第二章 彫金師 ⑬

「気にくわねぇんだよッ!!」


 右手に漆黒のオーラを纏い、デオフィルは黒髪の少年に向けて飛びかかった。

 禁呪魔指輪カースリングより発せられるどす黒い闇のオーラが、どろりと溢れ出す。それはまるで傷口から漏れだす血のように見えた。死と後悔が入り混じったような。そんな匂いがする。


「気にくわねぇ……テメェの眼が気にくわねぇなァ!」


 叫ぶ。吐き出す。黙ってあの少年と相対していればいるほど、いらちが募る。

 漆黒のオーラを獣の爪が如く変形させ、左手に装備していた『強化付与フォース』を全身に発動させたデオフィルは地面を蹴った。この漆黒のオーラで形成された暗黒の爪は物理的な破壊力を有しているだけでなく、オーラに触れた場合は魔指輪リングを一つ破壊する。

 故に相手がとる行動は────、


「『火炎魔法球シュート』!」


 距離をとっての魔法攻撃。

 デオフィルからすれば、もはや見飽きたといってもいい、あかのついた対処方法。誰もが同じような手をとり、そしてその全てをねじ伏せてきた。

 同じように連続して放たれ、迫りくる火球を最小限の動きで躱していく。

 この『誓砕牙クランチ』を使った戦闘の経験値は決して浅くない。いつ指輪に宿る悪魔に魂を喰われないかも分からない綱渡りの日々を過ごしてきたデオフィルにとって、距離を詰めるといった行為は最も得意とするところだ。


「まず一つ!」


 黒闇の爪を前に突き出す。そうして黒髪の少年を捉えようとした刹那。


「『座標交換エクスチェンジ』」


 少年の姿が消失。漆黒の爪は空をかすり、瞬きの間に少年は、ちょうど一歩分後ろに下がっていた。ギリギリでオーラが届かない範囲に。


「なっ……!?」


 瞬間移動。呑気に虚を突かれ驚いている暇に、紅蓮の火球が生み出されている。


「『火炎魔法球シュート』」


 冷静な詠唱ひとことと共に紅蓮が迫る。

 距離が近すぎる。これは────、


(────躱せねぇ!)


 爆炎が、炸裂した。


「がはぁっ!?」


 デオフィルの身体はくの字に折れ曲がって地面を転がっていく。

 痛みを堪え、地面を転がる間に体勢をすぐさま整える。炎の熱が腹部を焼き、その痛みが飛びかけた意識を繫ぎとめた。


(いつぶりだ……中距離魔法攻撃あんなもんをマトモにくらったのは……)


 最小限で躱し、接近し、仕留める。

 禁呪魔指輪カースリング制約リスクをクリアしていく日々で得た胆力を活かしたこの戦い方を身に着けてからは、『魔法球シュート』などまともに受けたことがなかった。


(このガキ……何者だ……!?)


 目の前にいる少年が正体不明の何者か分からぬ恐怖が背筋に走る。


「おいガキ。テメェ、名前は」

「……アルフレッド」

「なに?」

「アルフレッド・バーグ・レイユエール」


 その名前はデオフィルも耳にしたことがある。

 レイユエール王国の第三王子は呪われた忌み子であると。王宮内や貴族はおろか民からも忌み嫌われている────嫌われ王子。

 剣と魔法の実力も、知力も、膂力も、何もかもが第一王子には遠く及ばない。

 社交界に出れば場の空気を乱し、学園内においてもその悪逆非道な振る舞いから生徒たちから嫌われている。王家の汚点とまで囁かれていた、第三王子。


(偽者か……? いや、あんな王子の名をかたったところで意味はねぇ。それにあの黒髪黒眼と……)


