第三章 黄昏の約束 ④
「そーなんです。こう見えてわたしってば、アル様の右腕ですし! 何気にアル様の部下の中じゃ一番の古株ですしね! ぶいぶいっ!」
「今までも密かにシャルを守らせてたんだ。気ィ遣わせてもアレだし」
「この馬車の御者も実は『影』の者だったりするんですよ?」
「そうだったんですか!? ……そ、そうとも知らず、すみませんでした……」
シャルはやや恥ずかしそうに、仮面の部下に謝罪する。
「気にすんな。急に馬車を包囲したこいつらも紛らわしかったしな」
「実際は周囲で暴れていた魔物を鎮圧したり、『ラグメント』の出現を知らせに来てくれただけなんですけどねー」
馬車を降りた俺たちに音もなく接近したのは、それを知らせに駆け付けてきただけだし。
「それより今は『ラグメント』だ。状況はどうなってる」
俺が問うと、仮面の男は片膝をつき首を垂れながら、報告を始めた。
「騎士団の者たちが対応しております。ですが主力が遠征や第一王子の命でルシルなる少女を護衛している状況にあり、対応している騎士の殆どが若手です。陣形が崩壊するのは時間の問題かと」
「なるほど。急いだ方がいいな……マキナ。盗賊たちから取り上げた
「保管してます」
「すぐに用意してくれ。俺の手持ちは『
「りょーかいしました!」
マキナは頷き、すぐさま馬車を走らせた。室内はもはや先ほどまでのむず痒い空気はどこにもない。シャルの表情にはどことなく険しさが表れている。
「シャルは『ラグメント』を見るのは初めてか?」
「いえ……レオル様の付き添いで、何度か。戦ったことはありませんけど」
「そうか。基本的には俺ら王族が戦うもんだけど……そのうちシャルにも戦ってもらうことになるから、そのつもりでいた方がいい」
「わかってます。それは、私が生まれた時から決まっていたことですから」
馬車が走っていくにつれ、徐々に戦闘音が聞こえてくる。
仕方のないことだがやはり苦戦しているらしい。今は確か主力が遠征や緊急の任務で出払ってるからな。いつもより被害が大きそうだ……。
「『影』を先行させろ。まずは崩壊してる騎士団の連中を下がらせるんだ。俺もすぐに追いかける」
そして、俺たちは騎士団の救助に向かうべく森の中を疾駆するのだった。
☆
グラシアンの目の前で────輝く精霊がこの
「ギャァウッ!」
火炎が
アルフレッドが持つ『
右手には
海賊を想起させるそれらの装備と装束は、全て精霊アルビダが
他の王族と同じならば────衣は鋼鉄よりも硬く、
王族でありながら海賊。彼が契約している精霊は、王家の者としてあまりにも邪道であった。
「────!!!」
蜥蜴の『ラグメント』が、『霊装衣』を纏ったアルフレッドに警戒心を露にする。あれだけ必死に攻撃を叩き込んでいた騎士団など、意にも介していなかった『ラグメント』が。
全身の炎が波打ち、逆立つかのように燃え上がった……が、アルフレッドは構わず左手の
「────ッッッ!?」
一発、二発、三発と撃ち込まれた弾丸に、蜥蜴の『ラグメント』はのけぞった。
「……! 効いてる……!」
地面に転がっていた新人騎士が驚きの声を上げている。
そう。四大属性に耐性のある『ラグメント』も『
「…………ッ……! 王子! お気を付けください!」
グラシアンは叫んでいた。根拠はない。それはまさに戦場で培った直感。
直後、『ラグメント』の全身から無数の火球が噴出し、アルフレッドに殺到する。
「遅い」
アルフレッドの右手の
的確に、素早く────自分に迫る火球を、片っ端から切り刻んでいる。
(速い……! いや、それよりもなんだ……!? あの荒々しくも力強い剣技は……!)
かろうじて型の名残が見られるが、あれは紛れもなく実戦で培われた動き。
「チッ……手間がかかる……!」
更には左手の
(今の銃撃は……)
アルフレッドが撃ちぬいた火球。その破片が落ちる先には、力なく倒れている騎士たちがいる。
(……流れ弾から、味方を護るために?)
自分に対する攻撃を防ぐだけならば、わざわざ離れたところにあるものを撃ち落とす必要はない。つまりあれは味方を守るための行動。
(本当にあれが……噂の第三王子か? 無能と謳われた、悪逆非道の第三王子だとでもいうのか?)
啞然としているグラシアンをよそに、アルフレッドはそのまま地面を蹴り、刃の乱舞を見せながらも『ラグメント』との距離を詰めていく。
迫る火球を斬りつつ接近するなど。そんな芸当、騎士団内でも何人出来るかは分からない。
『
「援護の魔法を放て。狙いは足元。アルフレッド様に当てるなよ」
「「「了解」」」
騎士団を壊滅寸前まで追い込んだ『ラグメント』相手に、黒衣の戦士たちは一切動じることなく、恐ろしいまでの速さで陣形を組み立てる。
魔法の光が瞬く。無数の閃光が背を向けるアルフレッドの傍を危なげなく横切り、『ラグメント』の足元に殺到した。吹き荒れる爆風。空気がうねり、
「────……ッッッ!!!」
あの『ラグメント』が……騎士団の猛攻に怯みもしなかったあの『ラグメント』がバランスを崩し、その動きを一瞬硬直させる。援護で生じた隙を逃すことなく、アルフレッドが前に踏み込んだ。
一閃。
「グゥゥオオォオオオオオオオッ!?」
黒き閃光が如き太刀筋。刻まれた傷跡から、漆黒の魔力が血飛沫のように噴出する。
「は……ははっ……」
アルフレッドは更に踏み込み、
紛れもなく実戦経験を積んできた者たちの動き。それも騎士の任務が生ぬるく感じるほどの。
それを見破れないほど、グラシアンも節穴ではない。
「ははっ……なんということだ……」
されど、今までその実力を隠してきた第三王子を見抜けなかった自分にも、乾いた笑いが漏れた。
「どうやら私の眼は……曇っていたらしい……」
何が無能か。何が極悪非道の第三王子か。
恐らく彼らは今までも、人知れず裏で『ラグメント』と戦ってきたのだろう。
多くの実戦と修羅場を潜り抜けてきたことが────あの戦い方を見れば一目瞭然だ。
そう。彼は実力を隠していたのだ。
周囲に無能と蔑まれ、嫌われながらも……人知れず、戦い続けてきた。
「グ……オォッ……!」
騎士団をあれだけ苦しめていた蜥蜴の『ラグメント』が
対するアルフレッドは余裕のある顔つきだ。
その銃口を蜥蜴の『ラグメント』へと向け、膨大な魔力を凝縮させた砲弾を形成していく。



