第二章 彫金師 ⑨


 首を引っ張られる形となったシャルの表情が苦痛にゆがむ。


「今なら聞き間違いってことにしてやるよ。お前が謝ればな」

「…………撤回……してください……!」


 今のシャルは魔力を封じられている。さっきの俺みたいに魔指輪リングを使って戦うことは出来ない。

 相手の気が変わって魔法でも使われたらひとたまりもない。それでも彼女は、逃げなかった。


「この罪人が。一つで足りねぇなら、いっそろうごくにぶち込んでやっても……ぐっ!?」


 今度はフィルガの顔が苦痛に歪む。シャルの首輪を摑んでいた薄汚い手にそれ以上好き勝手しないよう、俺がフィルガの腕を摑んでいたからだ。握り潰さないように抑えるのが煩わしいぐらいだ。


「て、テメェ……! 離しやがれ!」

「随分と偉くなったもんだな」

「なんだと?」


 俺は別に侮蔑だの嘲笑だのは浴び慣れてる。こいつらに何を言われようと構わない。

 ……が、矛先が別の方向に向くなら話は別だ。その笑えねぇ嘲笑だけは崩してやる。


「第三王子に向かって随分と偉くなったもんだな、って言ってんだよ。ボンクラ共」

「なっ……なにを……! どの口が言う! 犯罪者の肩を持った恥知らずが!」

「立場ってもんを思い出せよ。テメェらはたかだか騎士団長と研究所所長の息子ってだけの立場だろう。それが、この国の第三王子よりも上だとでも? 思い上がってんじゃねぇよ」

「「…………っ……!?」」


 ようやく俺の立場と肩書きを思い出したのだろうか。二人の顔に動揺が走っている。

 普段はレオにぃの背中に隠れているからな。こういう時にボロが出る。


「その上で、もう一度だけ訊いてやる────テメェらは一体いつから、第三王子このおれの婚約者にケチをつけられるほど偉くなった?」

「う……うるさいっ! なにが立場だ!」

「だったらテメェはどうなんだよ! 交渉にはメルセンヌ公爵家が就くはずだったろうが! なに独断で行動してんだ!」

「こっちはそのメルセンヌ公爵家から直々に交渉役に任命されてんだよ」

「よくもそんな噓を……!」

「マキナ」

「こちらに」


 話の流れから察して既に用意してくれていたらしい。

 有能メイドのマキナはスムーズに、ある書類を俺に手渡してくれた。


「メルセンヌ公爵から交渉役に任命された正式な書類だ。文句あるか」

「なにっ!?」

「バカな……!」


 どうやらこればかりは想定していなかったらしい。

 やかましく騒いでいたボンクラコンビは啞然とした表情で黙り込んだ。


「俺が把握している限りだと、他の交渉役はいなかったはずだ。独断なのはそっちなんじゃねぇか?」

「「…………ッ……!」」


 見え見えの穴を指摘してやると、二人はもはや黙り込むしかない。


「まったく……勝てないけんをするなよ。相手をするこっちも疲れるんだぜ」

「────っ……! てめっ……!」

「忌み子の分際で……よくも……!」


 墓穴を掘られて羞恥したのか、かっと頭を熱くさせる二人。怒りにわなわなと震えを見せた直後、


「あはははははっ! こりゃあ、勝負あったねぇ」


 堪えきれないとでも言わんばかりの笑い声が響き渡る。高みの見物に徹していたエリーヌだ。


「そこのボンクラコンビ。あんたらの負けだよ。少なくともクソガキ王子の言い分は至極真っ当さ。立場だの階級だの肩書きだの……窮屈で煩わしい鎖に縛られ、絡み取られてるのがあんたら人間って種族イキモノだろう? 鎖を引き千切った時点で負けなんだよ。ただの野蛮な獣なのさ」

「「…………っ……!」」


 交渉相手エリーヌからジャッジが下り、ようやくボンクラコンビが完全に黙り込んだ。


「……せいぜい粋がってろ。どうせ交渉も失敗するだろうからな」

「そうすればメルセンヌ公爵の判断も誤りだったと証明されるだろう。……エリーヌ殿。明日、返事を伺いに参ります」


 負け惜しみがてら最後に俺たちを睨みつけると、二人は魔指輪リングから使い魔のワイバーンを召喚すると、それに乗って飛び去って行く。ワイバーンか……ここに来るときもアレに乗ってきたんだな。ワイバーンの魔指輪リングといえば、魔導技術研究所が最近、試作品を一つ完成させてたって聞いたけど。


