プロローグ はじまりは婚約破棄から ②

 陰で忌み子と蔑まれ、呪われた子供として周囲から忌み嫌われた、レイユエール王国の第三王子。

 アルフレッド・バーグ・レイユエール。


「……ッ!? アルフレッド……? 何を笑っている!」

「いやぁ……ね? 兄上があまりにも俺の都合よく動いてくれたので、つい」

「な、なんだと……!? どういうことだ!」

「だから、そこのルシルとかいう女のことですよ」


 アルフレッドは、レオルの裏で隠れて小動物のようにおびえている少女に指を向ける。


「ま、言わせてもらうと……前々から邪魔だなぁって思ってたんですよ」

「…………ッ……!? まさか、貴様がルシルを……!?」

「さあ? 何のことやら。ただ……人間って面白いですよねぇ。ちょっとつつけば簡単に俺の思惑通りに踊ってくれるんですから」


 さながら悪人のように。いや、幼少の頃から交友のあるシャルロットからすれば『かなりおお』に、悪人面をしているように見えた。それでもレオルの目からすれば指名手配されている極悪人のようにでも映っているらしい。拳を握り、敵意をむき出しにしている。


「アルフレッドッ! いくら第三王子たる貴様とて、今の発言は聞き捨てならんぞ!」




「なんと! もしやあのルシルなる娘に対する非道は、アルフレッド様が……!?」

「いや、ありえるぞ。アルフレッド様は王族の中で唯一のこくはつこくがん……」

「あの忌み子ならば確かに……」

「元よりあまり良い噂も聞かぬお方。不思議ではない」

「それだけではない。シャルロット様を陥れようとしたのでは?」

「あり得るな。むしろ、シャルロット様が平民を陥れるよりも現実味がある」



 場の流れが、明らかに変わった。

 先ほどまでのシャルロットは、『平民を虐げていた加害者』だった。

 しかし今や不思議なことに、『極悪人の第三王子に陥れられた被害者』となっている。

 まるで魔法のように、場の空気が塗り替わったのだ。

 たった一人のが登場したことによって。


(アルフレッド様が……ルシルさんを陥れた?)


 そんなはずがない。頭の中に浮かんだ疑問を、すぐさま否定する。

 彼のことは知っている。婚約者の弟であるが故に幾度も顔を合わせ、言葉も交わしてきた。

 推測するに彼は、あえて悪人を演じている。

 なぜか? 決まっている。シャルロットを救うためだ。

 陥れられた少女を救う英雄ヒーローが存在しないのならばと、自ら悪役として振る舞ったのだ────シャルロットを救うために。


「くっ……アルフレッド! いくら弟とて許さんぞ! よくもルシルを……!」

「やだなぁ、兄上。俺がやったなんて証拠があるんですか? ありませんよねぇ」

「よくもぬけぬけと! 貴様なら、そんなものいくらでも隠蔽できよう!」


 確かに出来るのだろうが、隠蔽する証拠など元からあるはずがない。

 何しろシャルロットもアルフレッドも、そんなことをしていないのだから。

 最初からありもしないものを消せるはずもないのだ。


「じゃあどうします? 証拠もない俺を罪人として縛り上げますか? シャルロットにしたように」

「…………ッ! お望みならばそうしてやろう!」

「ハッ。おもしれぇ……やってみろよ」

「忌み子が……貴様には痛みをもって分からせる必要がありそうだな────衛兵! 奴を捕らえよ!」


 それからは、パーティーどころではなかった。

 戸惑いながらも第三王子を捕らえようとする衛兵と、華麗に逃げ回る第三王子の『追いかけっこ』が始まり、パーティーは中止。その場の全てがになってしまったのだから。

 ただ、一つ確かなことは────シャルロットという罪なき少女が、一人の悪人ヒーローの手によって救われたという事実だけである。



 パーティー会場を所狭しと走り、駆け、跳ねる。

 俺は構わずうろちょろとしているが、衛兵の方は場が場なだけに動きづらそうにしている。それもそうだ。王宮主催のパーティーで参加者はお偉いさん揃い。下手に傷つけようもんなら問題だ。

