第一章 首輪 ⑧
レオルは激しく吼えて果敢に飛び出すや否や、剣を叩き込んでいく。
開幕早々に距離を詰められたアルフレッドは剣でそれを防御しており、防戦一方のように見える。
「やっちまえー! レオル様ー!」
「そんな卑怯者はぶっ飛ばしてください!」
ヤジが飛び交う中、アルフレッドはひたすらレオルの攻撃を剣でガードする。
「あれ……?」
その最中。シャルロットの眼が違和感を捉える。
「アルくんが使ってる剣……よく見ると刃が欠けてませんか? 塗装で誤魔化してるみたいですけど、妙に古めかしいというか……あれではそのうち折れてしまうのでは……」
「えっ。シャルロット様、アレが見えるんですか?」
「はい。私、眼は良い方なんです」
「ははぁー。それは
マキナから褒められながらも、シャルロットは二人の戦いを更に観察していく。
「……レオル様の攻撃を刃で受けていない……しかも、
一つの推察が頭に浮かんだ瞬間だった。
「はぁあああッ!!」
「────っ……!?」
レオルの振り下ろし。魔力を含んだ強烈な
折れた刃が空を舞う最中にレオルは二撃目をアルフレッドの腹に叩き込んだ。
「がはっ……!」
がくん、と。アルフレッドが地面に膝をつくと、周りの兵たちから歓声が沸き上がった。
「すげぇええ! 訓練用の木剣で鋼の剣を叩き折ったぞ!」
「流石はレオル様だ!」
「やっぱり第一王子は、どこかの卑怯者とは格が違うな!」
歓声を背負い、レオルはアルフレッドに切っ先を向ける。同時に折れた刃が地面に突き刺さった。
「少しはルシルの痛みを思い知ったか」
「げほっ……やだなぁ、兄上……証拠は出てないって言ってるじゃないですか」
「まだシラを切るつもりか……!」
繰り広げられている光景は、もしかすると第一王子が正面から第三王子の卑怯な策略を破ってみせたように見えるだろう。だがシャルロットの目には、別のものが映っていた。
「もしかして……ワザと負けたんですか?」
その呟きに、隣にいたマキナが静かに
「そーいうことです」
「アルくんが折られた剣も、何か細工が?」
「あらかじめ折れる寸前の剣を用意して、壁に立てかけといたんです。ぱっと見で分からないように、わざわざ外側を新品みたいに整えといて。あとは、攻撃が一点に集中するように受け続ければ、今みたいに折れるって寸法です。ああいう小細工、よくするんですよねー」
それがどれほどの技量を必要とするのか。剣を扱うシャルロットには分かる。恐るべき離れ業だ。
「……レオル様が学園をサボってこっちに来ることは分かってましたし、訓練場まで乗り込んでくることを見越して仕込みを入れてたんですよ」
「ど、どうしてそこまでの仕込みをしてまで、ワザと負けたんですか? 何の意味があって……」
「決まってるじゃないですか。レオル様のためですよ」
「えっ……?」
「アル様は自ら『卑怯で悪辣な第三王子』を演じることで、レオル様の堂々とした姿が引き立つようにしているんです。もちろん、今のはシャルロット様が『被害者』であることを強調するという意味もありますが……いつもは、周りのレオル様に対する評価を上げるために、ですね。そのかいあって、何も知らないバカな兵士たちの大半はレオル様に忠誠を誓ってますよ」
視線の先にいるのは、レオルに尊敬の眼差しを送る兵たちだ。
「全部バラしたら……あいつらどんな顔をするんでしょうねぇ」
語るマキナは、視界に映る兵士たちに対して皮肉げな表情を浮かべている。
「……別に今日に限ったことじゃありません。アル様はずっとずっと、レオル様の影を演じてきました。いや……レオル様だけじゃないですね。王家という光を引き立てるように、影に徹してきたんです。自分がどれだけ嫌われようと」
「どうしてそこまで……」
