第二章 彫金師 ⑧

 仮にこの理屈を学園の教師に説明しようものなら「バカバカしい」と一蹴されるたぐいの与太話だ。しかし、それを現実のものにしている人間が、シャルロットの目の前にいる。


「詰みですね」


 マキナの言葉が紡がれた直後。アルフレッドの強化した拳が、無防備なゴーレムの背中を穿うがつ。岩石の装甲を容易く貫いたその手から、れんの光がほとばしった。


「『火炎魔法球シュート』」


 ゴーレムは内部から膨れ上がるかのように爆発し、地面に崩れ落ちる。


「………………」


 思わず、シャルロットも言葉を失う。それはあまりにも呆気ない幕切れ。あれだけ高い性能を有していたゴーレムが、赤子の手をひねるかのように破壊されてしまったのだから。


「ま、こんなもんか。思ってたよりは歯ごたえがなかったけど」


 物言わぬガラクタとなったゴーレムから、黒焦げの魔指輪リングをつまみ出すアルフレッド。


「収穫はあった。ここに伝説の彫金師が居るってのは、本当らしいな」


 涼しい顔をしながら、アルフレッドはシャルロットとマキナのもとへと戻ってくる。


「……驚きました。まさかアルくんが、これほどの実力を隠していたなんて」

「いや別に隠してたってわけじゃないけどな」

「まあ、学園の授業だとあんまし使う機会ないですもんね。それに『ラグメント』が出現した際は戦い方も本来のスタイルに変わりますし」

「えっ……? 本来の? じゃあ、今のでまだ全力じゃなかったんですか!?」

「『王衣指輪クロスリング』を使ったアル様は本来、シャル様と同じく剣士としてのスタイルになりますからね。今のはサブプランみたいなもんです」

「今のがサブなんですか!? あれだけの技術があって……!?」

「アル様、凝り性なんですよねー。むしろ最近、剣の振り方忘れてきたんじゃないですか?」

「んなわけあるか。鈍らない程度にはやってるっての」


 二人の会話にシャルロットがぜんとしていると、


「あ~あ。派手に壊したもんだねぇ……めんどくさい」


 壊したゴーレムの傍に、見知らぬエルフの女性が佇んでいた。



「……で、あんたらは何者だ? 見たところ盗賊って感じじゃあなさそうだけどさ」


 ゴーレムの残骸の傍に佇んでいるエルフの女性。

 見た目は二十代半ばから後半といったところだろうか。まあ、エルフであることを考えると見た目の年齢などアテにならないだろうが。

 銀色の長い髪を後ろでまとめており、東の方の国で見られる和装なるものに身を包んでいた。気だるげかつクールな雰囲気をまとっており、どことなく月夜を彷彿とさせる。そして、その眼は俺たちを品定めしているかのようだった。


「立ち入ってしまって申し訳ありません。……俺はアルフレッド。アルフレッド・バーグ・レイユエール。このレイユエール王国の第三王子です」

「レイユエール……アンタが現在いまの世代の王族か。にしても今の世代は随分変わってるんだねぇ。それっぽっちの護衛だけで、王子様が自らこんな山の中に踏み込んでくるなんてさ」

「色々と個人的な事情がありましてね。……失礼ですが、あなたはもしかして王家『工房』初代宮廷彫金師……エリーヌ殿ですか?」

「そうだよ。あたしがエリーヌだ。……ったく、何なんだい、今日は。人が静かに隠居してるってのに、どいつもこいつも押しかけてさ」


 どういうことだ? 俺たち以外にも伝説の彫金師に接触している人物がいたっていうのか?


