一節 修羅異界
三.黄都二十九官
王宮より僅かに東。臨時の政府機関として
この限られた席の一つを有する
「──リチアの話は聞いてる」
皿の上の
「何しろ将が
「それが不可能になったから、こうして話をしている」
「へえ」
ヒドウは顔を上げた。対面に座す男は、刃物のような鋭い印象を与える、文官然とした男であった。常用する薄い眼鏡と、不機嫌に寄った眉間は、恐らく王国が滅びる日まで変わらないだろう。
ジェルキは、眼鏡の弦を指で押さえた。
「……〝勇者〟を決定する上覧試合は、恐らくこれまでにない最大の事業になるだろう。この段取りを動かすことはできない。だが、未だ公然とあり、
「じゃあ戦争か? まさかだろ、ジェルキ」
「無論、それは最後の手段になる──ただでさえ〝本物の魔王〟で消耗した国力をこれ以上費やす余裕はないのだからな。上覧試合に費やすべき人的資源を鑑みれば
地上唯一の優位性を持つ
リチア新公国は、明確に戦争準備に向けて動きはじめている。
「野盗を使った通商攻撃程度じゃ、結局間に合わないよな。根本的な解決手段は?」
「……新公国には体制上の弱点も多いと私は考えている。一つは、
「ハハ。俺と考えてることは一緒ってわけだ──タレン個人を狙った、少数での暗殺だな」
「戦争回避を目的とする以上、大規模な兵の投入は許されない。かつ、こちらから仕掛けるとすれば、それが秘密裏でなければならない。可能だと思うか、ヒドウ」
「なるほどな。だが俺が思うに、一つ例外は増やせる」
ヒドウは、皿の上の焼き野菜をまとめるようにフォークを刺した。
「向こうが先に手を出してきたなら、こっちは堂々とやれるだろ、ジェルキ」
「民に被害が及ぶ手段は、積極的には取りたくないが。戦後処理に金がかかる」
「分かってる。前線に出す兵を最小限に、鉄壁の守りの新公国を乗り越えて、タレンの首を直接
ヒドウは若手ということもあり、
「奴の密偵は随分前から潜入させている。第十七卿自身は……別の、同じく重要度の高い案件の調査中だ。だが、彼女の帰還を待ってから動きはじめるようでは遅い。
「いや、そいつは言わなくても分かるよ。ハルゲントのオッサンの場合は逆に、別の仕事をやってもらってるくらいがいい」
「私もそう思っている。彼は
「
ヒドウは
第六将は明確に落ち目だ。この攻略戦における働きはそもそも望まれていないのだろう。
「それで俺にお鉢が回ってきたわけだ」
そして、残る二名──ヒドウ及びエレアは、二十九官の中では際立って若い。若いということは、形として積み重ねた実績が少ないということでもある。
リチア新公国を落とした実績があれば、その後に控える〝勇者〟を決定する上覧試合においても大きな発言権を得られることは間違いない。さらに目の前の第三卿ジェルキが第十七卿エレアを疎んじており、彼女に功績を与えたがっていないことも分かっている。
(……だが、俺の考えを通すなら、ここだ)
夕暮れの光を反射するジェルキの眼鏡を横目に覗く。
「表向きは
「……可能な限りの裁量は与える。何を使うつもりだ」
「暗殺って言っても、必ずしも静かなもんにする必要はない。例えば大事故に巻き込まれて死ぬことだってある。首謀者まで
決して失敗の許されない、いざとなれば若手である自分が責任を取る他にない、複雑かつ重大な案件。ある一面から見れば、ただそれだけのことだ。
しかし、ヒドウは政治がそのように流れることを理解している。
彼は今日こうして呼び出されるよりも前から、この状況における最適な戦力を検討し続けていた。通常では運用されるべきではない、危うい力こそが最適解となる局面もある。
「──〝