 あの少年から感じる魔力。微かに見えた漆黒。


「本物か……」


 噂通りの実力のない嫌われ王子なら、今の芸当など出来ない。


座標交換エクスチェンジ』の設置技術。寸前まで漆黒の爪を惹きつけられる胆力。魔法の使い方。そのどれもが、すさまじい鍛錬の量を伺わせた離れ業だ。


「噂ってのはアテにならねぇもんだな!」


 左手に装備している魔指輪リングを発動させる。アルフレッドもまた、同じく左手に装備していた魔指輪リングに魔力を込めていた。


「「────『大地鎖縛バインド』!!」」


 両者同時に、魔法を発動。

 しくもそれは土属性の『大地鎖縛バインド』同士。

 互いの鎖が次々と飛び交い、激しくぶつかっていく。


「はははははっ! 気が合うなァ、おい!」

「お前みたいなのと気が合っても嬉しくねぇよ」

「そう言うなよ。仲良くしようぜ────」


 魔力を追加で込める。鎖がきょうじんになり、アルフレッドの鎖を徐々に打ち負かしていく。


「────同類なんだからよぉ!」


 鎖の嵐の隙間を縫うように、強化した身体で距離を詰めるために突撃する。対するアルフレッドは、傍に転がっていた刀を足で蹴り上げ、摑み取った。あれは確か、彼の背後で膝をついているエルフの女性が持っていたものだ。

 デオフィルが漆黒の爪を振り下ろし、アルフレッドが刀を振るう。

 爪と刃が激突し、きっこうする。最中、アルフレッドと視線が交差した。


「同類? 確かに素行は褒められたもんじゃないが、就職先に盗賊を選んだ覚えはないな」

「盗賊だとか、王子だとか、そんなつまらない肩書なんかじゃあない! もっと本質的なもの……俺たちの生に根差している宿命だ!」


 アルフレッドのパワーが増し、強引に爪が打ち払われた。とどまろうとするも、大地を滑るように後退していく。その隙にもアルフレッドは、追撃の『火炎魔法球シュート』を撃ち込んでくる。


「『加速付与アクセル』ッ!」


 横っ飛びに、火球の連弾を躱す。『加速付与アクセル』は自身のスピードを上げるものの、動きが直線的になる。爪を突き立ててブレーキをかけ、そのまま地面を蹴り上げて一直線にアルフレッドへと接近していく。すぐに『加速付与アクセル』を解除。『強化付与フォース』に切り替え、アルフレッドが迎撃とばかりに打ち込んでくる火球の連弾を躱していく。


「お前は呪われた生まれだ! そのせいで、諦めてきたものも多いんじゃねぇか!?」


 アルフレッドの眼が微かに揺らぐ。それを見て確信した。彼もまた、自分も同じだと。

 爪を振るう。アルフレッドもまた刃で受け止め、弾く。


「知ったような口をききやがって。何が同類だ、ずうずうしいんだよ!」

「知っているさ! 俺も同じだからなァ!」


 爪と刃の激しい攻防。数度撃ち合えば、アルフレッドが剣の扱いに長けていることは分かる。


「同じ? お前のその呪いは、ただの後付けだろうが!」

「この力を望んで使ったわけじゃない! 仕方がなかった! だから諦めて! 手放して! 気づけば俺は……全てを失っていた!」


 デオフィルの人生は諦めの連続だった。

 夢を諦め、冒険者を諦め、真っ当な道を諦め。

 そんな諦めの連続の果てが、今の指輪壊しデオフィルだ。

 闇の爪を振るう手の中には何もない。何も摑んではいない。空虚で、空っぽな手。諦めて、全てをてた者の手だ。


「お前だってそうだろう!? 王族に生まれながら、呪われた身となった! 望んでそうなったわけじゃないだろう!?」


 爪を叩きつけ、叩きつけ、なおも叩きつけていく。


「『火炎魔法球シュート』!」


 アルフレッドがカウンターとばかりに火球を放つ。だが、先ほどのように不意をついたわけではない。躱すのはデオフィルにとってあまりにも容易。最小限の動きで回避し、爪を振るう。オーラがアルフレッドの身体を掠め、魔指輪リングが砕け、破片となっていく。

 空振りした火球は、そのままデオフィルの背後で爆発した。


「『大地魔法壁ウォール』!」


 咄嗟に展開された防御壁。息を整える間も許さず、暗黒の爪を振るい粉砕する。


「周りから理不尽に忌み嫌われてきたはずだ────」


 そしてついにアルフレッドの体勢が崩れた。


「────得るはずだった栄光を、諦めてきたはずだ!」


 その隙間にねじ込むようにして爪を振り上げ、刀を天高くはじばす。


「…………っ!」


 オーラがアルフレッドの指を掠め、また魔指輪リングが一つ砕け散った。

刊行シリーズ

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悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~の書影