第二章 彫金師 ⑤

 俺の場合、周りからは避けられてたし、独りで動くことも珍しくなかったせいか、自然と自分のことぐらいは自分で出来るようになってるしな。


「散歩って柄でもねぇけど……」


 部屋を出て、一人廊下を歩く。外で剣を振っているのも良いかと思ったが、今は何となく屋敷の中を見て回りたい気分だった。


「……ここがシャルの育った屋敷いえなんだな」


 ふと、廊下の壁に触れる。どこか温かみを感じるのは気のせいではないのだろう。

 メルセンヌ公爵も厳しくはあったのだろうが愛情をもってシャルを育てた。その愛情はシャル自身も感じ取っていたのだろうし、それを真っすぐに受け止めていたのだろう。それは今のシャルを見れば分かる。


「おや、アルフレッド様。どうされました?」

「メルセンヌ公爵。ちょっと目が覚めてしまいまして。この後、散歩に行こうかと」

「でしたら、屋敷から少し離れた場所に泉がありますので、見学なされてはいかがでしょう」

「泉?」

「水属性の魔指輪リングを応用した、浄水機構の実験場になっているんです。この時間帯ですと、ちょうど陽の光を受けて水面が宝石のように輝いていることでしょう。先ほど、シャルロットとマキナさんも向かわれましたし」

「そうか。じゃあ、俺も行ってみるかな……ありがとうございます。メルセンヌ公爵」

「いえ。こちらとしても、アルフレッド様のご意見を伺いたいと思ってたところですから」


 ちゃっかりしてるな、と苦笑しながらも俺はメルセンヌ公爵に居場所を教えてもらい、軽い運動がてら、走ってその泉へと向かった。

 走って五分もしないうちに林が見えてきた。メルセンヌ公爵の話によると、あれもまた魔指輪リングを応用した実験の一環で植えた人工林らしい。

 メルセンヌ公爵家はこうした魔指輪リングの技術を王国発展のために応用できないかの研究を盛んに行っている家でもある。新たな技術を生み出す、というよりは、技術の使い方を模索していく、といった感じだろうか。


「……なるほど。この林も浄化方面を伸ばしてるのか」


 空気が綺麗だし澄んでいるし、淀みもない。『ラグメント』が生まれる原因となるしょうを浄化できないかを模索しているようだ。とはいえ、今のところ瘴気の浄化は『第五属性エーテル』の魔力でなければ出来ないし、この実験も瘴気の浄化という面で見れば上手く入っていないようだ。


「さて。シャルとマキナは……」

「────────」

「────────」


 先の方から話し声が聞こえてくる。どうやら近い場所に居るらしい。

 そのまま声をかけようとして────悪戯心がちょっとばかりうずいた。


(マキナにはいつも振り回されてるからな……それに、シャルにしたっていきなり婚約者になってくるような奇襲攻撃を受けたわけだし、二人にはちょっとぐらい仕返ししてやらないとな)


 仕返し、といっても何かするわけじゃない。ただ気配を消して接近して、背後から声をかけるだけだ。これぐらいのドッキリはしたっていいだろう。


「つーわけで、ちょいと気配を消してっと……」


 おんみつ行動には慣れたものだ。伊達だてに悪役王子なんてやってない。

 俺が本気になって気配を消して接近すれば、マキナだって気づけない。


「ほらほら、シャル様もっ」

「そ、そうですね……せっかくですしっ」


 林の隙間を縫って接近していくと、徐々に声が大きくなってきた。

 どうやら二人は何かに夢中になって気が逸れているようだ。身を低くかがめているので声しか聞こえてこないけど。


「恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。昨日は一緒にガールズトークした仲なんですから」

「で、でも……外ですし、やっぱりちょっと恥ずかしいですよ」


 二人は何をやってんだ? 声だけじゃよく分からないな。


「大丈夫ですよ。誰かが近づいて来たら気配で分かりますし。だから遠慮なく────」


 今なら視線を向けても気づかれなさそうだし、ここはそーっと様子を覗いて……。


「────服を脱いじゃってください!」

「わ、わかりましたっ!」



 …………………………………………ゑ?


