第三章 黄昏の約束 ⑤
「くたばりやがれ────『
「────────ッッッ!!!」
炸裂。
魔力の砲弾を受けた『ラグメント』は、断末魔と共に砕け散った。
アルフレッドはそれを何事もなかったかのように────いつもの日常の一つだとでも言わんばかりに、涼しい顔をしている。黒衣の戦士たちもまた、勝利を喜ぶまでもなく淡々と。
「…………すげぇ」
ポツリと呟いたのは、アルフレッドに懐疑的な態度を示していた若い騎士だ。
周囲の騎士たちも同じくアルフレッドの手際の良さとその実力に目を丸くしている。
あれが本当に、無能と蔑まれ皆から嫌われている第三王子の力なのかと。
(この方は……一体、どれほどの戦いを……)
思えば今まで、不自然な報告書をいくつか目にしたことはあった。『ラグメント』が現れたという知らせを受けたというのに、いざ現場に赴いていればそのような痕跡は一切なかったことが。
あれが全て、アルフレッドの仕業だとすれば。
……なぜ彼が今になってその実力を露にしたのかは分からない。
……なぜ彼が今まで
しかしグラシアンは、同じ戦いに身を置くものとして、心の中で
☆
一足遅れて馬車で現場に到着したシャルロットが目にしたのは、『霊装衣』を纏ったアルフレッドが『ラグメント』を圧倒し、撃破した光景だった。
「あれが……アルくんの本当の力……」
シャルロットは、幼少の頃より父に剣技を仕込まれている。来るべき『ラグメント』との戦闘に備えて鍛錬は積んできたとはいえ、実戦経験は浅い。それ故に『実戦』の空気というものをよく知らぬ未熟者であるという自覚はあり、現場経験は騎士に遠く及ばない。
そんなシャルロットでさえ、解る。
アルフレッドの戦闘能力は、生半可なものではない。伝統の型を
「あの動き……明らかに実戦慣れしてますよね」
「そりゃあそうですよ。たとえ無能と蔑まれても、忌み子と陰口を叩かれても……アル様はずっとずっと、裏で実戦を積み重ねてきましたから」
「………………」
どれほどの数を積み重ねたのだろう。どれほどの傷を負ってきたのだろう。
名誉もなく。栄誉もなく。影に徹し、蔑まれ罵られようとも戦ってきた彼の強さに胸が痛む。
彼の強さは痛々しく────悲しい。
「……ま、こんなもんか」
夜の魔女が遺した呪いを滅したことを確認すると、アルフレッドは『霊装衣』の変身を解いた。
彼の表情は淡々としていた。あれほど凄まじい戦闘力を、さも当然のように。
「アルフレッド様……」
どう言葉をかければいいのか分からず困惑しているのは、騎士団長グラシアン・グウェナエル。
シャルロットとしては、レオルの側についた彼の息子に対して複雑な思いはあれど────グラシアンの目にアルフレッドに対する敬意のようなものを見たことで、感情も多少は和らいだ。少なくともレオルの側についたことは、グラシアンの指示ではないことに確信が持てた。
「あの王子、ここまでやるやつだったか……?」
「さあ……俺は噂ぐらいしか聞いたことが無いからな」
「……意外とやるじゃねぇか」
「噂ってのは、アテになんないもんだな……」
周囲の騎士たち。中でも新入りの騎士たちは、アルフレッドの活躍を少しは認めてくれたらしい。
それが自分のことのように、たまらなく嬉しくなる。
「ああ、そうだ。ついでに頼みたいことがある」
「頼みたいこと? それは構いませんが……何をですか?」
「罪人の移送だ」
アルフレッドが視線を送ると、村で調達した幌馬車がゆっくりと近づいてきた。
荷台の方をグラシアンが覗くと、その顔はたちまち驚愕に変わる。
「こいつらは……どいつもそれなりに名の知れた賊ではありませんか。それにあそこに転がっているのは、『
「出先で遭遇してな。捕まえといた。全員、
「『
「たまたま遭遇しただけだ。ああ、それと……騎士団長のお前なら知っているだろう。『伝説の彫金師』の件は」
「確かメルセンヌ公爵家が交渉の役に就いたと……」
「そのメルセンヌ公爵から交渉役を代わってもらってな。終わってみれば俺はただの付き添いみたいになっちまったが……交渉はシャルロットが成功させた。以後、伝説の彫金師と謳われた初代宮廷彫金師、エリーヌ殿が復帰する。騎士団にもそのうち、
周囲で聞き耳を立てていたであろう騎士たちから、ざわめきが沸いた。
「『伝説の彫金師』が宮廷に? 二百年間、行方不明だったと聞いていたが、引き戻したのか!」
「それなら騎士団の戦力も大きく上がる。『ラグメント』との戦闘にも……!」
「賊の件といい、中々やるじゃないか。少し見直したぜ」
それは少しではあるけれど、アルフレッドが騎士たちに認められていく。
(────よかった……)
夢を拾ってくれた人。絶望の底から手を取ってくれた人。光をくれた人。
彼は、悪評や肩書き、呪われた魔力といった闇色のベールに覆われて生きてきた。あまりにも重く分厚いベールを
けれど、少し。ほんの少しずつ。
ぽつり、ぽつりと。夜空に浮かぶ、小さな星明かりのように儚くとも。それは光として、空を覆う闇のベールに穴を開けていく。
「敢えて周りに聞こえるように報告したんでしょうね。向こうに戻った時、ボンクラコンビが勝手なことを言いふらさないとも限りませんから、そのけん制の意味もあるんでしょう。でも……アル様も、変わろうとしているのかもしれませんね」
「そうですね。私も、そう思います」
願わくば。変わろうとする彼の意志が、報われ────
「…………お前のせいだろ」
それは、目に涙を滲ませた一人の騎士の声だった。
「────っ……」
憎悪すら籠った視線は、その場にいたシャルロットに向けられている。
「後から遅れてきたかと思えば……何なんだよ。点数稼ぎのつもりか? ふざけるな!」
「ち、違います! 私は……!」
「何が違うんだよ! お前が平民虐めなんてくだらないことをしたばっかりに、主力の第一部隊がルシル様の護衛につきっきりになって……戦力が足りなくなったんだろ!?」
そうして、同じように濡れた瞳を向ける騎士たちが、次々とシャルロットを睨み始めた。
「みんなが死にかけてるのは、お前のせいだ!」
糾弾する騎士の傍らには、全身が酷い
一人だけじゃない。周りを見渡せば、救援が間に合わずに重傷を負った若い騎士たちで溢れていた。焼け焦げた血肉の匂い。赤黒い死の香りが全身に茨のように絡みつく。
────もしも。が、頭を
自分が最初からレオルと向き合っていれば。
何者かによるルシルに対する非道を止められていれば。
婚約破棄などされなければ。
誰も傷つかずに済んだのだろうか。このような惨状も起きずに済んだのだろうか。
そんな『もしも』が、頭の中に溢れて止まらない。
「…………そうだ。お前のせいだ」
「罪人ふぜいが何様のつもりだよ」
「元はといえば、こいつが平民虐めなんかするから、仲間は……!」
仲間たちが傷つき、倒れた。それはやり場のない怒りであるはずだった。しかしそこにシャルロットという罪人扱いの少女が現れたことで、怒りの矛先が殺到する。
「────っ……!」



