは、アキラに寄り添うように立ちながら冷酷に微笑むアルファの姿だった。





 ハッヒャの通信機からカヒモの声がする。


「ハッヒャ。何があった? ガキは始末できたのか?」


 アルファがアキラに釘を刺す。


『返事をしては駄目よ。相手にいろいろ気付かれるわ』


 アキラはうっかり声を出さないように注意しながら頷いた。


『早速彼の装備を剝がしていただいておきましょう。これで武器が増えるわ』


 ハッヒャの装備を取得したことで、アキラの装備は不格好ながらも、拳銃だけという貧弱な状態から大分向上した。


『次は、向こうの窓から彼を投げ捨てて』


 アキラが意外な指示に少し驚く。アルファは変わらずに笑っていた。



 カヒモは廃ビルの一階で険しい表情を浮かべて状況を推察していた。


(銃声から交戦は確実。その後、返事は無し。……まさか、死んだ、か? また馬鹿をやって奇襲を受けたのか? いや、流石にそれは……)


 確認に行くべきか、このまま撤退するべきか、カヒモは迷っていた。


(……もしこれが何らかの誘いだったとする。どこからが誘いだ? 俺達がこのビルに来たこと自体、向こうの思惑通りだったとしたら? 噂の遺物なんて初めから存在しなかったとしたら? あのガキがあの女を見えるハンターをこのビルに誘って、殺して装備と遺物を奪っていただけだったとしたら? このビルがその狩り場だったとしたら? だとしたら、あのガキをただのガキとみなすのは危険だ……、いや、考え過ぎか?)


 遺跡の怪談。それらがカヒモの警戒と疑念を深めさせ、意識を撤退に誘導していく。そしてその視線を無意識に出入口へ、ビルの外へ向けさせた。

 その視線の先に、突如ハッヒャの死体が落ちてきた。身ぐるみ剝がされた死体が地面に激突して大きな音を立てる。


「ハッヒャ!?」


 カヒモは思わずハッヒャに駆け寄ろうとして、ビルの外に出る寸前で足を止めた。


(装備が奪われている。ガキは生きていて、ハッヒャの死体をわざわざ外に、ここに捨てた。つまり、俺の位置を間違いなくつかんでいる……)


 カヒモが憎々しい表情で頭上を見上げる。そこには天井しかない。だがカヒモはその先に、ハッヒャに駆け寄った自分を撃ち殺そうと銃を構えているアキラの姿を思い浮かべた。


「……舐めやがって!」


 相手は子供、という油断や慢心がカヒモから完全に消え去った。意識を切り替えてアキラを殺しに動く。情報端末を取り出して操作すると、ハッヒャの情報端末の位置が表示された。その反応は移動しており、アキラがハッヒャの情報端末を持っていることを示していた。


(やっぱり上にいたか。相手の居場所を把握しているのは自分だけ。そう勘違いしているのなら好都合だ。裏をかいてやる)


 カヒモは薄くわらいながらビルの中を駆けていった。



 二人組の襲撃者の片方を撃破したアキラは、残るもう一人の撃破作戦を進めていた。次の奇襲場所に到着すると、すぐにアルファから指示を受ける。


『アキラ。あのナイフを出して。売らずに残しておいたやつよ』

「これか?」


 取り出したナイフは、以前にクズスハラ街遺跡で取得したものだ。刃が丸められており、切れ味など無いに等しいように見えるが、アルファから正しく使用すれば様々なものを容易に切断できると教えられていた。


『それよ。その柄の下の方に少し出っ張っている部分が有るでしょう? そこを拳銃で撃って』


 アキラがナイフを床に置いて銃を構える。そしてアルファが指差す部分に銃口を近付けて、照準を正確に合わせた。


「……一応聞くけど、撃ったら壊れるよな?」

『そうよ。壊すの。正確には安全装置だけをね』

「ちょっともったいい気がする。これも旧世界の遺物だろう? 売ったら結構な金になるんじゃ……」

『必要経費だと思って割り切りなさい。代わりにアキラが三回ほど命賭けで危ない橋を渡る方法も有るけれど、そっちにする?』


 どこか楽しげに不敵に微笑むアルファの顔を見て、アキラは黙って引き金を引いた。



 カヒモがハッヒャの情報端末の位置を確認する。反応はもう10分以上同じ場所から動いていない。そこで待ち構えているのか。或いは何らかの罠か。両方の可能性を考えて慎重に進んでいく。

