第二章 彫金師 ⑦

「怪物というよりも……アレはゴーレムの一種ですね。見たことのない形状をしてますし、特別な個体のようですが」

「別に危険を冒す必要はないしな。少し遠回りになるが、かいするぞ」


 無駄に魔力を消耗したくはないし、戦わないにこしたことはない。何より魔力を封じられたシャルもいる。そうして、ゴーレムよ避けるように回り込もうと行動を起こしたその時だった。


「────────!」


 ゴーレムの挙動が変わった。頭部の目が点滅したかと思えば、身体がぐるりと回り、俺たちが潜伏している茂みの方へと向いた。


(気づかれた? いや、それより────)


 ゴーレムは右の拳を茂みへと向ける。まるで大砲の狙いを定めているような。


「────シャルっ!」


 ゴーレムの拳に炎がみなぎるのを感じたと同時。俺はとっにシャルを抱きしめ、その場から大きく退いた。直後、先ほどまで俺たちがいた場所に魔力を源に燃えが上がる火球が着弾し、派手な爆炎と衝撃が巻き起こる。


「大丈夫か? は?」

「は、はいっ。平気です。アルくんが守ってくれましたから」


 その言葉に安堵する。今のシャルは魔力が封じられており無防備で無力な状態にある。あんな火球が直撃すれば、どれだけのダメージを受けるか分からない。


「「…………っ……」」


 安心したせいだろうか。ふと、目の前のシャルと視線が合った。

 思ってたより、まつ毛長いな。肌も綺麗で、透き通る雪のようだ。柔らかそうな桜色の唇も、すぐ届きそうなところにあって……冷静になってみると、今の俺の体勢は……こう、まずい気がする。傍から見ると押し倒しているようにも……。


「ラブコメしてる場合じゃないですよ! 次が来ます!」

「ば、バカっ! してねぇよ!」


 マキナの声で我に返り、すぐに起き上がる。ゴーレムは右腕に再び炎を漲らせ、次なる火球を放とうとしていた。その照準に寸分の乱れもない。あいつは俺たちの位置と完璧に把握している。避けるよりも防ぐ方が確実か。


「『大地魔法壁ウォール』!」


 魔指輪リングが輝き、地面から土塊の壁が勢いよくせり上がった。直後、壁に火球が叩きつけられ、炎がさくれつする。思っていたよりも威力があるな。


「…………っ……せめて、私も魔指輪リングが使えれば……」


 シャルが悔しそうにみする。魔力が封じられている以上、魔指輪リングは使えない。

 その苦しみ何処どこかへと追いやるように、シャルの頭に手を置いた。


「無理すんな。観念して守られとけ」

「シャル様シャル様、今のはアル様語で『俺が護るから安心しろ』って意味ですよ」

「勝手に変な翻訳すんな! それより、まずはあのゴーレムだろうが!」

「どうします? ここは撤退して大きく迂回してもいいですけど」

「……いや。あのゴーレム、思ってたよりも高性能だ。ここで始末する」


 意識を俺に向けさせるべく、殺した気配を解き放つ。


「マキナはシャルを護れ! ここは俺がやる!」

「りょーかいです!」


 警戒も潜伏もなく。茂みから堂々と姿を現すと同時に、地面を蹴って駆け出した。


「グオオオオオオオ!」


 ほうこうと同時。ゴーレムは魔力の光を纏う拳を振り上げ、そのまま叩きつけてきた。


「『強化付与フォース』!」


 対象を強化することが出来る『強化付与フォース』の魔指輪リング。今回の対象は俺の肉体そのもの。

 向上した脚力をかし、振り下ろされた拳を横っ飛びにかわした。空振った岩の拳は容易たやすく地面を粉砕し、破片が火花が如く空を舞う。


(拳を覆った光……それにこの威力……間違いない。『強化付与フォース』の魔指輪リングだ)


