第二章 彫金師 ⑥

 まあ、今この辺にいるのは、マキナとシャルの二人を除くと俺ぐらいしか……。


「…………俺ぐらいしか……いない、な……」


 フッ……俺もまだまだだな。目の前のことに気を取られて大局を見失ってしまうとは。

 さて、ここは脱出するとしよう。


「誰かに見られている、ということですか?」

「うーん……あくまでも勘なんですけど……」


 マキナもまだまだだな。判断が遅いんだ。迅速な手を打たないから俺を逃がすことに……。


「先日仕入れてた聖女モノとメイドモノは、とてもよく燃えましたよ」

「どうりで見ないと思ったらお前が燃やしてやがったのかこんちくしょう! アレを手に入れるのに俺がどれだけ苦労したと……!」




「……………………」

「……………………」




「………………あっ」



 …………しまった。思わず魂の叫びを堪えきれなかった。

 いや。いやいやいや! 諦めるなアルフレッド! どんな時でも希望を捨ててはいけない!


「よ、よぉ! 二人とも! 奇遇だよなぁ、こんなところで……」

「アルくん?」

「本気で誤魔かせると思ってます?」

「………………すまん」


 男という生き物は、なんて無力なんだろう。最近はそれを痛感することが多いな。

 シャルとマキナのあまりにも冷たい視線に思わず謝罪してしまったじゃないか。


「はぁ……仕方がないですね。アル様も男の子ですし、こんな魅力的な美少女二人が居たらつい長居しちゃうのも分からなくはないです。お宝本を隠すことにあれだけ情熱を燃やしていることもよぉーく知ってますし、こんなところで不用意に水浴びを誘ったわたしにも非があります。なので、ここはメイドとしてちょっとのお仕置きで済ませてあげます」

「そ、そうか。ほんと悪かった。反省してる。今後はもう二度としない……で、お仕置きって?」

あぶりってご存知です?」

「死ぬわ!」


 まずい。ニコニコしているが、どうやらかなり怒っている。

 そりゃそうだ。百対ゼロで俺が悪いんだから。

 ……でも……もう少し、手心が欲しいなぁって……。


「アル様。何のために傍に泉があると思ってるんですか」

「少なくとも火炙りにした人間を鎮火させるためじゃねぇよ!」


 く、くそっ。マキナはダメだ! このままじゃ俺の命はない……!


「……アルくん」


 そうだ、シャルなら……シャルなら、きっともう少しは優しく……!


「息は何時間止められますか?」



 ────その日。俺がメルセンヌ公爵に提出した泉の感想は、「まるで泉の底で長時間、はりつけにされた者が書いた感想のようですな」と評された。



 色々と……それはもう本当に色々とありはしたが、なんとかお仕置き(水中磔の刑)を耐えきったことと、なんか威厳とかプライドとかそういう大事なものが全て砕け散るぐらい謝り倒したことでなんとか許しをもらった。

 その後、俺たちはメルセンヌ公爵家の屋敷から出発し、休憩を挟みつつ丸一日かけて伝説の彫金師が隠れ住んでいるというイトエル山に辿たどいた。到着した頃には既に夜になっていたので、麓の村で夜を過ごし、朝から山の中へと足を踏み入れた。


「シャル様。ここの足元、気を付けてくださいね。石で滑りやすいんで」

「ありがとうございます、マキナさん」


 ……シャルとマキナの雰囲気が柔らかい。二人とも、ずいぶんと打ち解けているような気がする。同じ部屋に泊ってたから、ガールズトークにでも花を咲かせていたのだろうか。

 まあ、何にしても二人の距離が縮まったのは良いことだ。同性ということもあって、これからシャルの護衛にはマキナをつけることが多くなるかもしれないし。


「………………」


 しかし……なんだろう。メルセンヌ公爵家の屋敷を出てからシャルの視線をずっと感じている。

 マキナにいてみればよかったのだろうが、本人がいる前で訊くのも躊躇ためらわれて、何だかんだタイミングを逃してしまっている。そのマキナはというと、ジェスチャーで謝るばかりだ。……このバカメイドめ。何かやらかしやがったな。


