第二章 彫金師 ⑩

 恐らくエリーヌが自ら製作した魔指輪リングなのだろう。

 なるほど。確かにあれだけの出力を実現させられるなら伝説になるわけだ。


「ノロマのガキは置いてくよ」


 一瞬だけこちらを見たエリーヌが、そう呟いたと同時にペースを上げていく。勝手知ったる森の中。周囲の茂みや木々の間を縫うようにして俺との距離を引き離していく……上等じゃねぇか。


「置いて行けるもんならな」


 俺は、発動していた『強化付与フォース』の魔法を全身から脚に集約させる。

 地面をえぐるように蹴りこみ、跳ね、エリーヌが通った道筋ラインを的確になぞっていく。見知らぬ森でも、効率的に動けるルートを知る者の後ろを追いかければ多少速度を上げても問題ない。

 離された距離はすぐに縮まり、自身の眼で見切ったルートを駆け、エリーヌの隣に並び立った。


「へぇ……やるじゃないか。この森であたしと同じ速度で動けるとはね。褒めてやるよ」

「追い抜いたっていいけどな」

「言ってくれるじゃないか。流石は王族、『加速付与アクセル魔指輪リングぐらいは持ってたってわけだ」

「ちげーよ。これはただの『強化付与フォース魔指輪リングだ」

「……何だって? あたしが作った魔指輪リングならともかく、ただの『強化付与フォース』を使って、これだけの速度を出したってのかい?」

魔指輪リングをただ使うだけなら無理だろうな」


 本来『強化付与フォース』を肉体に使用する際は、全身に満遍なく強化をかけるのが普通だが、俺は敢えて脚部のみに強化の魔法を集中させ、脚力を極限まで高めて、疑似的に『加速付与アクセル』を再現した。

 魔法の応用。何てことはない……ただの技術だ。


「ようは使い方だ。それ次第で、ただのコモンリングも一気に化ける」

「言うじゃないか。…………ん?」


 やがて、進行方向の先から爆発音が響いてきた。

 茂みから一気に飛び出す。地面を滑るようにしてブレーキをかけて、停止する。


「……派手にぶちかましてくれたね」


 苦虫を嚙み潰したような顔をするエリーヌ。

 彼女の視線は洞窟の入口付近で佇む盗賊たちと、入口を塞いでいたが破壊されてしまったであろう、土の壁の残骸が転がっている。


「誰だ? テメェら」


 盗賊たちの首領と思われる男が、この場に現れた俺たちを睨みつけた。

 その男の顔には見覚えがある。


 ────『指輪壊しリングブレイカー』? それって、例の……。

 ────ええ。騎士団が警戒しているA級の賞金首です。王都付近での目撃証言があったことから、騎士団が警戒しておりまして……今はそちらを優先しているため、護衛をつけることは難しそうです。