 マキナの言葉に、頭の中が停止する。が、動作を止めきれなかった。

 俺の眼はしっかりと、二人の姿を捉えていた。

 しゅるり、ときぬれの音がしたかと思うと、シャルの身体を包んでいた服が地面に落ちた。

 残ったのは、レモン色の頼りない薄布。世間一般的にはそれを下着と呼称するソレだけ。


「むむっ。昨日も思ったんですけど……やっぱりシャル様ってスタイル良いですよねー」


 マキナが頷くのも無理はない。豊かに隆起した双丘。けがれ一つない柔肌。程よく引き締まったウエスト。全てが芸術作品のように整った、抜群のプロポーション。さながら女神のような美しさ。

 僅かに包み込んだレモン色の可愛らしい薄布が、そのなまめかしい肢体に花を添えている。


「ありがとうございます。でも、マキナさんだって魅力的だと思いますよ?」

「シャル様にそう言われると、自信が持てちゃいますね」


 くすくすと笑うマキナもまた、シャルと同じように頼りない桃色の薄布に身を包むだけで、あまりにも無防備であられもない姿になっていた。

 シャルに負けず劣らずの魅惑的な身体。幼い頃よりも成長し、豊かになった胸や形と大きさに優れたお尻が甘く揺れる。立て続けに目に呼び込んできた刺激的な光景に頭の中がぐらつく。

 まずい。このままだと確実に見つかる。気配を殺すどころじゃない。


「ちょっとしたプールですよねー、これ。浄化機構があるから掃除も要らないですし、おまけに水温も調節されてて丁度いいなんて最高じゃないですか。アル様も王宮に作ってくれませんかねー」

「まだ実験段階のものですから。実用化すれば、アルくんだって考えてくれるかもしれませんよ?」

「むぅ……マキナちゃんとしてはこの素晴らしい設備を一刻も早く導入してほしいわけですよ。メイドの福利厚生をどんどん充実してもらわないと。……シャル様がおねだりすれば、アル様もオッケーしてくれると思うんですよ」

「えぇ? そ、そうでしょうか?」


 どうやら二人は会話に夢中で、まだ俺には気づいていないようだ。今のうちに脱出しよう。


「大丈夫です。このけしからんおっぱいを触らせてあげれば一発です。アル様、チョロいんで」

「ひゃっ! ち、ちょっとマキナさんっ」


 …………。


「この程よい弾力とツヤとみ心地……うーむ。これがアル様のものになると思うと許せませんね」

「んっ。ちょっ…………えいっ!」

「わひゃっ! し、シャル様っ? あ、ちょっと、やめっ……」


 ………………………………もうちょっとここにいようかな。


「ふふっ。マキナさんって、攻められると意外と弱いんですね」


 いやいや。ここは紳士的に振る舞えアルフレッド。一人の人間として正しい選択をとるんだ!


「うぅ~……! や、やりましたね……反撃だー! とりゃーっ!」

「ひゃんっ! あっ……そこはっ……んっ……」


 人間としての正しさなんてクソだ。

 そんなものが何の役に立つっていうんだ。そもそも俺はメルセンヌ公爵の勧めでたまたまここに来て、たまたま二人の会話が耳に入ってきてるだけだから。むしろ、俺は世界に向かって問いかけたい。ここで逃げ出すって、男としてどうなんだろう? 正しい人間ならここで見なかったフリをして真摯に立ち去るのかもしれない。でも考えてみてほしい。人としての正しさと男としての正しさって違うんじゃないだろうか? そう……これは正義だ。人としては間違っていても、男という生物にとっての正義であると俺は信じている。だって目の前にはこんなにも素敵な楽園が広がっているんだからなッ!


「も、もうっ。マキナさん、そろそろ水浴びを済ませましょう」

「ですね。早くしないと朝ごはんにも間に合わないですし」


 そのまま二人は下の布に手をかけて────


「シャル様、ちょっと待ってください」


 ────マキナがピタリと、手を止める。


「…………なーんか、見られてる気がするんですよね」


 どうやらマキナは何かしらの気配を感じ取ったらしい。

 あいつ勘が良いからな。何かを感じたなら、近くに誰かいる可能性は高いだろう。

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