群れの隙間を縫い、赤い楔状の閃光が幾度か走った。その軌跡に沿って鳥竜が焦げ落ち、一塊であった群れが分断されていくが、そうして落とされていくのは野生の個体のみである。戦闘の速度で行われる、極めて精密な詞術の制御である。
「レグネジィの熱術だね。赤い光だ」
「……レグネジィ殿は鳥竜ですか?」
傭兵の馬車の中、ヒグアレはラナに問うた。
「ああ。鳥竜の群れには必ず統率個体がいる。レグネジィがそれだ」
「先程から思っていましたけれど、相当に慎重な方のようですね。常に軍勢の密集部にいて、正確な位置を悟らせずにいる」
「……ヒグアレお前、一度も外を覗いてないだろ」
「はい。音でわかりますが」
静かに座り込んだままの根獣の体表には、まばらな葉が揺れるのみである。
「とにかく、奴らが守っている以上、新公国の防衛は」
言葉を遮って、ジリジリと空気の焼ける叫びが響いた。ラナは小柄な半身を幌から出し、天を眩しげに睨む。やはりレグネジィの唱えたと思しき熱術の光が、逃げ去ろうとする野生個体を背後から焼き尽くしたところだった。
リチア新公国の諜報兵である月嵐のラナは、このようなレグネジィのやり方を以前から知っている。苛烈で、徹底した手管。
「……防衛は万全だ。鳥竜を航空戦力として運用した都市なんて、歴史上どこにもなかったからね。空から全部を見下ろして、進行方向のどこにでも回り込んでくるような部隊が……それも一羽一羽が竜族の力を持ってる群れが軍隊なら、どうやって戦う? 無敵だよ」
「……。何故野盗が襲ってくる?」
骸魔のシャルクが差し挟んだ。
「連中の頭の中にも、俺の頭蓋骨と違って脳味噌が詰まっていたはずだ。本当に新公国が無敵なら、野盗どももあの程度の手勢で襲おうとは思わないだろう」
「……ああ。つまりそこが……シャルク。ヒグアレ。この新公国に、あんた達が必要な理由さ」
「本当の敵は野盗程度の連中じゃない。そういうことか」
野盗に、誤った判断を誘導している者がいるということになる。賊を動かし、間接的にリチア新公国を攻撃させることで利益を得る者が。
ヒグアレがもう一度呟いた。
「リチアのあるじ……タレン殿は、魔王自称者という話でしたね」
警めのタレンという名の将が、人族唯一の王国──黄都から離反した。自領として有していた運河沿いの豊かな地方都市を独立させ、リチア新公国を名乗っている。それは黄都の辺境支配を脅かす、重大な軍事的挑発でもあった。
〝本物の魔王〟亡き時代に出現した、新たなる魔王。
「なるほど。話が見えてきたな」
白骨の傭兵の声色は、近く待ち受ける戦火の予感に嗤っているようでもあった。
無敵の軍勢を以てして、リチアは人族最大の勢力に立ち向かおうとしている。
「黄都が、俺達の相手か」