第三章 黄昏の約束 ③

「グォオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」


 蜥蜴の『ラグメント』が上げる咆哮は、絶望の狼煙のろし

 異形を拘束していた鎖は亀裂を瞬く間に広げ、全てが砕け散った。


「ダメです! 拘束が……!」

「くそぉっ……!」


 若い騎士の何人かが剣を抜いて、蜥蜴の『ラグメント』に斬りかかる。


「よせっ!」


 グラシアンの静止も聞かず、若い騎士たちは魔法で強化した刃を振り下ろした。

 彼らは剣技に秀でており、団内においてもその腕を評価されいてた。自分の剣技に誇りを持っているのだろう。自信があるのだろう。


「あっ……!?」


 誇りも自信も、何一つとして刃が通る理屈にはならなかった。


「う……うぉおおおおおおおおお!」


 若い騎士たちは何度も剣を振るうが、『ラグメント』の皮膚は剣をけ、一切の傷を拒絶する。


「もういい! 下がれ!」


 ああまで接近しては魔法による援護も難しい。彼らを巻き込んでしまう恐れがある。


「────────ッッッ!!!!」


 迸るしゃくねつ。数多の戦を駆け抜けてきた勘と呼ぶべきものがグラシアンに警告する。


「今すぐ逃げろ! 攻撃が来るぞ!」


 警告は届かなかった。『ラグメント』の全身から炎が爆ぜ、若い騎士たちをまとめて吹き飛ばす。


「がぁあああああああああ!?」

「ぎゃあああああああああ!!!」


 全身を炎に包み込まれた騎士たちが叫び声をあげ、のたうち回る。

 未来ある若者たちが、業火に焼かれてその命をむしばまれていた。

 己の無力感に拳を握りしめ、唇を嚙み締める。それ以外のことなど出来はしなかった。


「グゥゥゥオォオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 荒々しく大地を蹴り上げた『ラグメント』は、そのまま陣形を乱した騎士たちに襲いかかった。鋭い爪で一人、また一人と切り裂かれ、倒れていく。

 更には業火をまき散らし、周囲の命を燃やし尽くさんと暴虐の限りを尽くしていた。


「団長! どうすれば……!」

「うわぁああああああああ!?」


 一度ここまで崩壊してしまえば、もはや立て直すことは出来ない。

 せめて魔法が効けば勝機はあったものの、それすらも叶わない。


(それでも……それでも……私は……!)


 諦めるという選択肢など、最初からない。自分に出来ることをやり抜くだけだ。


「陣形を立て直す! 動ける者は私に続け!」

「だ、団長! あれを!」


 怯えた小動物のような叫び。悲鳴という甘い蜜に誘われるように、無数の影が疾駆する。

 光を塗り潰すような闇色の黒装束を纏った集団が、騎士団の退路を塞ぐように現れた。


「────……」

「くっ……!? 何者だ、こいつらは……!」


 いかに王国の守りを担う騎士たちといえども、戦線が崩壊している上に背後をとられてしまえば赤子の手をひねるよりも簡単に全滅する。


(似たような手口に覚えがある……まさか、『指輪壊しリングブレイカー』か?)


 A級賞金首の『指輪壊しリングブレイカー』。ダンジョン内での戦闘で疲弊した冒険者を次々と襲撃するその手口は、今の騎士団の状況と似ている。


(こいつらが『指輪壊しリングブレイカー』の仲間だとすればまずい。これでは挟み撃ちだ……!)


「────……」


 中でも不気味なのが仮面をつけた男だ。握る剣からは血が滴っており、何者かをあの刃で斬り裂いたことは明白。血が乾いていないところを見ると、凶刃を振るってからそう時間も経っていない。


「────……!」


 こんとんの戦場、指示を出すこともままならない。その隙を穿つように、黒装束の男が加速した。


(しまっ……反応が遅れ……!)


 速い。仮面の男は想像以上の手練れだ。反応が追い付かない。避けられない。防御も出来ない。


(ここまでか……!)


