一節 修羅異界

二.リチア新公国 ③

 群れの隙間を縫い、赤いくさび状のせんこうが幾度か走った。その軌跡に沿って鳥竜ワイバーンが焦げ落ち、一塊であった群れが分断されていくが、そうして落とされていくのは野生の個体のみである。戦闘の速度で行われる、極めて精密なじゅつの制御である。


「レグネジィのねつじゅつだね。赤い光だ」

「……レグネジィ殿は鳥竜ワイバーンですか?」


 傭兵の馬車の中、ヒグアレはラナに問うた。


「ああ。鳥竜ワイバーンの群れには必ず統率個体がいる。レグネジィがそれだ」

「先程から思っていましたけれど、相当に慎重な方のようですね。常に軍勢の密集部にいて、正確な位置を悟らせずにいる」

「……ヒグアレお前、一度も外を覗いてないだろ」

「はい。音でわかりますが」


 静かに座り込んだままの根獣マンドレイクの体表には、まばらな葉が揺れるのみである。


「とにかく、奴らが守っている以上、新公国の防衛は」


 言葉を遮って、ジリジリと空気の焼ける叫びが響いた。ラナは小柄な半身を幌から出し、天をまぶしげににらむ。やはりレグネジィの唱えたとおぼしきねつじゅつの光が、逃げ去ろうとする野生個体を背後から焼き尽くしたところだった。

 リチア新公国の諜報兵であるげつらんのラナは、このようなレグネジィのやり方を以前から知っている。苛烈で、徹底した手管。


「……防衛は万全だ。鳥竜ワイバーンを航空戦力として運用した都市なんて、歴史上どこにもなかったからね。空から全部を見下ろして、進行方向のどこにでも回り込んでくるような部隊が……それも一羽一羽がりゅうぞくの力を持ってる群れが軍隊なら、どうやって戦う? 無敵だよ」

「……。何故野盗が襲ってくる?」


 骸魔スケルトンのシャルクが差し挟んだ。


「連中の頭の中にも、俺の頭蓋骨と違ってのうが詰まっていたはずだ。本当に新公国が無敵なら、野盗どももあの程度の手勢で襲おうとは思わないだろう」

「……ああ。つまりそこが……シャルク。ヒグアレ。この新公国に、あんた達が必要な理由さ」

「本当の敵は野盗程度の連中じゃない。そういうことか」


 野盗に、誤った判断を誘導している者がいるということになる。賊を動かし、間接的にリチア新公国を攻撃させることで利益を得る者が。

 ヒグアレがもう一度呟いた。


「リチアのあるじ……タレン殿は、魔王自称者という話でしたね」


 いましめのタレンという名の将が、じんぞく唯一の王国──こうから離反した。自領として有していた運河沿いの豊かな地方都市を独立させ、リチア新公国を名乗っている。それはこうの辺境支配を脅かす、重大な軍事的挑発でもあった。

〝本物の魔王〟亡き時代に出現した、新たなる魔王。


「なるほど。話が見えてきたな」


 白骨の傭兵の声色は、近く待ち受ける戦火の予感に嗤っているようでもあった。

 無敵の軍勢を以てして、リチアはじんぞく最大の勢力に立ち向かおうとしている。


こうが、俺達の相手か」

刊行シリーズ

異修羅X 殉教徒孤行の書影
異修羅IX 凶夭増殖巣の書影
異修羅VIII 乱群外道剣の書影
異修羅VII 決凍終極点の書影
異修羅VI 栄光簒奪者の書影
異修羅V 潜在異形種の書影
異修羅IV 光陰英雄刑の書影
異修羅III 絶息無声禍の書影
異修羅II 殺界微塵嵐の書影
異修羅I 新魔王戦争の書影