第二章 彫金師 ⑭

 アルフレッドは既に『座標交換エクスチェンジ』、『火炎魔法球シュート』、『火炎地雷ランドマイン』の魔指輪リングを破壊されている。


「降伏しろ、アルフレッド。そして俺と共に来い」


 膝をつくアルフレッドに対し、漆黒のオーラを突き付ける。


「……スカウトか? 随分とお優しいな」

「お前は同類だ。俺はお前の気持ちが分かる。お前もまた、俺の気持ちが分かるはずだ……そうとも。俺たちは好きでこうなったわけじゃない。だが周りは理不尽に俺たちから全てを奪っていった」


 アルフレッドの頰をでるように触れると、魔指輪リングがまた一つ、砕け散った。


「俺は今日、お前という理解者と出会った。これは運命だ。俺たちから全てを奪っていきながら、のうのうと生きてる連中に対してふくしゅうせよという────運命なんだよ、アルフレッド」


 アルフレッドの魔指輪リングに次々とヒビが入り、砕け散っていく。

 そして────彼の指から、魔指輪リングは失われた。


「さあ、俺の手を取れ。利口なお前なら……これから何をすべきか、分かるだろう?」


 もはやアルフレッドは完全に無力だ。魔指輪リングなき人間は無防備にして無力。これまで何人もの人間を葬ってきたデオフィルだからこそ、それを理解していた。

 彼にはこの手を取る選択肢しか残されてはいない。そうすることしか出来はしない。


「……魔指輪リングってのは、あくまでも魔法を発動させるための道具ツールだ」


 されど。アルフレッドの口から出てきたのは、同意でも肯定でもなく。


「発動した後の制御は術者本人が行う必要がある。……言い換えれば、発動した後の魔法の制御に、魔指輪リングは必要ないってことだ」

「……何を言っている?」

「故に。魔指輪リングが破壊されたとしても、破壊される前に発動した魔法が消えるわけじゃない。実際、さっき外れた火球も、魔指輪リングが破壊された後も残ってたしな」

「何を言っている……何が言いたい!?」

「ようするに────」


 アルフレッドは、不敵な笑みを浮かべる。それはまさに勝利を確信したような。


「足元がお留守だぜ」


 気づいた瞬間、デオフィルの視界が明滅する。


「がっ……!?」


 一瞬の出来事。

 かろうじて理解したのは、地面から土の柱が生えて、デオフィルの顎を殴り飛ばしたということ。


「なに、が……起き……!?」

「さっきどさくさに紛れて設置しといた、ただの『大地魔法壁ウォール』だよ。そいつを時間差で発動させて、あんたの顔に当てただけだ」


 暗黒の爪で粉砕した『大地魔法壁ウォール』。一つしかないと思っていたが、実際は二つ展開させ、片方を地面に仕込んでいたということ。更にはそれを魔力で制御し、時間差発動や形状変化をやってのけた。血が滲むような鍛錬の先にしかないであろう、恐るべき魔力制御技術。


(ただの弱小王子を演じながら……周囲にこれほどの力を……隠していた……!? なぜ……!?)


 だが、それよりも衝撃だったのは。


「『大地魔法壁ウォール』を……ただの、防御用コモンリングを……攻撃に使って……!?」


 アルフレッドが使っていた『大地魔法壁ウォール』は一般的なコモンリング。

 レア度は『誓砕牙クランチ』と比べるまでもない、最低クラス。


「あ……あがっ……ぐうっ……!?」


 消えていく。意識が。暗闇に落ちていく。繫ぎとめられない。


「……あんたの言うことも、分からないわけじゃない」


 アルフレッドの声が、徐々に遠のいていく。


「俺だって諦めてた。諦めてばかりだった。自分に与えられた役割が、一つしかないと思ってた」


 禁呪魔指輪カースリング制約リスク。こうしている間にも魔力が徐々に減っていく。摑んでいた意識も、手からこぼちていく。


「……けど、今は違う。裏切られても諦めずに進もうとしてるやつがいる。他の役割を示してくれたやつがいる。だから俺も……諦めずに頑張ってみることにしたんだ」


 薄れゆく意識の中。

 最後に見たアルフレッドの瞳には、やはり光が灯っていた。


「俺とお前は、同じじゃない」



 倒した。倒れた。倒れたデオフィルの姿を見て、徐々にそれは確信に変わっていく。


「あー……疲れた」


 急に向こうが盛り上がったりして勢いが増した時は驚いたけど、何とかなったみたいだな。魔指輪リングは砕かれてしまったが、予め外しておいた『王衣指輪クロスリング』を使わずに済んでよかった。