歓声を受けるレオル。対してアルフレッドは膝をつき、彼に向ける兵たちの眼差しは冷ややかだ。
婚約破棄を突き付けられたシャルロットが周囲から罪人を見るような眼を向けられたあの時と似ている。思い出して背筋が寒くなってくるほど、あの悪夢はシャルロットの頭にこびりついている。
「自分を犠牲にしてまで……王家を……」
「アル様って、家族のことが大好きなんですよ」
優しく口にするマキナ。しかし、その瞳はどこか
「アル様にとって一番大切なのは『国』とか『民』とか、そんな赤の他人じゃない。家族なんです。……だから、大好きな家族のために自分に出来る役割を演じているんです。シャルロット様の婚約破棄の件だって……あそこでアル様が暴れてなければ、今頃はレオル様もタダじゃすまなかったはずですよ。あの場の騒動の責任は、ほとんどアル様が被ったんですから」
「自分に出来る役割……それが、『悪役』を演じることによる自己犠牲だと?」
「本人はそう思ってます。自分にはそれしかないって。……でも。わたしは少し、期待しちゃってるんですよね」
「期待?」
「シャル様との婚約なんて、アル様にとってもまったくの予想外でしたから。だから……何かが、変わるかもしれない。変わってほしい。そんな期待をしちゃってるんです」
マキナの言葉に込められた気持ちを推し量ることは出来ない。
彼の姿をずっと傍で見守ってきた彼女に、浅はかな言葉を投げかけることなど出来なかった。
「立て、アルフレッド。まだまだこんなものでは終わらんぞ」
「いやぁ……もう勘弁してほしいですね。俺ってほら、軟弱なもんで」
「…………フン。なるほど? 証拠が出るまでシラを切り通すつもりか」
レオルは木剣を収める。その目は、明らかにアルフレッドのことを見下していた。
「第三王子アルフレッド! 貴様に決闘を申し込む!」
☆
「……っ!? 決闘……?」
突然の申し出に思わず表情が凍り付いた。その間にレオ
「オレが勝てば証拠が出るのを待つまでもない。貴様には自らの罪を認め、シャルロット共々、全校生徒の前でルシルに謝罪してもらう!」
「……兄上。シャルは
「では関与を認めるのだな?」
あっ、くそっ。しまった。これじゃあ、ありもしない罪を自分から白状したみたいじゃないか。
「違います。シャルを……俺の婚約者を巻き込む必要はないと言っているのです」
「必死に庇うとはますます怪しいな……なるほど? さてはシャルロットも共犯か! なんと卑劣な! やはりあの場で断罪しておくべきだったか!」
「そのようなことはありません! シャルは無関係です!」
「どうだかな……所詮は『忌み子』の言うことだ。貴様の言葉を信用する者など、一部の物好き以外に、いはしないだろう?」
「…………ッ!」
痛いとこ突きやがるな……。まあ、確かに。俺の言葉を皆が素直に信用してくれるなら、
「……どの道、そんな決闘に応じる気はありませんね。誇りなんざ欠片も持っちゃいないんで」
「ほう? 決闘を断るということは、何か
「何を……」
「アルフレッドよ。先ほどから証拠がないことを強調してはいるが、決闘を断るその態度そのものが、何よりの証拠ではないのか?」
無茶苦茶な理屈ではあるが、周りにいる兵たちはレオ
(くそっ……これは決闘に応じるしかないか?)
この決闘、受けるメリットがない。むしろデメリットがデカすぎる。負ければ証拠もないのに罪人に仕立て上げられてしまうのだから。とはいえ、決闘に応じない場合は『疚しいことがあるから応じなかった』とされ、白だって黒にされてしまう。退路を塞がれたようなものだ。
「……分かりました。その決闘、お受けしましょう」
こうするしかない。が、タダでは受けない。
「ただし条件があります」
「条件だと?」