 確か王都でも指名手配されていた、A級の賞金首だ。


「あんたら、そこで一体何している」

「あ? 見りゃ分かんだろ、お宝を掘り当ててんだよ。つーか、テメェらこそなんだ?」

「あたしはその洞窟の中にあるお宝を管理してる者だ。分かったらとっとと帰りな」


 エリーヌが言うと、途端に盗賊たちはげらげらと汚い笑い声を上げた。


「バカかテメェ? はいそうですかと帰る賊がいてたまるかよ」

「デオフィルさん、こいつどうします?」

「よく見りゃ美人じゃねぇか。しかもエルフときた……なぁ、お前ら。こいつぁ良い稼ぎになるとは思わねぇか?」


 盗賊たちのリーダー格の男……デオフィルの言葉に頷いた他の賊たちが、にやにやとした下卑た笑みを浮かべながらエリーヌに近づいていく。

 五、六……この場にいる盗賊は、デオフィルを含め全部で七人。


「おい、エルフ。大人しくしな。そうすりゃあ、高値で買い取ってもらえるからよ」


 盗賊の一人が踏み出し、エリーヌに触れようとしたその瞬間────


「……ああ、そうかい。よく分かったよ」


 ────紅蓮の魔法球が、盗賊を大きく吹っ飛ばした。


「あんたらがどうしようもないクズってことがね」


 火球を腹部に受けた盗賊はそのまま背後にあった木に叩きつけられ、そのまま地面に突っ伏した。どうやら今の一発でノックアウトされてしまったらしい。ピクリとも動かない。


「クソガキ王子。雑魚は任せたよ。あたしはあのクズ野郎をやる」

「おい待てエリーヌ。あの男は、何人もの冒険者を殺害したA級の賞金首。騎士団が躍起になって探してる盗賊……『指輪壊しリングブレイカー』だ」

「だからなんだい」

「あんたには荷が重いって言ってるんだよ」


 俺はデオフィルとエリーヌの実力の底を知っているわけではない。

 しかし、相手はれの冒険者を何人も葬ってきたA級の賞金首。対してエリーヌは、先ほどの『火炎魔法球シュート』や『強化付与フォース』は中々のものだし実力もあるのだろうが……相手が『指輪壊しリングブレイカー』だと話が違ってくる。正直言って、分が悪いと言わざるを得ない。


「ははははは! そこのガキは身の程を知ってるってわけか!」

「怖気づいたガキのたわごとなんざ、知ったこっちゃないね」


 エリーヌはデオフィルに対して一歩踏み出す。

 人の忠告は聞けよと言いたいところだが……エリーヌのやつ、怒りで周りが見えてない?


「あんたはあたしの大事な物に手を出した。その報いは受けてもらうよ」


 エリーヌは腰に下げていた剣を抜くと、自身の肉体に『強化付与フォース』を発動して斬りかかった。


「おいエリーヌ、下がれ! そいつは……!」


 どうやら聞く耳持たないらしい。エリーヌを援護するために駆け寄ろうとすると、


「テメェらはそこのガキを殺せ。薄気味悪い黒髪黒眼だ。売ってもマトモな金になんねぇからな!」


 デオフィルの指示を受けた盗賊たち五人が行く手に立ちはだかった。


「「「『烈風魔法球シュート』!!」」」


 しかも全員が一斉に、俺めがけて魔法球シュートの雨を放つ。


「……ッ! 『大地魔法壁ウォール』!」


 咄嗟の防御壁を展開。だが相手には風属性が三人。相性の悪い土属性の壁はあっという間に削り取られていく。……洞窟の前に展開されていたはずの土の壁も、これで粉砕したのか。


「チッ……!」


 一瞬にしてこっじんとなった土の壁から飛び出し、敵の集中砲火から逃れる。


「逃がすな! 一気に追い込め!」

「「『烈風魔法矢アロー』!」」


 今度は威力を削った代わりに速度に秀でた『魔法矢アロー』の魔指輪リングか。しかも風属性は切断力と速度スピードに優れた性質を持った属性。獲物を追い詰めるのに適した組み合わせだ。


「『強化付与フォース』!」


 強化を脚部に集中。疑似的な加速付与アクセルを再現し、『烈風魔法矢アロー』の雨をギリギリのところで躱していく。だがその間にも盗賊たちは散開しつつ俺を包囲し、徐々に逃げ場そのものが削り取っている。統率が取れている上に慣れてるな。


「ははははは! みっともねぇなァ、おい!」


 必死に逃げ回っている間に、俺は周りを完全に囲まれてしまった。

 どの方向に逃げても五人の盗賊たちが俺を逃さない。どこにどう動こうとも、魔法の餌食になる。


「ハッハァ! もう逃げ場はねぇぞクソガキィ!」


 大柄な盗賊が残虐性を含めた笑みを浮かべる。それはまさに、か弱い獲物を追い詰めてたのしむ残忍なハンターのようだった。


「くそっ……! 『火炎魔法球シュート』!」


 苦し紛れに放った火球を、大柄な盗賊は軽く身体を右に一歩ズレただけで躱してみせる。


「なにっ……!? 躱した!?」

「おいおい。体格の大きい俺なら、足が遅いから躱せないとでも思ったのか? これでも俺は、仲間内じゃあ身軽な方でね。アテが外れて残念だったな!」


 大柄な盗賊はニタリと笑い、指輪に魔力を込め始めた。


「トドメだ!」


 俺を取り囲む五人全員の魔指輪リングが輝き、一斉に魔法が展開される。


「「「「「『烈風魔法球シュート』!!」」」」」


 魔力を凝縮させた風の球体が放たれ────。


「『座標交換エクスチェンジ』」

「ぎゃあああああああああああああ!?」


 次の瞬間には目の前で大柄な盗賊が無数の風に飲み込まれ、悲鳴を上げていた。

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