 デオフィルが意識を失っていることを確認してから、ひとまず彼の指に装備されている『誓砕牙クランチ』を含めた魔指輪リングを回収していく。こっちの魔指輪リングは砕かれちまったからな。ついでに利用させてもらおう。得意属性とも合致しているようだし。


「『大地鎖縛バインド』」


 回収した『大地鎖縛バインド魔指輪リングを使い、土属性の鎖でデオフィルを拘束する。

 ついでに服を調べて懐に忍ばせたり仕込んだりしている武器も取っ払う。魔指輪リングも回収したし、これでデオフィルは無力化されたといってもいいだろう。


「……ホントに勝っちまいやがった」


 思わずといった様子で言葉を零したのはエリーヌだ。

 デオフィルにはこっぴどくやられたせいか、抜けたような顔をしている。


「もう大丈夫だ。泣いて喜んで感謝したっていいぜ」

「……言うじゃないか。まあ、何にしても助かったよ。クソガキ王子。いや……」


 エリーヌはどこか彼方にある過去を懐かしむような、柔らかい表情を見せた。


「……アルフレッド」


 多少は認めてくれたのだろうか。だったら俺も、少しは礼儀というものを返してやらないといけないのかもしれない。


「ま、そっちも大怪我が無くて何よりだ、クソババア。いや……エリーヌ」

「おいコラクソガキ。今ババアって言う意味はなかっただろ」

「うるせぇ。テメェも呼んでるからお互い様だろうが」


 これだけ言い合えるということは、エリーヌの怪我は本当に大したことがないらしい。


「アルくん!」

「アル様!」


 戦闘が完全に終息したことを見たシャルとマキナが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!? どこか怪我は……!」

「特にないよ。あってもかすり傷程度だし」


 返事をすると、シャルはほっと息をついて安堵した。

 隣ではマキナが呆れ気味だ。


「まったく……ひやひやしましたよ。よりにもよってA級賞金首とタイマンはるんですから」


 マキナが焦るとは珍しい。いつも心配をかけてるけど、今回はちょっと無茶が過ぎたみたいだ。


「悪かったな。心配かけて」

「……ま、別にいいですけどね。心配させられるのはいつものことですし? マキナちゃんは健気系メイドさんなので、慣れっこなのですよ」


 すぐにいつもの調子に戻るマキナ。二人に心配をかけてしまったことに多少申し訳ないと思いつつ、俺の関心はデオフィルたちが入り込もうとしていた洞窟の入口へと向けられていた。


「気になるのかい」

「そりゃあな」

「はっ……まあいい。助けてもらったんだ。見るぐらいの権利はあるだろうさ」


 エリーヌは立ち上がると「ついてきな」とだけ言い、洞窟の中へと入っていった。

 俺たちもまたその後ろをついていく。洞窟の中を進んでいくと、ぽっかりと空いたような開けた空間に出た。ドーム状になっているその空間は、壁や天井から結晶がき出しになっており、ほのかな光を放っていた。薄暗くも全体が淡い光に囲まれているその景色は、神秘的でありながらもどこか温かさを感じさせる。


「綺麗……」


 隣では景色に見惚れているようなシャルが、無意識の内に感想を呟く。

 確かにこの景色は……綺麗だ。見ていると不思議と心が落ち着いてくる。


「この結晶は……かがりいしか」

「あー。あの魔力で発光するやつですか。魔道具にもよく使われてますよねー」

「ここいらは純度の高い天然の篝石が採れるのさ。暇な時は、ここでよく飲むんだよ」


 エリーヌはそのまま、空間の中心まで歩いていく。その背中についていくと、この空間の中央にあるものが建てられていることに気づく。

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悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~の書影