第二章 彫金師 ⑪

「なっ……? えっ……?」

「何が起きた……!?」

「アイツがなんで……俺たちの攻撃を喰らってるんだよぉ!?」


 五人。いや、一人減って四人となった盗賊たちが動揺している。


「おい、お前。そこじゃない」

「あ……?」

「もう一歩、前だ」


 次に発動させたのは『大地鎖縛バインド』。手元に出現させたそれを射出し、動揺する盗賊の一人の身体に巻き付け、そのまま引っ張る。縛られた鎖によって引きずられた盗賊は一歩を踏み出し────。


「ぼごがっ!!?」


 足元から噴き出した爆炎に包み込まれ、そのままぜる。


「なん……!? あいつの足元が爆発しやがったぞ!」

「今のは『火炎地雷ランドマイン』!?」

「いつの間にしかけやがった!? 一体、いつ……!?」


 そんなもの決まっている。


「俺が、ただ逃げてるだけだと思ったか?」


 そんなわけがない。わざわざ逃げに徹していたのは、周囲に『わな』を設置するためだ。

 相手は俺を追い詰めていると思い込んでいたので、罠を仕掛けること自体は簡単すぎるほど簡単に上手くいった。設置さえ完了すれば、あとはその場所に相手を誘導してやればいい。

 苦し紛れに撃ったように見えた『火炎魔法球シュート』も、本当の狙いは相手にわざと躱させて、罠のある場所に誘導するためだ。おかげで『座標交換エクスチェンジ』が綺麗に決まり、俺と位置を交換された哀れな盗賊くんその一は、集中砲火をその身に受けてしまったというわけだ。

 二人目こと哀れな盗賊くんその二もそうだ。奴の一歩前の場所に『火炎地雷ランドマイン魔指輪リングによる火属性地雷を仕掛けておいたので、あとは『大地鎖縛バインド』前にで引っ張ってやるだけだった。


「まさか……俺らの足場にも……?」

「さあな。気になるなら確かめてみろよ」


 淡々とした問いかけ。されど残り三人となった盗賊たちは、動揺するだけで何も口を開かない。


「く、くそっ! だったらここから動かずに倒してやれば……!」


 どうやら中距離系の魔法で一歩も動かずして俺を倒そうとしたのだろうが……遅いな。


「『大地鎖縛バインド』!」


 土塊の鎖を生み出し、そのまま一気にはらう!


「拘束用の魔法を……攻撃、に……?」


 むちのようにしならせた土塊の鎖による一撃は、瞬く間に盗賊たちの意識を刈り取った。


「魔法も使い方……ってね。まぁ聞こえてないか」


 とりあえず倒した盗賊を『大地鎖縛バインド』で拘束して無力化していく。

 すると、後から追いかけてきたであろうマキナとシャルの二人が茂みから姿を現した。


「ありゃま。何事かと思いきや、指名手配中の盗賊さんたちじゃないですか」

「確かに……どの方も見覚えがあります。これを全部、アルくんが?」

「成り行きでな。……ちょうどいい。もう意識はないし、全員『大地鎖縛バインド』で縛ってるから、あとは魔指輪リングを没収しといてくれ。任せたぞ」

「あ、ちょっとアル様!」

「アルくん、どこに行くんですか!」


 後始末を二人に任せ、俺はエリーヌの救援に向かう。

 駆け付けた先で広がっていた光景は、


「…………っ……!」


 手持ちの魔指輪リングを砕かれ、膝をつくエリーヌの姿だった。



 大手冒険者パーティ『暁の盾』。

 確実性を重視した方針で活動しているこのパーティは、『命あっての物種』というのがリーダーの口癖だったらしい。とにかく『生存して帰還すること』を目的としていたそのパーティは不測の事態への対応力も高く、他のパーティがダンジョン内でトラブルに陥った際の救助隊としての実績も多く残されている。ギルド側からも実力を高く評価されており、一時期は新人冒険者たちの育成も担っていた。パーティメンバーはそれぞれが高価かつ強力な装備を揃えており、防御面────とりわけ生存力に関しては当時のギルドでは間違いなく他の追随を許さぬほどだったという。