「いやぁ、急にガキ同士の喧嘩が始まったと思って眺めてたら……まあ。うん。暇つぶしとしちゃあ悪くなかったよ」

「…………楽しんでもらえたなら何よりだよ」

「どうやらあんたは、あたしが知ってる王族連中とは違うようだ。見世物も面白かったことだし……いいだろう。そっちの事情ってやつを少しは聞いてやろうじゃないか」


 俺たちはエリーヌに、簡単に事情を説明した。

 シャルが婚約破棄されたことをきっかけに、俺たちが婚約関係になったこと。

 レオにぃとの決闘のこと。その時に備えて魔指輪リングを作ってほしいことなどを。


「……なるほど。それで、あたしみたいな隠居に目をつけたってわけか」

「どうにかお力添えしていただけませんでしょうか。国内最高峰の設備と潤沢な資金を用意しておりますし、報酬だって望むだけ────」

「もう少し捻りのあることは言えないのかい? それじゃあボンクラコンビと同レベルじゃないか」

「ははは。そうですかー。気が利かなくてすみませんねー。おーいマキナ、剣持ってないか? たまたま偶然、今このタイミングで試し斬りしたくなったんだけど」

「アル様。あのボンクラコンビと同レベル扱いにされて死ぬほどムカつくのは伝わりましたから、交渉相手を斬り殺そうとするのはやめましょう。抑えてください」

「主人の教育ぐらいしっかりしなアホメイド。無駄に乳をデカくしてる暇があるならね」

「シャル様離して!! このババアの脳天に今すぐ試し切りしなきゃいけないんです!!」

「二人とも抑えてください! 交渉になりませんよ!?」

「何言ってるんだシャル。これが俺たちの交渉だぞ」

「剣を持って斬りかかることを交渉とは言いません!」

「最初に剣の切れ味を確かめるのが交渉のマナーですよ!」

「それは交渉ではなく処刑なのでは!?」


 言葉って難しいな。人によって捉え方が変わるんだから。


「…………ん?」


 その時。エリーヌはふと、何かを感じ取ったかのように気を逸らした。


「チッ……こんな時に、面倒なのが来たね」


 エリーヌははじかれたように立ち上がり、森の奥へと駆け出していった。


「マキナ、シャルを頼んだ」


 ただごとではない気配を感じ取り、ひとまず俺もエリーヌの背中を追いかける。


「何があった」

「賊だよ。あたしが管理してる魔法石を狙ってるんだ」


 魔法石。

 魔力の宿った特殊な石のことで、魔指輪リングはこれを加工して作成される。

 そもそも魔法石とは魔力の塊のようなもの。このレイユエール王国は世界最高峰の魔法石採掘地でもあるが、魔法石は掘り当てるだけが入手方法ではない。たとえば、妖精から贈られる例もある。……が、それでもイトエル山から魔法石がとれるなんて話は聞いたことがない。


「いつもはゴーレムに守らせてるんだが、どっかの誰かさんにぶっ壊されちまったからね」


 やっぱりアレはエリーヌが作ったゴーレムだったか。

 何が隠居だ。何が引退だ。あれを見ればエリーヌの持つ腕がどれほどのものか分かるというもの。少なくともびついてなどいないだろう。


「じゃあ、罪滅ぼしに手伝ってやるよ。泣いて喜べ」

「はっ。足引っ張るんじゃないよ」



 エリーヌの背中を追いかけるようにして走っていると、彼女の全身が魔力の光に包まれた。恐らく『強化付与フォース』の魔指輪リングを使用したのだろう。そのまま茂みの中を突っ切っていく。

 急ぐなら『加速付与アクセル』でもよかったのだろうが、アレは行動速度を向上させる魔法。こうした周囲に障害物があるような場所で下手に使えば、行動速度に意識が追い付かず自爆する可能性が高い。

 それにしたって……速いな。『加速付与アクセル』がそれなりにレア度の高い魔指輪リングであることに対して、『強化付与フォース』は手に入りやすいコモンリングだ。それでこの『加速付与アクセル』に勝るとも劣らない速度。通常の『強化付与フォース』よりも強化倍率が高い証拠だ。

刊行シリーズ

悪役王子の英雄譚3の書影
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悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~の書影