 いかに数の利が向こうにあれど、地の利は俺にある。


「アルフレッド!」


 レオにぃえ、王家の指輪に宿る魔法の力が吹き荒れた。

 ……そろそろ潮時か。会場も程よくかき乱せたことだし。


「俺はこの辺で失礼させていただきますよ。兄上」


 左手。魔法球シュート魔指輪リングを発動。風の魔力弾を発射し、ガラスを派手に粉砕する。


「では、せいぜいお幸せに」


 最後に一礼して、俺は夜の闇へと身を躍らせた。


「よっ、ほいっと」


 屋根から屋根へと飛び移り、最後に王宮の庭に着地。衛兵たちをけたことを確認する。


「お見事お見事。いやぁ、今日もまた大暴れでしたねぇ。アル様」


 夜闇に紛れて庭に着地したところで。

 ぱち、ぱち、ぱち、と。主人を敬う気が欠片かけらほどもなさそうな拍手が俺を出迎えた。

 塗りつぶされた黒い夜闇から浮かび上がるようにたたずんでいたのは、俺と同い年のメイドだ。

 たとえるなら、あちこちをきまわす気まぐれの猫のような。あるいは、小悪魔のような少女。

 王宮の私室に戻る道中、彼女もまた俺の傍に控えるようにしてついてくる。


「わざわざ悪ぶっちゃって。かっくいー。ひゅーひゅー」

「おいコラ。それが主人に対する態度か、マキナ」

「えー。ちゃんと主人をわっしょい持ち上げてるじゃないですかー。しかも、アル様が会場を抜け出すことを見越して先回りして待ってたんですよ? けななメイドじゃないですか」

「うるせー。ただサボりたかっただけだろ」

「あ、バレちゃいました?」


 ぺろり、と舌を出して悪びれもせずに言うのもまたいつも通りである。

 メイドらしさなど欠片もないが、俺が部屋に戻った後はさりげなく堅苦しいパーティー用の上着を脱がしてくれる。よどみないその所作は違和感の一つも抱かせない。普段の言動さえ除けば、メイドとしては一流だ。


「シャルロットは」

「見張らせています。特に連絡もないんで、無事っぽいですね」

「ならいい」

「いやぁ、それにしてもよかったですねぇ、アル様。マジめでたいじゃないですか」

「何がだよ」

「初恋の人をカッコよく助け出せて」

「ぶふっ!?」


 むせた。盛大に。あ、やべっ。せきがとまらん。


「げほっ! ごほっ! ……お、お前なぁ! いつの話をしてんだよ!」

「尊敬しているレオル様が婚約者とあっては自分がかなうわけもないし、何よりレオル様だからこそ任せられると自分に言い聞かせて、やっとこさ諦めをつけたと思ったらこれですよ。大逆転ってやつじゃないですか? やったね、アル様!」


 そう言って、俺の右腕たるメイドは、ばちこーん、と無駄に華麗なウインクを決めやがった。


「で、どうします? このまま略奪愛っちゃいます?」

「するか! 寝る! 寝るからお前も休め! 以上!」

「りょーかいでーす。そんじゃま、お休みなさいませアル様。せいぜい良い夢を」


 最後にたたき込んだ言葉も軽く受け流し、マキナは優雅に一礼して部屋を後にする。


「…………そんなんじゃねーよ」


 薄暗い部屋の中。思わずこぼれたつぶやきを拾う者は、誰一人としていなかった。



「……で? 結局パーティーは中止になったと。そういうことか?」

「あ、ハイ。そういうことっス」


 数日後。王宮に戻った国王オヤジに呼び出され、自分の口で騒動の件を報告させられた。

 部下が報告をしてくれていたはずだが問答無用ということらしい。

 まあ、呼び出されたといっても親父本人がここにいるわけではない。執務室の机の上に、偉そうに鎮座しているはといちいるのみ。全身に淡い光をまとうこいつは、魔法によって生み出され、魔力で形作られた親父の使い魔だ。今は遠方に居るため、こうして使い魔ごしに話しているに過ぎない。

 しかし妙だ。本来ならもっと早く呼び出されてもおかしくはないと踏んでいたが……思っていたよりも日が開いた。いや、まあ。怒られるのが嫌だからラッキーとか思ってたんだけど。

刊行シリーズ

悪役王子の英雄譚3の書影
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悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~の書影