 られ────、


「────……」


 風が吹き抜けた。否。漆黒の影が、グラシアンの真横を過ぎ去った。直後、背後で黒鉄が如き刃を剣で受け止める音がした。

 振り向く。仮面の男は血濡れの刃で、グラシアンの背後から凶悪な爪を振り下ろした『ラグメント』の一撃を受け止めていた。ぎしっ、と鋼がきしむ音が漏れ出ている。『ラグメント』の一撃に、仮面の男が持つ剣が悲鳴を上げているのだ。


「どう、いう……?」

ほうけている暇はないぞ」


 見てみれば、黒装束の集団は統率の取れた動きで瞬く間に『ラグメント』を包囲していた。


「『ラグメント』は我々が引き受ける。部下共をまとめて下がれ」

「お前たちは何者だ? なぜ我々を助けて……いや、なぜ『ラグメント』の相手を?」

「…………我が主の命令だ」


 我が主。この黒装束の集団をまとめる何者かの存在。


「グゥルォォオオオオオオオオッ!!!!」

「「…………っ……!」」

『ラグメント』の口に紅蓮が灯る。暴虐の熱線が今まさに解放されようとしたその時────


「『火炎魔法球シュート』」


 ────漆黒の魔力を漲らせた火球が、『ラグメント』を弾き飛ばした。


「なっ……!?」


 レオルが到着したのかと思ったが、違う。


「グラシアン。騎士を連れて下がれ」


 告げる声に、黒衣の戦士たちが跪く。

 統率のとれた黒集団を両脇に携え、その少年は堂々たる歩みを見せる。

 得体のしれない影を従えたかのようなその姿に、一種の畏怖さえ覚えた。


「あな、たは…………」


 レイユエール王国第三王子、アルフレッド・バーグ・レイユエール。

 王家の血を継ぎ、この場で唯一『ラグメント』に対抗できる力────『王衣指輪クロスリング』の保持者だ。


「アルフレッド様……!? な、なぜあなたがここに……それに、この黒装束の集団は……」

「用事があって『イトエル山』まで行ってたんだよ。その帰り道の途中、お前らが『ラグメント』と戦ってるのが見えたんでな。そんで、お前が気になってる黒装束の連中は……」


 なんてこともない、とばかりにアルフレッドは肩を竦める。


「俺の部下」

「ぶ、部下?」

「説明は以上。ここまでよくやってくれた。あとはこちらに任せ、騎士を連れて下がれ」

「は……しかし……」


 悪名高く、堕落した王子とされるアルフレッドにこの場を任せてもいいものかどうか。


「……わからないか。このレイユエール王国第三王子が『下がれ』と命じている」


 躊躇うグラシアンを、アルフレッドは王族としての意志を以て命令した。

 その声にグラシアンは頷き……否。頷かされた。


「し、承知しました」

「解ればいい」


 アルフレッドは『王衣指輪クロスリング』を装備している右手を構え、魔力を込めた。

 吹きすさぶ漆黒が疾風となり、精霊の力を呼び覚ます。


「こいつは俺が止める」


 そう告げるアルフレッドの顔を見ることは出来なかった。見えるのはただの背中だけ。

 しかしグラシアンは不思議とその背中に、安心感を覚えた。一種の頼もしささえ。


(この方は……アルフレッド様は……こんなにも頼れる方だったか……?)


 王宮内で見かける彼の姿は怠惰そのもの。嘆かわしいとさえ思ったことすらある。

 だが。だが今は……。

 内心でグラシアンが呆気に取られている間も、アルフレッドは敵から目を離さない。

 魔指輪リングに魔力を込め、魔法を解き放つ。

 王家の者が持つ『王衣指輪クロスリング』。それは指輪に宿った精霊を召喚し、その力を『霊装衣』として纏うことで戦闘力を強化する最上位魔法。

 レイユエール王国の第三王子たるアルフレッド・バーグ・レイユエール。

 彼が契約した精霊。その名は────


「来い────『アルビダ』!」



 ────時は少しばかり遡り。



「アルくんの部下……ですか?」

「そ。俺の部下」

「アル様直属の部隊、『影』です! 色々やってますが、ざっくり言えばアル様の命令で暗躍するのがお仕事です。……あ、ちなみに、いつかわたしがリーダー特権を行使して、もっとかわいいチーム名に改名しようという野望があったりするんですよ」

「今すぐ捨てちまえ、そんな野望」


 そんな野望があったのかよ。これからは要注意だな。隙を見せれば改名されかねない。


「ま、マキナさんがこの人たちの……リーダー……?」

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