「……で? 二百年前もうとっくに引退したあたしに、王子様が今更何の用事があるんだか」

「話せば少し長くなるんですが……」

「……だったら、ここじゃなんだ。あたしが住んでる小屋でよけりゃ、案内するよ。続きはそこでしようじゃないか」


 大方の見当はついてるだろうに話は聞いてくれるのか。


「その代わり、あんたらが壊したそこのガラクタは運んでおくれよ」

「……喜んで」


 荷物運びをさせるためかよ。まあ壊したのは実際、俺だし構わないけど。

 ひとまず『大地鎖縛バインド』で残骸を鎖で括りつけた俺は、そのままゴーレムの残骸を引きずってエリーヌさんの背中についていく。

 しばらく進んでいくと、森になっている山奥の中に木組みの小屋が見えた。

 その小屋は、最初からこの山の一部だったかのように自然に溶け込んでいる。

 ゴーレムを運ぶために小屋の中に入ると、外観とは違い随分と散らかっていた。脱ぎ散らかしたままになっている服や、雑多に詰まれた本の山。食器やら瓶やら、色々な物がごちゃごちゃと散乱していて、とても客を招けるような場所ではない。ここのどこにゴーレムを置けばいいんだと悩んでいると、室内で小奇麗になっているスペースを見つけた。作業台のようなものがあるその周辺だけ、この物が散乱している室内においてぽっかりと空間が空いている。ひとまずそこの壁際にゴーレムを立てかけておき、すぐさまこの魔窟から脱出し、小屋の外へと退散する。


「ちゃんと運んでくれたようだね」

「言われた通り、部品一つ残さず運びましたよ」


 なかなかに面倒だったが、これで交渉に入れるな。

 まずは相手の出方を窺うとするか。それに対して、あくまでも冷静に対処しないとな。


「────よし。もう用はない。さっさと帰りなクソガキ共」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ちょっとアル様。こっちは頼みごとをする側なんですから、もう少し抑えてくださいよー」

「そうだぞクソガキ王子。そこの乳がデカいだけで頭の中になーんにも詰まってなさそうなメイドの言う通りだ」

「アル様。こいつきにして魔物の餌にでもします?」

「生ぬるいぞ。こいつが泣いて許しを請うような処刑方法を考えろ」

「二人とも、ちょっと落ち着いてください!?」


 マキナとエリーヌを亡き者にする計画を練っていたらシャルに止められた。とても残念だ。


「あの、エリーヌさん。どうかお話だけでも聞いてもらえませんか?」

「……どうせ王家の『工房』に戻れって言うんだろう?」

「ど、どうしてそれを……」

「さっき同じ用件で尋ねてきた連中がいたからさ」


 エリーヌが視線を向けた先。そこには、


「不愉快な声が聞こえてくると思えば……」

「なんでテメェらがここにいるんだよ!」


 むしろこっちが不愉快だ、と吐き捨てたくなるような声。

 一人は、冷徹な瞳に藍色の長髪を後ろで束ね、騎士団で採用されている剣を携えた長身の少年。王国騎士団長の息子、ドルド・グウェナエル。

 一人は、くされたような眼差しに隣のドルドよりはやや小柄な体格。威嚇してくる獣のように荒々しい短髪をしており、粗暴な声を向けてくる少年。魔導技術研究所所長の息子、フィルガ・ドマティス。

 両方ともあの婚約破棄の夜、レオにぃと共にシャルロットを糾弾した者たちだ。


「もしや貴様ら、伝説の彫金師エリーヌ殿の交渉に訪れたのか?」

「だったらどうだって言うんですか?」

「勝手なことしてんじゃねぇよ」


 フィルガが前に踏み出し、刃のように殺気立った目で俺のことを刺してくる。


「テメェみたいなクズの出る幕はねぇんだ。さっさと帰れ。こんなところに来る前に、ルシルに謝罪の一つでもしたらどうだ?」

「言っても無駄だぞ、フィルガ。こいつらの面の皮は想像以上に厚いらしい。見てみろ」


 ドルドはシャルへと視線を投げかける。正確には、魔力封じの首輪をつけられたシャルを。


「その証拠に、わざわざ罪人を婚約者にして連れまわしている。よほどの恥知らずでなければできない芸当だ。愚者もここまでくればもはや笑えんが……ああ、いや。でも仕方がないか?」


 ドルドは嘲笑し、俺の黒い髪や瞳を眺めると、


「所詮は忌み子だ。存在自体が王家の恥なのだからな」


 どうだとでも言わんばかりに、侮蔑と嘲りを浴びせる。


「撤回してください」


 されど。その侮蔑と嘲りに、怒りを滲ませた声で即座に言い返した者がいた────シャルだ。


「私のことは何を言っても構いません。どう思われようと結構です。……ですが、アルくんに対する侮辱だけは今すぐ撤回してください」

「罪人ふぜいが大きく出たものだな」

「首輪をつけてやってもまだ懲りねぇのか?」


 フィルガはシャルの首輪を強引に摑み、荒々しく引っ張った。


「…………っ……」

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