第一章 首輪 ⑦
「見ての通り、訓練の見学だよ」
「鍛錬の参考に?」
「そんなんじゃない。ただ自分の眼で戦力を確認してるだけだ。数字の上だけじゃ分からないこともあるし、いざって時、力量に見合わないことをさせても期待した成果が得られないからな」
もちろん、戦では何が起きるか分からない。いつでも万全の状態で挑めるとは考えていないし、時には力量に見合わないことをさせねばならない時もある。それでも力量を把握しているのとしていないのとでは、作戦の成功率も変わってくる。
「たとえばあそこの右側で剣を振ってる奴。あいつは落ち着きがあって重心も安定してる。剣の太刀筋も正確だが、ちょっと反応が鈍い。じっくり戦うタイプだから速度のある相手には苦戦するだろうな。逆にその隣にいる奴は脚が速い。けどちょっと振り方が雑だ。癖も分かりやすいから、対処もされやすいのが課題だな」
「えっ……もしかして、ここにいる兵たち全ての実力を把握しているんですか……?」
「最低限の情報は頭に叩き込んでる。流石に新人までは把握しきれてないけど」
「…………」
なぜか急にシャルが黙り込んでしまった。
「ね? やべーでしょ、アル様。変態なんですよ」
「ご主人様を変態呼ばわりか、バカメイド」
「やーん。こわーい」
と、マキナといつものやり取りをしていると、不意に訓練場にいる兵たちからの視線を感じるようになった。どうやら気づかれたらしい。まあ、これだけ騒いでりゃ当然か。
「……皆さんがアルくんを見ているようですが……でも、なんだか……」
「明らかに歓迎はされてないですねぇ……」
「いつものことだ」
「いつもの……? どういうことですか? だってアルくんは第三王子で……」
「生憎と、俺は王族の中でもダントツの不人気でね」
「色々やらかしてきましたからねぇ……しかも、今日訓練してるのは大半がレオル様派の兵だし。よくもまあこんなところに見学に来ますよね、アル様も」
「うるせぇ。……邪魔してもアレだし、そろそろ退散するか」
モチベーションを下げて訓練に影響が出ては元も子もない。
そう思って席を立った瞬間だった。
「アルフレッド! 貴様、ここにいたか!」
訓練場にレオ
「アルフレッド! こちらに来い!」
めんどくさいなぁ……本当なら言葉を交わす間もなく逃走したいところだが、学園をサボってまで乗り込んできたとなると簡単に逃がしてはくれないだろうなぁ……。それどころか捕まえるまで追いかけてきそうだ。
「仕方がない……観念するか」
「マジですかアル様。よくもまあ、アレの相手をする気になりますね」
「第一王子に向かってアレとか言うなよ」
「わたしの主はアル様だけなんで。他の連中は知ったこっちゃありませんね」
サラッとこういうことを言うんだよなぁ……マキナは。
「はあ……全く。そのスタンス、誰に似たんだか」
「そりゃあ、アル様ですよ。つまりアル様はメイド教育に悪影響を与えるんです」
「なんだそれ」
王族としてはロクでもない人間という自覚はあるので、悪影響と言われれば自分でも否定しきれないのが困るところだ。
「……ま、いいや。じゃあ俺は言ってくるから、シャルを頼むな」
「承知しました」
婚約破棄からまだ日が浅い。どの道、シャルとレオ
「アルくん……あの……」
「気にすんな。レオ
心配そうなシャルに見送られつつ、訓練場で仁王立ちになっているレオ
「何だよ、レオ
「兄に対する言葉遣いを直せと、何度言えば分かる」
「……何の用ですか兄上。わざわざ学園をサボってまで」
いつからだっけ。『レオ
ま、こっちの喋り方が王族としては正しいんだろうけど。
「貴様が尻尾を巻いて逃げなければ、わざわざオレが出向くことも無かったのだがな」
「そーですか。それはお手間をかけてしまいましたね。じゃ、お帰りください。俺は忙しいんです。主に人間観察で」
「ルシルに対して非道を行った貴様を正さぬまま、オレが帰るとでも思ったか?」
「またその話ですか。で、証拠は出たんですか?」
「何だと?」
「だから、俺がルシルとかいう女を陥れたという証拠ですよ。把握している限りでは、そんなものは出てきてないはずですが?」
「…………ッ!」
苦虫を嚙み潰したような顔をするレオ
当然だ。そんな証拠はどこにもないのだから。証拠が出ない限り俺の非道とやらは証明できない。
「黙れ! まだシラを切るつもりか!」
そう言ってレオ
「拾え! オレ
ひとまず俺は、投げられた木剣をのろのろと拾い────
「えいやっ」
────へし折った。
ふう……危ない危ない。もうちょっとで
「なっ!? 貴様、何を……!」
「嫌ですよ。稽古とか、めんどくさい」
「それでもレイユエール王家の男か!」
「俺はただ、兄上と戦いたくないだけです」
「
レオ
「じゃあ、いいですよ。稽古しましょう。けど、木剣は折っちゃいましたしねぇ。代わりに……」
近くの壁に立てかけてあった剣を手に取る。
「俺は
☆
アルフレッドが手にしたのは、刃が鈍く光る鋼の剣。レオルが持参してきた訓練用の木剣など叩き切れてしまいそうな代物だ。
途端、周囲の兵たちがざわつきはじめる。第三王子に対する敵意を隠そうともしていない。
「卑怯者め……!」
「レオル様は訓練用の木剣だぞ?」
「恥ずかしくないのかよ」
「奴には誇りってもんが無いんだろうよ」
「所詮は忌み子だな……」
周りの兵たちの
アルフレッドが聞こえていないはずがない。だというのに、本人は涼しい顔をしている。まるでそんなささやきなど、聞こえていないとアピールしているかのように。
「どうします? 兄上。この条件をのんでくれるなら、稽古に付き合いますけど」
挑発的なアルフレッドの笑みに、レオルは静かに応える。
「いいだろう。好きにしろ」
レオルの言葉に、周囲の兵たちはさらにざわめきを大きくする。
「そんな……! レオル様、いくらなんでも危険です!」
「事故を装ってレオル様に危害を加えるに決まっております!」
「あなたの身に何かあってからでは遅いのですよ!」
兵たちを手で制し、レオルは木剣を構えた。
「案ずるな。あのような卑怯者に後れを取るオレではない」
「相変わらずご立派ですね、兄上。うっかり俺の手が滑っちゃったらどうするんです?」
「好きなだけ滑らせろ。貴様のような卑怯者に、オレは負けん!」
第一王子と第三王子の模擬戦。確かにアルフレッドのとった手は一見すると卑怯なのだろう。……だが、シャルロットの目にはそれがあたかも演出されているように見えた。アルフレッドが卑怯であればあるほど、レオルの堂々とした態度が映える。影が光を引き立たせているかのように。
「アルくんの、あの顔……」
似ている。婚約破棄を突き付けられたあの夜────シャルロットを救ってくれた時と。
「おや。お気づきになられましたか、シャルロット様。アル様が企んでることに」
隣にいたマキナが、にやりとした笑みを浮かべる。
「マキナさんはそれが何か分かるんですか?」
「そりゃ
まあ見てれば分かりますよ、とマキナが言っているうちに、二人の稽古が始まった。
「うぉおおおおおおおおおッ!」