「……この先か」


 ひもが木にくくりつけられて往く手を遮っている。この先は通るな、ってとこだろうか。


「結界……ではないようですね。くぐってしまおうと思えば潜り抜けられますが……」

「ですねー。麓の村の人にも聞いてみたんですが、この奥は村人には立ち入りを禁じているようですよ。わたしたちみたいな外部の人間の場合は、自己責任でどうぞってことらしいです」

「この先に何かあるんですか?」

「なんでも、恐ろしい怪物がいるそうです。不用意に立ち入った盗賊がボロボロの状態で発見されたーなんてこともあったそうですよ」

「正義感にあふれた良い怪物じゃねぇか」

「その怪物に正義の分別がついてたらの話ですけどね」

「正義ってのは暴走するもんだ」

「そりゃそーですね。で、どうします? このまま進むと、正義の名のもとにてっついを下されちゃうかもですが」

「いい言葉を教えてやろう」

「ろくでもなさそうですけど聞いてあげますよ」

「正義は我にあり」

「言うと思いました。んじゃ、進みましょうか……っと、シャル様は麓の村で待機します? 今は魔力を封じられてますし……もちろん、護衛をつけておきますよ?」

「私も同行させてください。レオル様との婚約破棄は私にも責任があることですし」

「真面目だなシャルは。王族なら荒事は義務みたいなもんだってのに」


 『第五属性エーテル』の魔力を授かる王家には、ある特殊な魔物と戦う義務がある。

 戦闘技術は必須といってもいいし、それは『第六属性エレヴォス』を授かった俺も例外ではない。


「……シャル。今のお前には魔力封じの首輪がかけられている。つまり魔法が使えない、まったくの無防備な状態だ。魔物に襲われたらひとたまりもないし、死ぬ可能性の方が高いだろう。それでも、ついてくるのか?」

「はい」


 即答かよ。しかも目には何の揺らぎもない。揺るぎもない。覚悟を決めた顔だ。


「そんだけ覚悟が決まってりゃ上等だ」

「アル様ったら。そこは素直に『俺が護るから安心しろ』ぐらい言えばいいのに」


 うるさいな。俺もちょっと思ったよ。


「さて、と……それじゃあさっさと行くとするか」


 指にはめている魔指輪リングの一つに魔力を流し込む。


「『索敵サーチ』」


 名称を唱えると、魔指輪リングに淡く光がともり、目に見えぬ魔力の波がうっすらと周囲に広がった。


「それは……『支援系』の魔指輪リングですか?」

「ああ。『索敵サーチ』。言葉通り、周囲の索敵を行うための魔指輪リングだ。他にも『座標交換エクスチェンジ』や『火炎地雷ランドマイン』なんかも持ってきてるぞ」


 言いつつ、指に装備している魔指輪リングを見せると、シャルは目を丸くする。


「変わった構成をしてますね。そこまで『支援系』を主体に使う人は、他に見たことがありません」

「確かに普通は『攻撃系』や『防御系』、『付与系』の魔指輪リングをメインに組み立てるものですからねー。『支援系』の魔指輪リングは結構、癖があって扱いが難しいですし、アル様みたいな変態構成なんてめったにお目にかかれませんよ」

「誰が変態だ、誰が」


 魔法は指輪から発動する。

 その性質上、指にはめることが出来る指輪の数=魔法の数であり、それ故に指にどの魔指輪リングを装備するかという、魔指輪リング構成はとても重要だ。人によって構成は変わってくるので、そこに癖や性格が現れるのも面白い。……その結果、俺はメイドから変態だのと呼ばれてしまったわけだが。


「いいんだよ。俺はこれが使い慣れてるんだから……ん?」


 変態と罵られながら山道を進んでいると、不意に反応を感じ取る。


「止まれ。『索敵サーチ』に何か引っかかった」


 気配を殺し、反応があった方向へと進んでいく。茂みから様子を窺うと、視線の先に全長二メートルほどのを目視で確認する。

 全身が岩で構成されている二足歩行。人の形をしているそれは、まるで番人のように佇んでいた。


「アレが村の人たちが言う怪物だろうな」

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