 ハッヒャの情報端末は通路の真ん中に放置されていた。カヒモがその情報端末を拾って怪訝な顔をする。


「……バレたから、ここに捨てただけか?」


 この情報端末で位置を摑まれていることに気付いていないのならば、こちらから奇襲を掛ける。こちらが迷い無く近付いてくることで相手がそれに気付いたのならば、この情報端末を囮にして奇襲を掛けてくるはず。その奇襲を読んで、油断している相手を逆に返り討ちにする。そう考えていただけに、これは意外だった。

 カヒモの表情が険しくなっていく。この場にいる自分を通路の陰などから隠れて狙撃するのは困難だと理解している。だがその上で嫌な予感は全く消えず、むしろ更に高まっていた。敵は必ず奇襲を仕掛けてくる。その予想は正しいと勘が告げていた。そして、それは正しかった。

 次の瞬間、カヒモは胴体を両断された。防護服は全く役に立たなかった。上下に分かれた体が崩れ落ち、切断面から内容物をらしながら床に転がった。

 カヒモは驚愕と激痛の中、絶命までのわずかな時間で、近くの壁が横に大きく裂かれていることに気付いた。何かが自分を壁ごと両断したのだと、薄れつつある意識の中で理解する。そして、その具体的な方法を考察し終える前に、息絶えた。



 横に裂かれた壁の向こうでは、アキラがナイフを横に振った状態で固まっていた。

 銃撃で柄を部分的に破壊したナイフをアルファの指示通りに振るった瞬間、刀身から放たれた青白い閃光がカヒモを壁ごと切り裂いた。

 アキラの立ち位置ではナイフの刃が壁に届くことはない。だが壁には長さ5メートルほどの裂け目が生じている。幅1センチほどの隙間から壁の向こう側が見えている。切断部からは煙が立ちこめていて焦げた臭いが漂っていた。ナイフの刀身は振るった直後に塵となって崩れ落ちた。

 アキラは柄だけになったナイフを握って半ば呆然としている。その側でアルファが笑って軽く頷く。


『よし。殺せたわ。もう大丈夫よ』

「……え、あ、うん。そうか」


 アルファの態度はを済ませただけのような軽いものだ。それを含めて、アキラは状況に理解と意識が追い付かずに戸惑っていた。そしてこの状況を作り上げた物を、柄だけになったナイフを改めて見る。


「アルファ。このナイフって、何なんだ?」

『何なんだ、と言われてもね。旧世界製のナイフよ。一般人向けに製造、販売されていた品ね』


 アルファは何でもないように答えた。だがアキラは怪訝な表情を更に強くする。


「旧世界では、一般人向けのナイフに壁を両断できる機能が必要なのか?」

『別に壁の両断が主目的ではないわ。切れ味とか、その性能の維持とか、そちらの向上を目指したら、結果的に壁も両断できるようになっただけよ。安全装置を破壊しないとあんな真似は出来ないわ』

刊行シリーズ

リビルドワールドIX〈上〉 生死の均衡の書影
リビルドワールドVIII〈下〉 偽アキラの書影
リビルドワールドVIII〈上〉 第3奥部の書影
リビルドワールドVII 超人の書影
リビルドワールドVI〈下〉 望みの果ての書影
リビルドワールドVI〈上〉 統治系管理人格の書影
リビルドワールドV 大規模抗争の書影
リビルドワールドIV 現世界と旧世界の闘争の書影
リビルドワールドIII〈下〉 賞金首討伐の誘いの書影
リビルドワールドIII〈上〉 埋もれた遺跡の書影
リビルドワールドII〈下〉 死後報復依頼プログラムの書影
リビルドワールドII〈上〉 旧領域接続者の書影
リビルドワールドI〈下〉 無理無茶無謀の書影
リビルドワールドI〈上〉 誘う亡霊の書影