03:地獄の片隅で笑う

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 地獄広場って、知ってる?


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 別にそれはあの世のナンタラって訳じゃない。

 都内某所のビルに囲まれたような、でもそこそこ広い広場なんだけど、線路を挟んだ向こうには出版社とか、映像関係のプロダクションとかライターの事務所とか、そういうのがある訳だ。

 そして線路向かいにあったデカいビルが、不況のナンタラでおっ潰れて無くなって、そしたら区の方で何を考えたのか、向かいにも広場を作ってしまった。

 ついでにまあ広場に歩道があったせいもあろう、ふみきりでその広場をつなげてしまったのだ。


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 区としては、要望に応えた、というところだろう。

 何しろ線路がもズバっと渡っていて、行き来が面倒なのだ。

 ここは広場同士なので、当然、車の行き来もなければ、近くに信号などもない。

 立地として、この周辺に踏切があると、非常に助かるだろう。というか私もかなり助けられた。

 いやホント、しめきり間際まで粘るとか、郵送の回収時間が過ぎてるとか、そういうとき、対岸にソッコで渡れる場ってのは、すごがたいんですよ……。


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 だけどここは時折、地獄になる。

 朝、午後の入り際、そして夕方から夜の断続的なタイミングで、電車がひっきりなしに来て、開かずの踏切が発生するのだ。

 ジャジャーン、って感じですよコレ。


「やせいの開かずの踏切があらわれた!」


 野生じゃねえよ、公的だよ。まあいい。


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 当たり前だけど踏切ってとにかく強敵。超強敵。

 こっちがパワーをいくらめても「がまんをしいる」を連続で掛けてくる。

 すごいぞー、キツイぞー。

 たまに踏切によって向こうとこっちで生き別れになった親子がいて、子供が向こうで噴水浴びてキャッキャキャッキャ遊んでるのにお父さんが「ああああ! 開かない! 早く!」って焦って熱中症で運ばれていったのとか、ホントよくある。

 私は日傘で「噴水で遊ぶ子供とか、天使かよ……」って見ててお父さんが後ろで倒れたの気付かなかった御免な子供。子供がこっち見て悲鳴上げるから、私ったら踏切待ちで軽くはんにゃ化してんのかと思ったけど違ったな。良かった。よくない。お父さんは軽症でした。セーフ。いやこれもアウトか。

 でも、時折、ソロでやってる自分の横に並んだオヤジが「速くしろよ……!」って言うのは凄く同意だがその場で足踏みするな。可愛かわいいじゃねえか。そいつも倒れた。


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 強すぎるだろう、踏切……。

 だが、踏切無双で地獄広場となった訳じゃない。この前、テレビのレポーターが来ていて、


「ここは熱中症の人がよく出るので地獄広場って地元では呼ばれてるんですよォ」


 とか言ってたけどそいつも倒れた。

 踏切容赦ねえ。

 つーかビルの反射光でこんがり両面焼きになるんだから、水飲んでても明るいところでレポートすんなよ。日の光の下に出ていいのは噴水で遊ぶお子様たちだけだ。

 でも女のお子さんを連れて来てる保護者。噴水結構各所からドバア出るけど、その上に立たせてるのやめてくれ。何だ、その、事故ったらどうすんだって、見ててハラハラする。

 男子は構わん。目覚めが噴水だったとか、詩的じゃないですか。水の妖精に誘われた、ってやつですよ。その後の人生が大変そうだけど、世界各地の噴水巡りとか、風呂のシャワーを頑張ってくれ。

 私は何を応援してるんだ。まあいいか。


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 地獄ってのは、アレだ。

 向こうは仕事の現場というか、元締め達の多い場所。

 こっちは、広場を囲むビルの一階部分を見てもわかるけど、喫茶店とか、食事処が多い。

 つまりこっちで「書く」。

 向こうで「形にする」。

 って訳だ。

 でも、それが何で地獄なんだって?


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 踏切が出来たせいだ。

 ちょっと離れた駅まで行って、そこを橋として渡るのが、昔の通例だった。

 だけどここに踏切が出来たせいで、こっちが「速い」と、そう思う。

 実際、その通りだ。こっちを通れば十分以上の短縮になる。


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 開かなくなったとき、最大で三十七分、足止めを食らう。


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 今は電子でデータを送れるから大丈夫、って話もある。

 実際、編集部など行き来しなくても、昔から仕事出来る体制は作ってあった。

 だけどそういう現場だけじゃない。

 出版でも、打ち合わせや、色校の確認など、実際に赴いたり見なければならないものは多く、紙を使う異業種では、IT化が遅れてることもあって、更にそういう傾向が高い。


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 問題なのは、このところの帰宅用特急とか、平日観光とかで、突発的にその状況が発生することだ。

 なので、いつも大丈夫だから、と油断していると、肝心なときに食らう。

 ついでに言うと最寄りの駅は〝あの路線〟と繫がっているので、そっちで痴漢が出たりするとソッコでこっちにも被害が出る。あの路線、ホントよくやらかすからなー。

 いかんぞ埼京線。


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 そんな訳で、午後五時に間に合わせる、とか言ってると、地獄を見るときがある。

 踏切待ちしているとき、いきなり膝をついて「ああああああ!」とか言い出したやつがいたらそれだ。

 地獄に落ちたのだ。

 そういう連中は、大体がその前から相手先にスマホで連絡とっていたりして、運が良ければ向こうがの糸を垂らしてくるんだけど、たまに蜘蛛の糸がコードレスなときがあってつまり死ぬ。

刊行シリーズ

川上稔 短編集 パワーワードの尊い話が、ハッピーエンドで五本入り(1)の書影
川上稔 短編集 パワーワードの尊い話が、ハッピーエンドで五本入り(2)の書影
川上稔 短編集 パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り(1)の書影
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