 ────だがある時、『暁の盾』は壊滅した。

 王国騎士団の調査報告書によると、当時パーティが訓練場として使用していた森で発見されたのは、十数人の冒険者の惨殺死体。それらは後の調査によってリーダーを除いた『暁の盾』のメンバーと、彼らが育成していた新人冒険者たちだったことが判明する。

 死体の周囲には砕かれた魔指輪リングの破片が散乱しており、装備は安価な物から高価な物まで根こそぎ奪われていたそうだ。

 この状況で真っ先に疑われたのが『暁の盾』リーダーだが、彼には多くの証言によるアリバイがあった。何より動機もない。更にはパーティの拠点からも金目の物が根こそぎ奪われていたことと、死体の周囲に散らばっていた魔指輪リングの破片からして彼の容疑は一瞬の内に外れた。

 調査の結果、真犯人が判明した。

 当時から既に世間を騒がせていた盗賊────『指輪壊しリングブレイカー』のデオフィル。

 生存力に優れたこのパーティを壊滅させたのは、たった一人の男だった。

 彼が持つのは、超レア魔指輪リング誓砕牙クランチ』。

 かつて呪術によって生み出されたとされる呪いの魔指輪リングだ。

 デオフィルは右手にそれを装備しているのだろう。彼の右手だけ、まがまがしい漆黒のオーラをまとっている。あのオーラで相手に触れたその瞬間、相手が装備している魔指輪リングの中からランダムに一つを問答無用で破壊する。

 ようはデオフィルが『誓砕牙クランチ』を装備しているあの右手に触れられる度、こちらの魔指輪リングが一つ破壊されてしまうということだ。

 魔指輪リングとは魔法そのもの。それが全て破壊されてしまえば、魔法が使えなくなるに等しい。


「随分と派手にやられたみたいだな」


 視線だけはデオフィルに向けたまま、膝をついているエリーヌに言葉を投げかける。


「だから荷が重いって言ったんだ。あいつは王国騎士団の追跡を躱し続けている手練れの盗賊だ。簡単な相手じゃない。……それぐらい、あんたも分かってそうなもんだけどな」

「……やかましい。『指輪壊しリングブレイカー』なんていう不届き者が気にくわなかっただけさ」


 確かに指輪を作る『彫金師』からすれば『指輪壊しリングブレイカー』なんて存在は不届き者なのだろう。

 だが、


「本当にそれだけか?」


 エリーヌとてバカじゃない。それぐらいのことは、この短い間でも分かる。

 彼女は魔法石の力を引き出すことのできる優秀な『彫金師』であり、それを使いこなすことが出来る実力者でもある。

 そんな彼女が、相手と自分の力量差が分からないわけがない。

 こうなることは分かっていた。分かっていても、デオフィルに挑むことを抑えられなかった。


「…………」


 問いかけるも、エリーヌは語らない。

 その胸に何を抱えているのか。彼女は何を思っているのか。

 今の俺には分かりはしない。だからこそ────。


「話はとりあえず、あいつを倒した後で聞かせてもらう」

「……あんたにも荷が重いんじゃないのか?」

「さて、どうかな」


 ひとまず俺はエリーヌを庇うように、彼女に代わってデオフィルと相対する。


「悪いな。選手交代だ」



 デオフィルの前に立ったのは、一人の少年だった。

 黒髪黒眼。この国では忌み嫌われる存在。正真正銘の呪い子。


(だからなんだってんだ)


 デオフィルとて初めから、今のような盗賊だったわけではない。

 平凡な村の生まれで、人並みに夢を見て、平穏とは真逆の冒険者稼業に足を踏み入れた。


「このパーティを、Aランクにする! それが俺の夢だ!」


 小さな依頼をコツコツとこなし、ランクを上げ、気の合った仲間たちとパーティを組んで、確実性を重視した活動方針で着実に実績を積み重ねていった。

 歯車が歪み始めたのは、冒険者になって二年目の頃。

 パーティの仲間たちが実力や実績を伸ばしていく中、自分だけが伸び悩んでいた時期があった。

 というのも、パーティの仲間たちは皆が高レアリティの魔指輪リングを所持していた。しかしデオフィルは、レア魔指輪リングを一つも所持していなかった。

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悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~の書影