第二章 彫金師 ⑳
「……知らん! 寝る! おやすみ!」
これ以上この話題を突くのは危険だと判断した俺は、ひとまず寝ることにした。
盗賊だのなんだのと戦って今日はもう疲れていたのは事実ではあったし。
(……そういえば)
盗賊。そこで思い出したのは、荷台に積んでいるデオフィルたちのことだ。
あいつらは『イトエル山』で、魔法石が眠っていた洞窟を襲っていた。なぜだ?
あれじゃあまるで、最初から魔法石が眠っていたことを知っていたみたいじゃないか。
(……知ってたのか?)
思い返してみると、デオフィルはこう言っていた。
────あ? 見りゃ分かんだろ、お宝を掘り当ててんだよ。つーか、テメェらこそなんだ?
お宝を掘り当てる。あれは洞窟の壁を破壊していたことを指していたのかと思っていたが……違う。あれは、土の下に眠っている魔法石を掘り起こすことを指していたんじゃないか?
だとすれば奴らは……エリーヌ以外知るはずのない魔法石の情報を、どうやって摑んだんだ?
☆
翌朝。俺たちは再びエリーヌとの交渉を行うべく、イトエル山にある小屋へと訪れていた。
「アル様。あれを」
魔力によって形作られたワイバーンが小屋の傍に舞い降りた。
その背に乗っているのは勿論、ボンクラコンビだ。
「テメェら、まだいたのか。懲りねぇな」
「構ってやる必要はないぞフィルガ。こいつらがここにいるということは、交渉が上手くいかなかったということだ。正式な交渉役としては、無様極まりないじゃないか」
「「………………………………」」
なまじ失敗したという事実が間違いではないだけに今回ばかりは黙って誤魔化すしかない。
あのボンクラコンビに不覚をとった気分だ。そして隣のシャルからの慰めるような視線が痛い。
「ま、所詮は忌み子と罪人ってことか。噂じゃあそこのメイドも、元は盗みを働くような薄汚いガキだったらしいじゃねぇか」
「何が第三王子だ。王家の恥である以上、存在そのものが罪と言っていい。貴様ら全員、ただの罪人でしかないんだよ」
それがない頭を絞って一晩で考えてきた理屈か。人生楽しそうだな。
「俺たちなら最高の環境だけじゃない。第一王子に仕えるという最高の栄誉を与えてやれる」
「対して貴様たちが用意できるのは、汚らわしい忌み子に仕えるという汚名だ。伝説の彫金師であるエリーヌ殿がどちらを選ぶかは明白というものだろう?」
勝ち誇った笑みを浮かべるフィルガとドルド。ここで言い争っていても仕方がない。俺たちは奴らの言葉に耳を傾けず、エリーヌが現れるのは黙って待つ。
「……ご苦労なことだね。クソガキ共が朝っぱらから
そして遂に、思い出の詰まった小屋から伝説の彫金師が姿を現す。
「おぉ、エリーヌ殿! お待ちしておりました!」
「返事ってやつを聞きに来たぜ」
言いながら、フィルガは俺たちに得意げな視線を向ける。
「ま、聞くまでもないだろうけどな?」
「……そうだね。聞くまでもないことだ」
エリーヌの言葉に、フィルガとドルドは気分を良くする。
「はははっ! 聞いたか、薄汚い罪人共! 残念だったな、ノコノコこんなところまでやってきて!」
「エリーヌ殿。さあ、共に参りましょう。王都で第一王子がお待ちです」
そうして差し出されたドルドの手を、
「馴れ馴れしいよ。ボンクラ共────誰があんたらについて行くと言った」
エリーヌは、興味もないとばかりにあしらった。
「どういうことですかエリーヌ殿!」
「俺たちの提案を受け入れたんじゃ……!?」
「あたしはガキの小遣いで買えるほど安かない。さっさと家にでも帰りな。目障りだ」
勝ちを確信していたドルドとフィルガの二人は動揺している。
「し、信じられん! 僕たちと共に来れば、最高級の設備と、第一王子に仕えるという、最高の栄誉を授かれるのだぞ!」
「良いことを教えてやるよボンクラ共。あたしはね、王族ってやつが大嫌いなんだ」
「お、王族嫌い!? そんなことが……!」
「まあ、安心しな。昔のことは置いといて、王宮には戻ってやるよ。もっとも……あたしが誰のために
エリーヌが流し目を向けたのは────第一王子とこのボンクラ共が切り捨てた、シャルだ。
「頭の足りないあんたらに分かりやすく言ってやるよ」
石を削る刃のように。エリーヌの目が鋭く研ぎ澄まされる。
「────第一王子に仕える栄誉なんざ、死んでもお断りだね」
「「…………ッ……!」」
強烈な一言をエリーヌに叩きつけられ、
わなわなと怒りに身を震わせ、先ほどまでの態度を一変させて殺気立った目をぶつける。
「後悔するがいい。愚かな選択をしたことをな」
「後で泣いて頼んでも聞いてやらねぇぞ」
「後悔させてみな。三下」
「………………チッ!」
下っ端の悪役みたいな捨て台詞を吐いた二人は、俺たちに背を向けてずこずこと引き下がっていく。そのままワイバーンを召喚し、逃げるように飛び去って行った。
「…………いいのか? 第一王子様に仕える栄誉なんて、この先手に入らないかもしれないぜ」
「道端の石っころに興味はなくてね」
バッサリと言い切ったもんだな。王族嫌いってのは本当のようだ。
「上等だ。悪名高い第三王子に仕えるんだからな。ふてぶてしいぐらいが丁度いい」
「は?」
「え?」
あれ。俺、おかしいこと言ったかな。
「あたしがあんたに仕える? 冗談も過ぎると笑えないよ。身の程を知りなクソガキ」
「…………………………なんですと?」
「あたしが仕えるとしたら、それは────」
いつの間にかクソガキ呼びに戻り、啞然とする俺を放り出して、エリーヌはそのまま一人の少女のもとへと歩み寄る。
「────シャル。あんただけだ」
「わ、私ですか?」
「当然さ。あたしの目を覚まさせてくれた。あの子の想いと大切な約束を教えてくれた恩人さ。あたしの彫金師としての腕も、知識も、技術も……全てをあんたに捧げるよ」
第一王子を道端の石っころとまで言い切ったあのエリーヌが、シャルに跪いている。
ふてぶてしさはどこへやら。物語に出てくる
「まー、冷静に思い返せば実際にエリーヌさんの心に寄り添ってたのはシャル様でしたしね。当然っちゃ当然の結果ではありますよね」
俺の隣ではマキナがうんうんと納得気に頷いている。いやそうかもしれんが。
「俺だって頑張っただろ!? 賞金首の盗賊を倒して魔法石を守ったし!」
「それとこれとは話が別ってやつですよ」
「納得いかねぇ────!!!!!!」



