一節 修羅異界
一.柳の剣のソウジロウ ④
それは人の形を成して災厄をもたらす一つの
ソウジロウの姿は、黒い雲にかき消された。超越の剣士は理解の及ばぬ怪異に戦いを挑み、そして無為に果てた──ように、思えた。
だが、違う。
巨大な青い単眼は、自らの腕の異常を捉えた。黒く長い斬線があった。
「ウィ」
ソウジロウは、斬線の端に練習剣を食い込ませたまま、獣の如く
もはや
矢。砲。そしてさらなる
「COOOOOOOO────」
「……!」
壮絶な遠心力が、ソウジロウを
「LLLL────LUUAAAAAAA────」
鉄と岩が複雑に
「【
ユノは、一種の諦観とともにその終末を眺めていた。
(……ああ。あれだ)
ナガンを焼き尽くした、光だ。
金管の音色は、詠唱である。
「【
破滅が
光の軌道で、雲はあぎとが開くように引き裂かれた。
風と熱が波を打って広がり、地上の炎は、その衝撃にむしろかき消された。
空をつんざく射線の直下、川が蒸気と化して消え、夕暮れそのものに等しく空が燃えてゆく様が、遠くの丘に立つユノの視界にも見えた。
──果たして。
異界より来た〝
ユノは眼前の、天を
敵なき荒野を、もはや
爆炎を透かして、滅亡を示す星のような双眸が光っている。
光が。
光が、ずるり──と、滑って落ちた。
「……ウィ。そうか、そうか。こいつが、
空中に投げ出され、滅殺の熱衝撃に跡形もなく消滅したはずの奇剣士が、
ソウジロウ自身の視点でなければ、一連の動きを捉えることは不可能であったろう──青い溶鋼の
とはいえその真実は、不可思議の魔術を用いて死の爆炎を回避したものと、どれほどの差異があったものだろう。
自分と同じく宙に投げ出された無数の
その超人の芸当を以て、彼はユノから伝聞した
故に自分自身を巻き込む方向への攻撃はできない。自らの頭部の背後にも。
神殿の柱ほどに太い石造りの首が、落とされている。断面は
物理の天則を超絶したそのような現象すら、剣の魔技の所業と呼ぶべきであろうか。
「WWWWWOOOOOOOHHHHHH────」
ソウジロウが剣を再び背負ったその時。悲鳴のような、胴深くからの地響きが風を揺らした。断末魔ですらない。それが常識を絶する巨大さであろうと、
「だな。オメェはここじゃねェー……」
首の断面に立つソウジロウを、怪物が右
剣士はまたしても跳躍した。巨兵を人とするなら、その剣士は小虫。しかし大振りの一撃を
頭部という重要器官を失った巨兵は盲目のまま、今は自らの右肩に立つ敵を自らの左腕で叩き落とそうとした。
どれほどの絶技と神速を以てしても覆せぬ、莫大な質量の差──
「──そこが、命だ」
◆
当代の剣聖と称された
この時、
達人域の剣士が真剣を振るう場合、一説に、その先端速度は時速<外字>㎞にも達するという。そして平均的な打刀の刀身の長さ、約<外字>m。
ならば無手の人間が実戦において、この<外字>m半径を時速<外字>㎞の刃が走るよりも速くかい
現代における〝無刀取り〟は、この技そのものを指したものではなく、無刀において帯刀の者を制する総合的な防御技術……あるいは単に活人剣の心構えであるとも解釈されている。
前述した〝無刀取り〟が、誇張された創作の逸話であるという見方すらもある。
──その速度よりも速くかい潜り、間合いの内を制することが、可能であろうか。
◆
「見たぞ。オメェの命」
先の刹那まで
──超絶の跳躍力を以て自らを弾丸と化したような、それは斬撃であった。
「そこだ」
バチン、という音があった。
亀裂の音だった。
それは寸分違うことなく……最初の一撃で刻まれた左上腕の傷を、さらに長く延長していた。
表層に切れ込みを入れただけだ。
塔よりも太い巨人の腕を、練習剣の刃渡りで切断することは不可能である。
だが左腕が振るわれる、この最中だけは。その直線の切れ込みから先に加わる負荷は、巨体重量に比例した壮絶な遠心力であり──
「HOO──O」
爆裂音があった。
右肩部から跳んだソウジロウを狙った巨兵の左腕は、それ自体の莫大な質量によって、切れ込みから割れた。
そうして千切れ飛んだ左腕の先端は、その勢いのままに自らの右肩部へと爆撃じみて突き刺さり、その内奥までを破砕していた。