 今ので確信した。あのゴーレム、身体に魔指輪リングを組み込んでる。

 俺たちの位置を感知したのが『索敵サーチ』。右拳の火球が『火炎魔法球シュート』。そして今、俺が避けた拳の強打には『強化付与フォース』。

 ゴーレムとは魔法によって作られた使い魔の一種だ。製造者によって独自のカスタマイズが行われることがあるものの、魔指輪リングを組み込む改造なんて聞いたことがない。そもそも魔指輪リングは人間用であり、ゴーレムに無理やり組み込んでも十全に効果を発揮しない。これだけの威力を実現させてるとなると、ゴーレム用に調整した魔指輪リングを使用しているのか? 生半可な技術じゃ出来ないが、それを可能とするならゴーレムに魔指輪リングを組み込むだけ、という最低限の手間で強力なゴーレムが生産できるようになる。


「なるほどな……見えてきたぜ、お前の持ち主が」



「マキナさん、私のことは構いませんので、アルくんを助けてあげてください」

「あー、大丈夫です大丈夫です。あれぐらいのゴーレムなら、わたしの助けなんか必要ないですよ」


 元よりゴーレムは魔法や魔力に対する高い耐性を有していることが多い。パーティーを組んで立ち回り、物理的な攻撃を与えて倒すのが定石だ。単独で立ち向かうには荷が重い。


「えっ。でも……」

「アル様は王族ですからね。伊達に魔女がのこした呪いと戦う義務を背負っちゃいません」


 まあ見ててください、とマキナは気楽そうに語る。


「グオオオオオオオ!!」


 瞬間、ゴーレムが吼えた。


「『大地魔法壁ウォール』」


 アルフレッドが告げると同時に、土属性の防御壁が地面から展開。そして────


「…………ッ……!?」


 斬、と。鋭利な刃物で切り裂いたような音が耳をくすぐり、空中にゴーレムの腕が躍る。

 このゴーレムに意志があるのかは定かではない。されどシャルロットの目には、まったくの不意を突かれて驚いているように見えた。


(防御壁でゴーレムの腕を……!?)


 通常、土属性の『魔法壁ウォール』は土塊の壁でしかない。だがアルフレッドは発動の際に魔法を調整し、鋭利な刃物のような形状に変化させた。そして地面から壁を展開させ、下からゴーレムの腕を斬り飛ばした。


(しかも関節部をピンポイントで!? なんて繊細で緻密な魔法コントロール……!)


 一朝一夕で出来るものではない。ずっと昔から、それこそ幼い頃から血もにじむような努力を積み重ねた果てに至る技。


「…………ッッッ!!!」


 空振りしたゴーレムが火球を連発するが、アルフレッドは巧みな足捌きで軽やかに躱していく。


「すごい……動きに一切の無駄がありません……」


 シャルロット自身も剣を握ることがある。鍛錬も欠かさず積んでいて、だからこそだろう。

 彼がどれほどの技術と技量を持っているかが理解出来た。いっそ、れてしまうほどだ。


「────────!!!」


 火球が当たらないと判断したが故の行動なのだろうが、シャルロットの目にはゴーレムがしびれを切らしたように両の足を動かしてアルフレッドとの距離を詰めていく。


「『座標交換エクスチェンジ』」


 告げられる名。魔法の発動。

 気づいた時、アルフレッドは既にゴーレムの背後に回り込んでいた────否。

 アルフレッドとゴーレムの位置が入れ替わっている。

 ゴーレムは背後をとられる形となり、その巨大な拳は空を切る。対してアルフレッドは敵の無防備な背中を捉えた。


「転移効果の魔指輪リング! でも、あんな精度と的確なタイミングで……!」


 アルフレッドが使用した『座標交換エクスチェンジ』は、任意の座標の中にあるものを入れ替える魔法だ。

 恐らくゴーレムの進行方向にあらかじめ『座標交換エクスチェンジ』を地面に設置しておいたのだろう。

 通常なら戦闘前に仕掛け、仲間の動きを把握し、その上で戦闘中に利用するタイプの魔指輪リングだ。


「『座標交換エクスチェンジ』をリアルタイムの状況に合わせて遠隔設置したんですよ」

「確かに理屈の上では可能ですが……それを実践できるなんて」


 だが、そうとしか考えられず、そうとしか説明がつかない。

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